米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(二)


 [目次


第九 損失補償

一 問題の所在

 1 何が問題なのか −「継続使用」に伴い発生する二つの問題

 沖縄の軍用地につき、米軍用地特措法に基づき損失補償金を定めるにあたっては、沖縄特有の問題が存在する。

 それは、(1)先行する強制使用をどう考えるかという問題と、(2)将来の土地価格・使用の対価の変動をどう考えるかという問題である。これは、本件強制使用が「新規使用」ではなく「継続使用」という性格を有するところから生ずる問題である。

 2 公用地法・米軍用地特措法に基づく強制使用の本質 −「継続使用」

 (一)復帰時の公用地法による強制使用は、復帰前二七年間も米軍に強制使用され、地主が自由に利用することが妨げられてきた広大な軍用地を「日本国」の名において引続き強制使用するものであった。

 国が米軍用地の使用権を取得するには、二つのやり方があった。一つは、復帰前、琉球政府又は米軍が持っていた賃借権ないしは使用権を国が引き継ぐ方法であり、もう一つは、国が「新規」に使用権を取得する方法であった。日本政府は、琉球政府または米軍が有するとする賃借権ないしは使用権には、その取得の経緯からみて種々の問題を有すると考えて「権利承継」という方法をとることを諦め、新規に権利取得する方策を採用した。公用地法は、日本政府のこの方針を受けて、復帰に伴う特別措置として国が「暫定的使用権」を「原始取得」するという法的構成を取った。

 従って、公用地法による強制使用は、法形式的には「新規使用」と評すべきものであるが、その実質は米軍用地の「継続使用」そのものに外ならなかった。

 (二)公用地法は強制使用に伴い、地主に対し損失補償を行うべきことを規定する。

 損失補償は、その性質上経済的損失を補償することを目的とするものであるから、損失補償を算定するにあたっては、権利取得の法形式に関わらず「使用の実態」に則して算定されるべきものである。公用地法は前述のように、軍用地の「継続使用」を内容とするものであるから、その補償は「継続使用に伴う損失補償」として算定されることとなる。

 (三)公用地法の後に適用された米軍用地特措法による強制使用も、法形式的には使用権の「原始取得」という構成をとり、「新規使用」の形態をとっているが、その実質は「継続使用」であり、それ以前の使用(復帰前の米軍使用、復帰後の公用地法使用)を前提とするものであった。

 3 「継続使用」における土地評価の仕方

 米軍用地特措法は、土地収用法六八条〜九四条(六章 損失の補償)を適用する(同法一四条)。

 しかし、土地収用法の強制「使用」には、「新規使用」と「継続使用」の二種の場合が含まれており、米軍用地特措法における「使用」も同様にこの二種の場合を含むものである。

 いうまでもなく、「新規使用」の場合と「継続使用」の場合とでは対象土地の評価の仕方は同一ではない。

 「新規使用」では、強制「使用」時まで被使用者が自由な土地利用活動を営んでいたことが前提となっている。この場合、「新規使用時」の損失補償は「権利取得裁決の時の価格」によって算定され、その価格は「事業の認定の告示の時の相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」とされる(土地収用法七二条七一条)。

 被使用者は強制「使用時」までは、自由に対象地の利用をなし得たものであるから、対象地の価格・賃料は正常に形成されていると看なされる。

 従って、「使用時」(正確には権利取得裁決時)の対象地の形態、利用状況、周辺の利用状況を基準にして、対象地の価格・賃料を算定することは、強制「使用時」の損失補償を算定する方法として妥当であり、かつ正当なものということができる。

 (二)ところが、公用地法・米軍用地特措法による強制使用の場合は、事情が全く異なっている。

 それは、右強制使用が「新規使用」ではなく「継続使用」の実態を有し、しかも対象地が所在する地域が長期間米軍基地として使用され、かつそれが地域経済を変質させる程の広大な面積を抱え込んでいたからである。

 広大な米軍基地が長期間存続してきたという事実は、米軍基地内の土地の正常な価格形成(市場価格の形成)を阻害し、土地収用法が本来想定する前提を大きく欠落させるものであった。

 従って、沖縄の軍用地について、継続使用時の土地の価格・賃料を算定するに当たっては、先行する「復帰前の米軍による強制使用」「復帰後の国による強制使用」 をどう考慮し、どの様にして継続使用時の土地の正常な価格・賃料を算定するのかという特有の問題を解決しなければならない。

 (三)また、継続使用という問題は、過去の強制使用をどの様に考慮するかという問題と同時に、将来の使用をどの様に考慮するのかという問題をも含んでいる。第11 回公開審理における加藤公認会計士兼税理士の具体的指摘(伊江島の阿波根昌鴻氏の土地についての過去十年間の契約地主との賃料の差異。後記五、1)は、事実を基に如何に過去の収用委員会の損失補償裁決が不合理で差別的結果をもたらしたかを教えるものである。

 これは、収用委員会が「使用時」(正確には権利取得裁決時)の土地価格・賃料に価格を固定して将来の賃料(損失補償金)を算定したことから生じたものである。

 従って、過去の収用委員会がとった「将来の土地価格・賃料の変動を考慮しない」との基本的態度が果して正当といえるのか否か、が問われることとなる。

二 当事者の見解

1 国の立場

 (一)本件損失補償額を算定するにつき、先行する「復帰前の米軍による強制使用」「復帰後の国による強制使用」をどのように考慮するかについての那覇防衛施設局長の見解は、明らかでない。

 (ちなみに、国は、収用委員会が一九七六年一〇月五日付でなした裁決の損失補償額を不服として国が提訴した、那覇地方裁判所昭和五一年(行ウ)第一二〇号ほか併合損失補償金減額等請求事件において、「本施設の土地が米軍の施設及び区域として使用されていなければ右基準日当時において当該基地内もその周辺とほほ同様な開発状況にあったであろうと推察される」として、右先行強制使用の事実を考慮するのは当然との立場に理解を示す意見を述べていた。同事件原告準備書面(一) 七頁)

 (二)また、将来の土地価格・賃料の変動をどの様に考慮するかについての那覇防衛施設局長の見解も、明らかではない。しかし、過去の裁決申請事件で、損失補償金見積額の算定においてこれを考慮したことがないことから、「使用時」(権利取得裁決時)の価格に固定して算定する態度を取っているものと推測される。

2 私たちの基本的立場

(一)先行する強制使用は当然考慮される。

 本件損失補償の算定にあたって、本件裁決申請に先行する「復帰前の米軍による強制使用」「復帰後の公用地法に基づく強制使用・米軍用地特措法に基づく強制使用」が考慮されるのは本件強制使用が「継続使用」の実態を有することから当然のことである。

 (二)土地価格形成を阻害する米軍基地

 (1)沖縄の米軍用地の最大の特徴は、軍用地面積の大きさ、特に地域の経済発展を阻害し土地の正常な価格形成を阻害する程の大規模な基地形成と、その長期性、特に五〇年余という長期間に渡る基地使用という点にある。

 この二つの特徴は、軍用地を社会的・経済的に民間地域と区分された市場原理が機能しない特殊地域として形成し、かつ軍用地周辺地域の土地価格形成についても重大な影響を与えてきた。

 (2)第七回公開審理において、地主の高良勉氏が意見を述べたように、米軍基地建設によって少なくとも七二ケ所の集落が消滅させられている。その中の一つ、嘉手納基地の中に消えた旧北谷町の千原部落を例にとると、米軍基地に強制使用されなければ、同部落は戦後五〇年という年月の中で社会発展法則・経済法則に従って都市化の過程を辿り、五〇年後の今日、千原部落跡は市街地となり、部落周辺の畑や山 林地域も住宅地域となっていた推測される。ところが現実には、米軍基地として使用され続けたが故に、千原部落跡は社会発展法則・経済法則から切り離されて、飛行機の離発着のための緩衝地帯、又はガソリンタンク施設用地として使用され続けている。また、もう一つ例をとると、伊江島の真謝部落も米軍基地のために消滅させられた部落の一つである。米軍基地に取り上げられていなければ、今頃伊江島でも優良な住宅地となっていたものと推測されるが、現実は米軍基地となっており、空対地射爆撃訓練場及び短距離離着陸訓練場用地として使用されている。

 (3)このように、米軍基地内の土地は、社会発展法則・経済法則に基づく土地の利用がなされていないため、正常な土地価格形成が阻害されている。そのため、軍用地の「現況」を基にして土地価格の適正評価を行うことができない。

 (三)軍用地の最有効用途をどのように判断するか

 (1)土地の価格は、土地の最有効用途(種別)判断を基にその評価を行うが、軍用地については最有効用途(種別)判断を行うことが極めて困難である。

 例えば、軍用地の評価をする場合、先ず、基地内の土地を「宅地」または「畑」等と「土地の最有効用途(種別)」を判断し、その上で周辺の同一「種別」の土地、すなわち「宅地」または「畑」とを比較し、周辺地の土地価格で軍用地の価格を推 認・算定する手順をとる。このように、「比準」という手法は、対象土地の価格を推認するものであり、価格推認・算定の基礎となる土地の最有効用途(種別)を判断するものではない。現代の土地鑑定手法においては、鑑定対象土地の最有効用途 (種別)(宅地、宅地見込地、畑、原野、山林等の種類分け)は対象土地の現況に則して判断することとされ、周辺土地の最有効用途(種別)から対象土地の最有効用途(種別)を判断する手法は確立されていない(せいぜい周辺地の開発状況を考慮して現況「原野」を「宅地見込地」と評価するように「現況の種別」判断を修正する要素として導入される位である)。

 このように、軍用地の最有効用途(種別)をどの様な基準に基づいて判断するかは、軍用地の評価をする際の重要なポイントを成すものであるが、軍用地の現況が 前述のように社会発展法則・経済法則から切り離された特殊な環境の下で形成されているだけに、軍用地の「現況」を基準に土地の最有効用途(種別)判断をすることができない。ここにこそ、沖縄の軍用地が抱える土地鑑定の本質的困難さ・問題性がある。

 (2)しかし、軍用地の最有効用途(種別)判断をどのように行うかは、損失補償算定の基本に関わるものであり、収用委員会にとって避けては通れない重要な課題である。

 私たち反戦地主は、沖縄における軍用地の特殊性から、軍用地の最有効用途(種別)を判断するに当たっては、復帰前の米軍による「土地取り上げ時の土地の原状」を基本とし、当時の周辺の集落、土地利用状況等を考慮しながら、「米軍による土 地取り上げなかりせば対象土地がどの様な種別の土地となっていたか」という推測 的判断を踏まえながら軍用地の最有効用途(種別)判断を行うのが、最も適切・妥当な判断方法であると考える。

 (四)将来の土地価格等の変動の考慮

 また、将来の使用期間中の土地価格・賃料の変動については、合理的に予測可能な限り考慮すべきである。

 以下、具体的に軍用地の評価手法、損失補償のあり方について詳述する。


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出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


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