わたしの雑記帳

2008/2/19 草野恵さん(高1・15)の事件。いい加減な死因究明のなかで。


東京都杉並区の専修大学付属高校のバレーボール部の草野恵さん(高1・15)が合宿中の新潟県で突然倒れて亡くなったのは、2003年7月31日。
2003年12月に、私は初めて草野さんのご両親に知り合いの弁護士事務所でお会いした。
あれから4年超。事実解明に向けて、本当に地道に努力されてきた。当初は、会うたびに泣いてばかりいて、裁判の参考にと傍聴した小森さんの裁判(me040909)では、具合が悪くなって裁判所のロビーのソファーでぐったりされていた。
そのお母さんが今や、情報とつながりを求めて、積極的に裁判の傍聴や会合に顔を出されている。
こうやって母親はどんどん強くなっていくのだと思う。亡くなったわが子を今だ守ろうとして。

草野さんが専修大学付属高等学校をあいてどって民事裁判を起こしたのは、2006年7月25日。不法行為の時効3年、ぎりぎりだった。この時期にまでずれこんだ理由のひとつは、新潟県警が当時の顧問らを立件してくれることを期待していたからだと私は思っている。
現場にかけつけた警察官(検視官?)が、恵さんの状態を見て、解剖に回したほうがよいのではないかとご両親に勧めたという。もちろん、迷いはあったと思う。誰が好んで自分の子どもの、しかも15歳の女の子の遺体にメスを入れたいと思うだろう。
しかし、お母さんは決心したという。娘の死に原因を知るために。

それから4年もたった2007年12月5日、新潟県警は顧問の男性教師(39)と女性教師(38)の2人を業務上過失致死の疑いで書類送検した。なぜ、こんなに時間がかかってしまったのか、私にはわからない。
しかし、2007年6月26日に、大相撲時津風部屋の力士・斉藤俊(たかし)さん(17)が親方らの暴行で亡くなった事件が影響しているのではないかと、個人的には思っている。
斉藤俊さんを解剖した新潟大学の医師と、恵さんを解剖した医師とは同じだという。
日本における不審死の原因究明のいい加減さに警鐘を鳴らしている医師だと時津風部屋事件の報道で知った。

同時期の同様の相撲部屋力士の死因一覧を見て、私は学校の隠蔽体質と同じものを感じた。
急性心不全が多いが、死因が不明なときにつけられやすい。斉藤俊さんも当初は急性心不全と診断されていた。
そして、夏に多い死亡。私は、熱中症を疑っている。
力士は太っていること、室内競技であることなどから、通常以上に熱中症になりやすいと思われる。
そこに、体調が悪くても休めない、適度な休憩や水分補給がなされない、などが重なれば熱中症にもなる。

学校災害でも、1986年8月7日に熱中症で倒れ、翌日死亡した千葉県立船橋高校相撲部の滝口浩二くん(高1・16)の死因は急性心不全だった(S860807)。
民事裁判の一審、二審とも、顧問教師の応急措置と医療機関に搬送する注意義務違反の過失があったとして、学校側の過失を認め、県に約3600万円の支払い命令が出ている。

1988年8月6日、愛媛県新居浜市の市立新居浜中央高校で、バスケット部の練習後に死亡した阿部智美さん(高1・16)も、当初、急性心不全との診断を受け、裁判の過程でスポーツ・ドクター等の証言から、ようやく熱中症とわかった(S880805)。
学校での死亡に関しても、遺族が疑問をもつことは多い。きちんと死因が特定されていたら、その後の遺族の苦しみが少しは緩和されていたのではないかと思わずにいられない。



死因 事件・事故の概要 参照
全身打撲 1965年5月18日、東京農業大学のワンダーフォーゲル部の和田昇くん(大1・18)が、下山後、入院先の病院で死亡。全身打撲で内臓が圧迫されたために肺炎、肺水腫を併発、呼吸困難によって死亡したものとみられる。
合宿の山行途中で、上級生らに生木で殴られるなどのリンチにあっていたことが判明。 
650518
病死?
暴行死?
1976年5月12日、茨城県水戸市第五中学校の体育館で、体力診断テスト実施中、補助要員として動員されていた佐藤浩くん(中2・13)が、体前屈テスト担当の女性教師(45)から叱責され、平手と手拳で頭部を数回殴打された。8日後、原因不明の脳内出血で死亡。左頭部に皮下出血(こぶ)が認められた。体罰の告知はなかった。解剖されず火葬される。
教師に略式命令罰金5万円。教師は判決を不服として、正式裁判申し立て。

水戸地裁で、現場を目撃した4人の生徒は、「(K教師は)こぶしで頭頂部付近を強くたたいた」と証言。
一審で、暴行罪で罰金3万円の判決。二審で、「正当行為」により逆転無罪。
死亡と本件行為に因果関係はない。当時、浩くんは風疹にかかっていたことも原因として考えられるとする。
760512
心不全

熱中症
1988年8月6日、愛媛県新居浜市の市立新居浜中央高校で、阿部智美さん(高1・16)がバスケット部の練習後に死亡。
当初、急性心不全との診断を受け、学校側は「ショック死などと共に(異常な)体質に因るもの」として、予測の可能性や、過激な練習との因果関係を否定していたが、裁判の過程でスポーツ・ドクター等の証言から熱中症と判明。

一審で、教師の過失を認め原告全面勝訴。
S880805
てんかん発作

脳内出血
1989年6月30日、千葉県成田市立成田小学校で木内恵美さん(小4)が、水泳授業中におぼれる。救急車は呼ばれず、授業が終わるまで放置されていた。7/4死亡。
学校側は死因について、「てんかん」によるものと主張。

一審で、プールで頭をぶつけて脳内出血をしたのが原因との原告側の主張が認められ、成田市、学校医に責任を認め原告勝訴。
S890630
自殺? 1989年10月2日、岡山県浅口郡鴨方町の町立鴨方中学校の北村英士くん(中3・15)が、同級生グループからの暴行後7日目に、登校直後に同中学校内の倉庫で首をつっているのが発見される。

父親が法廷で、「遺体を見たとき、顔に殴られたような跡があった。息子は新しい制服に着替えさせられ、ゆがんだ眼鏡や泥だらけのシャツ、ズボンなどの遺留品は、晩になってから受け取った。不思議なことが多く、だれかに殺されたように思う」と証言。裁判長が叱責。
一審で、いじめを否定して、両親の訴えを棄却。原告全面敗訴。
891002
事故死?
暴行死?
1993年1月13日、山形県新庄市立名倫中学校の体育館で、児玉有平(ゆうへい)くん(中1・13)が、用具室に立てて巻いてあったマットの中に逆さに突っ込まれた形で窒息死しているのが見つかった。
加害少年の弁護団は、「児玉有平くんは、ひとり遊びをしていて自分からマットに入って死んだ」という事故説をたてる。

山形家裁は、7人中3人を無罪判決。3人を有罪判決。
仙台最高裁は、7人全員が事件に関与していたと判断。
民事訴訟の山形地裁で、7人のアリバイを認め、事件に関与した証拠はないと判断し棄却。
民事訴訟の仙台高裁で、7人全員の事件への関与を認め逆転判決。
930113
病死

暴行死
1998年10月8日、茨城県牛久市で、牛久市立第一中学校の岡崎哲(さとし)くん(中3・14)が、学校近くの林道で同級生の少年(中3・15)に殴打されて死亡。

救急搬送された総合病院で「(死因は)外傷性くも膜下出血(の)疑い」と記載される。
司法解剖した筑波大の三澤章吾氏は、「死因は右下腹部や肝臓の下などに強い外力が加わったことによる『神経性ショック死』」と鑑定。
水戸家裁土浦支部が帝京大学の石山c(いくお)教授の「再鑑定」(解剖時に残され、ホルマリン液に保存されていた心臓を使用)で、「暴行を受けて死んだのではなく、もともと重い心臓病をもっており、喧嘩時に興奮したために『ストレス心筋症』で死亡した」と鑑定。(現代医学はストレス心筋症を人間の症例として認めていない)

少年審判でこの鑑定が採用され、保護観察処分。
民事裁判の一審、二審で、「神経性ショック死」と認められる。
981008

日本では、ひとの死がいい加減に扱われている。死は、そのひとの人生の総決算でもある。死因をないがしろにすることは、ときに、そのひとの人生をないがしろにしているとさえ感じる。
この国は、経済効果が望まれるものには惜しみなく金を出すが、ひとの生命にかかわることに対して金を出したがらない。いつも、後手後手に回っている。予算をつけない。知恵を出さない。

2004年1月に千葉大学法医学教室が行った実験では、20体の変死体を死後CT撮影したところ、4体の死因が、警察官や検案医の検視結果と違っていたという。地域格差も大きいが、日本全体としてあまりに解剖数が少ないという。
家族を解剖することに同意するのは決断が必要になると思う。しかも、亡くなった直後にしかできない選択でもある。警察官や遺族に解剖の決断に迷いがあるのであれば、せめて死後CT撮影を受けられればと思う。
そして、身内を亡くした直後に適切なアドバイスが受けられればと思う。
それが期待できないなかで、「死因究明 葬られた真実」(柳原三佳著・講談社)(亡くなってから時間がたっていても死因究明の手がかりが得られるかも=武田註)、「焼かれる前に語れ」(岩瀬博太郎・柳原三佳・WAVE出版)を読まれることをお勧めしたい。


なお、草野さんの裁判は現在、進行協議が続いています。
公判日が決まれば、裁判情報 Diaryにてお知らせしたいと思います。


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