アフリカ史研究家としての木村愛二

➡『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』WEB公開

鷹書房 1974年5月20日

四六版312頁/定価1500円

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦!
《ハッキリといえば、彼らは、近代奴隷制・植民地主義帝国の御用学者にすぎない》
著者は、日本テレビ編成局勤続十余年の調査マン。
マスコミ界の虚実を味わいつくした感覚で、広い視野から古代史の真相にせまる。

(全国学校図書館協議会選定図書)
(知的好奇心をそそる愉快な本。専門学者の批判も楽しみ:週刊新潮書評)
(広い視野と鋭さ。小出版社から発行されたために…埋没をおそれる好著:図書新聞書評)

➡『アフリカ大陸史を読み直す』

社会評論社 2007年5月25日

第1巻 古代文明の母 (四六版304頁/2600円)
第2巻「火砲」の戦国史(四六版220頁/2300円)

第1巻 古代文明の母
歴史学の通説批判を楽しみ、知的好奇心をそそる歴史読本。
誤解と曲解に満ちている近代ヨーロッパ系学者のエジプト古記録の解釈。その問題点をえぐり、古代エジプト文明の謎を解く。
(第1巻は、1974年に鷹書房より『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』のタイトルで刊行され、全国学校図書館協議会選定図書として好評を得た。)

第2巻 「火砲」の戦国史
ヨーロッパ列強の資料に基づく著作は、根本的に再検討されなければならない。
ハリウッド映画では、もっぱら裸で槍一本しか持たない野蛮人として描かれ続けてきたアフリカ人が、実は大量の火砲を操って、ヨーロッパ人の侵略と戦っていた。アフリカ人自身が築いた大帝国がいくつもあった。

➡『アフリカ古代史7つの謎 アフリカ巨人伝説』WEB公開

いんなあとりっぷ 1976年5月20日

いんなあとりっぷ増刊号『羽仁進 アフリカ動物写真集 野生の生と死」第5巻7号(通貫54号) P176-182掲載
木村愛二(アフリカ古代史研究家)

1 サハラ岩壁画の驚異
2 巨石文化の担い手イベリア人
3 エジプトの初代ファラオは黒人
4 エジプトより古い黒人帝国プーント
5 シバの女王の国
6 謎の国オフィール
7 消えた巨人種の王国

 中央アフリカには、現在も、平均身長2メートル以上の巨人グループが数10万人もいるのだ。しかも、ウガング、ルワンダ、ブルンジ、タンザニア西部では、つい最近まで、その巨人グループが、王族・貴族層をなしていた。また、はるか1万2千年前、ニャンザ大湖のほとりには、背の高い人種と、背の低い人種が一緒に暮らしていた。発掘された人骨の化石が、その事実を物語っているのである。

 アフリカ内陸の巨人貴族には、数千年の歴史の謎が秘められているのだ。

➡『第三世界の混迷と第四世界 アフリカ大陸 文化圏の予兆』 WEB公開

現代評論社 1975年4月1日

『現代の目』4月号 第16巻 P122-129掲載
木村愛二(アフリカ史)

●新生国家ジンバブウェの背景
●世界史を書きかえよ
 黒色のホモ・サピエンス
 狩猟文化の中心地
 農耕・牧畜文化起源
●疑問から学問ヘ
 金属文化
●謎の古代国家プーント・クシュ
 クシュ帝国
●古代エチオピア帝国の謎
●「自由の王国」への途

 紀元前5世紀のヘロドトスは、当時のオリエント文明人としての、共通の認識を表明した。つまり、彼はエチオピア人に最大の敬意を払い、強いあこがれをこめて、エチオピアに関する記述をしたためた。帝国主義者セシル・ローズは、ペルシャ王カンビュセスに範を拝いだのだが、ヘロドトスは、カンビュセスをものともしなかったエチオピア人を、つぎのように描きだした。

 「カンビュセスが使節を送った当のエチオピア人というのは、世界中で最も背が高くかつ最も美しい人種であるといわれている」

 そして事実、現在の中央アフリカには、平均身長2メートルにも達するかつての貴族または士族層が、各地に散在している。旧約聖書も、クシュ王朝期のエチオピア人について、「たけ高く、膚のなめらかな民、遠近に恐れられる民、力強く、戦いに勝つ民」(イザヤ書)という表現を、二度までも使っている。

 この美しく、誇りにみち、武勇にすぐれた人々は、果して、ヨーロッパ人の侵入に手もなく敗退したのであろうか。

➡『ジンバヴウェとは何か』WEB公開

日本読書新聞 1976年6月14日

第1680号 3面掲載
木村愛二・アフリカ研究家

解放戦争の新展開
崩壊近い白人少数支配
アフリカ人はローデシアを認めない
  長い歴史を持つアフリカ史
  セシル・口ーズ=ローデシア
  ローズの鉄道とゲリラの爆破

 ポルトガル人の進出する以前、モノモタパの帝国から東アフリカ海岸の諸都市を結ぶ貿易路は、「インド洋世界貿易」の中心であった。ジンバブウェは、長い歴史を持つアフリカ文化の華であった。解放勢力は、この輝かしい歴史の伝統に誇りをもち、アフリカ文化再建への願いをこめて、新生国家の名をジンバブウェとさだめているのだ。