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| 2001.2.10「えひめ丸」事件 鯨ジャンプ・ショーで日本の子供たちを殺した真珠湾原潜艦長 |
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米原潜の前艦長はやはり軟禁の箝口令下に置かれ真相を隠していのだ 送信日時 :2001年 3月 5日 月曜日 10:20 PM 件名 :やはり前艦長は軟禁の箝口令下だった いかに自称名探偵とはいえ、こうも次々に私の推理を裏付ける事実が明らかになると、むしろ、気が抜けてしまいます。電気紙芝居なら大詰めでしょうか、「さっさと有り体に白状せよ!」と片肌脱いで、桜吹雪の総入れ墨でも見せてやりたくなってしまいますが、遠山の金さんの話は創作がほとんどに違いないにしても、江戸時代には総入れ墨の習慣はなかったという説を読んだことがあります。 さて、本日の『日本経済新聞』(2001.3.5.夕)「ワドル前艦長の発言要旨」によれば、ワドルは、「事故から2日後の2月11日、えひめ丸の行方不明者の家族との面会を望んだが、上司から行くべきではないと言われた」と米タイム誌に語ったようです。 つまり、有り体に白状すると「上司」らが困る事態があったに違い無いのです。事実は明らかなのに、理由が明示されていない決定的に重要な核心的鍵言葉を再び強調すると、なぜ、訓練海域ではない真珠湾の沖だったのか、なぜ、そこで急旋回して緊急浮上という最も危険な芸当を演じたのか、であります。 以上の点については、本日の昼過ぎ、愛媛県の東京事務所に3度目の電話をして、家族に伝えてくれと私見を語ったところ、大いに頷くところがあるようでした。わが家庭頁を、あの憎っくき半角英数字を使わずとも、木村愛二の4文字だけで簡単に検索できるからと言うと、覚え書きを記している気配でした。最後に、私自身の不当解雇撤回闘争の経験を話して、森首相らがどう画策しようとも、こういう事件の際には、原告である被害者の家族が決定的な要素であると、激励しておきました。 私は奇しくも、何とか休みでもあった2月11日に、同事務所の電話号03-5212-9071を104で聞き、最初の電話をしています。先方は覚えていてくれたようです。 以上で(その03)終わり。(その04)に続く。 |
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