米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(一)


 [目次


第八 却下事由〈その五〉−収用権限濫用論  一 はじめに  那覇防衛施設局の本件収用申請はクリーンハンドの原則に反し、収用権限の濫用で あり、許されない。クリーンハンドの原則とは、自ら法を尊重する者だけが法の保護 を要求することができるのであって、自ら法に違反する者は法による保護を受けるこ とが許されないという原則である。  本件収用申請は、米軍による当初の土地強奪の違法性を引き継いでいるという側面 と今回の収用手続に直接かかわる側面において重大な違法があり、その両面において 本件収用申請はクリーンハンドの原則に反し、許されない。  二 土地強奪の違法性の承継  まず、米軍による当初の土地強奪の違法性を引き継いでいるという側面について述 べる。  1 米軍の土地強奪に始まる土地利用の継続の歴史は次のとおりである。  第一に、米軍は一九四五年四月一日に沖縄に上陸した後に軍事上およそ必要と思わ れる土地をことごとく囲い込み、そこから沖縄住民を追い出し、島内に設けた捕虜収 容所に収容し、囲い込んだ土地を軍事基地として使用してきた。嘉手納・普天間・那 覇の各飛行場や、嘉手納弾薬庫、牧港補給地区等沖縄の基地の主要部分はこの形態に より接収された軍事基地である。  また、日本の無条件降伏後、対日講和条約発効前の段階、すなわち戦闘行為が終結 して沖縄の住民が返還地での生活を始めた頃でも、軍事上必要と判断すれば米軍は住 民を追い出して銃剣とブルドーザーで土地を接収したのである。  米軍は、これらの対日講和条約発効前の接収が、無条件降伏の前後にかかわらず、 いずれも「戦争」または「占領地」の継続状態の延長にすぎないものとこじつけ、そ の使用接収の法的根拠として「陸戦ノ法規ノ慣例ニ関スル条約」(いわゆるヘーグ陸 戦法規)三節五二条を挙げていた。  ヘーグ陸戦法規五二条は、「現品徴発・・・ハ占領軍ノ需要ノ為ニスルニ非サレハ ・・・住民ニ対シテ之ヲ要求スルコトヲ得ス・・・徴発ハ・・・地方ノ資力に相応シ (た)・・・モノタルコトヲ要求ス」、「現品ノ供給ニ対シテハ成ルヘク即金ニテ支 払ヒ然ラサレハ領収証ヲ以テ之ヲ証明スヘク且成ルへク速ニ之ニ対スル金額ノ支払ヲ 履行スヘキモノトス」と定めている。しかし、右条項は、動産の徴発を許したものに すぎず、この条項によって土地を徴発することは許されていない。その理由は、「現 品」という言葉の文理解釈上土地を含まないというだけではなく、「占領軍の需要の ため」という要件からも明らかである。なぜなら、現品の徴発は、占領軍の必要のた めであることが第一の要件であるが、この必要性の要件は占領軍が日常生活維持のた めに必要不可欠な品物と原料、例えば食糧、衣服、靴、医療品、馬糧などに限られる からである。したがって、土地の占拠、接収は、日常生活の維持にとって必要不可欠 なものではなく、徴発することはできないのである。  さらに、現品の徴発といえども、占領の目的を越えてなすことは国際法上許されて いない。へーグ陸戦法規二三条は、「特ニ禁止スルモノ」として、「戦争ノ必要上万 己ムヲ得サル場合ヲ除クノ外敵ノ財産ヲ破壊シ又ハ押収スルコト」をあげている。米 軍による土地の占拠、接収は、日本の無条件降伏の前のものであっても、戦争が事実 上終了し、沖縄本島全域を制圧したのちに行われたものである。まして、日本の無条 件降伏後のものについては、明らかに戦争の必要性、占領の目的および占領の一時性 ・暫定性をはるかに越えるものであり、ヘーグ陸戦法規に明白に反するものである。  このように、対日平和条約発効前の軍用地取得の根拠として米軍が主張したヘーグ 陸戦法規は、無条件降伏の前後を問わず、何ら法的根拠とはなり得なかったのである。  第二に、一九五一年九月八日、サンフランシスコ講和条約が締結されて翌年四月二 八日に発効し、日米間の戦争状態および占領状態が終了した後は、ヘーグ陸戦法規に 基づいて使用するとの主張は法的根拠としておよそ通用し得ないものとなった。その ため、米軍は次のように次々に布令・布告を発布して従来からの軍用地使用の追認を 行うと同時に新たな土地接収を強行していった。
・一九五三年四月三日、布令一〇九号(土地収用令)。
・一九五三年十二月五日、布告二六号(軍用地域内における不動産の使用に対
する補償)。
・一九五七年四月一八日、布令一六四号(米合衆国土地収用令)。
・一九五九年二月一二日、布令二〇号(借地権の取得について)。
 しかし、これらの布令・布告は、土地所有者への告知聴聞という権利保護規定もな
く、およそあらゆる面で近代の国際法上に普遍的な適正手続の保障に違反するもので
あった。現実に、米軍は、土地所有者に何の説明もなく、各地において武装兵を導入
して次々と新規の強制接収を行っていった。このように、対日講和条約発効後の既存
の土地使用の継続および新規の土地接収も、違法なものである。

 第三に、一九七二年五月一五日の「琉球諸島および大東諸島に関する日本国とアメ
リカ合衆国との間の協定」によって沖縄が返還された後は、米軍の発布した布令・布
告はすべて失効したのであるから、米軍が沖縄県民の土地を使用する口実は何もなく
なり、沖縄県民は米軍に対して土地を取り戻す権利を何の障害もなく実現できるはず
であった。ところが、日本政府は、沖縄県民の土地の取り戻しを妨害し、米軍が強奪
した土地を復帰後も継続使用することに手を貸したのである。

 すなわち、一九七一年一二月三〇日、「沖縄における公用地法等の暫定使用に関する
法律」を強行採決した。この法律の趣旨については、日本政府も国会答弁で、米軍基
地用地は違法に取り上げたものであるから、本来沖縄返還後は、契約できない土地は
米軍がいったん県民に土地を返還し、日本政府が新たに県民と土地の賃貸借契約をし
て米軍に提供すべきであるが、返還の際には契約締結作業が間に合わなかったため、
契約を締結するための猶予期間として五年間日本政府に暫定使用を認めるというもの
であった。すなわち、違法占拠であるという認識を持ちながら、日本政府が自分自身
に猶予期間を与え、違法占拠している米軍に日本政府が土地を貸し与えたのである。
日本政府は、米軍の土地使用が違法であるという認識があったからこそ、米軍が沖縄
返還前に賃貸借契約を締結していた土地でさえ、その契約を引き継ごうとせず、猶予
期間に新たな契約を締結しようとしたのである。

 そして、五年後の一九七七年五月一四日に公用地法が失効して占有権限を失ったに
もかかわらず、四日間の不法占拠を継続したうえ、同月一八日に地籍明確化法を制定
し、公用地法の適用期間を五年から一〇年に延長した。本来であれば、猶予期間の五
年間に契約が締結できなければ土地を返還すべきであるのに、さらにまた猶予期間を
五年から一〇年に延長したのである。延長された五年間も契約を締結するまでの暫定
使用であるから、違法占拠であるという認識は続いているのである。

 そして、猶予期間の一〇年が経過した一九八二年には、冬眠状態になっていた「
軍用地特別措置法」を適用して五年間の強制収用をした。沖縄返還の際には、違法占
拠している土地を特別措置法で強制収用することは認められないと判断されたからこ
そ公用地法によって契約猶予期間を定めて暫定使用してきたのであった。すなわち、
日本政府でさえも、沖縄返還の際に特別措置法によって強制収用することは、クリー
ンハンドの原則に反し許されないことを認識していたのである。それにもかかわらず、
一九八二年に自らクリーンハンドの原則に反して特別措置法を適用してしまったので
ある。その後も特別措置法に基づいて、一九八七年に一〇年間の強制収用が、一九九
二年に五年間の強制収用がなされた。これらはいずれも、一度も土地を返還すること
なく違法占拠状態を前提にして特別措置法に基づいて強制収用されており、クリーン
ハンドの原則に反する。そして、それらの期限が切れた一九九七年、今回の収用申請
となった。結局、今回の特別措置法に基づく収用申請も、米軍による土地強奪以後一
度も土地を返還しないまま申請されたものであり、違法占拠を前提にしたものでクリ
ーンハンドの原則に反し許されないものである。

 2 また、日本政府は、これまでの特別措置法に基づく収用手続においてその都度、
特別措置法第三条の必要性の理由として、米軍がそれまで現実に基地として使用して
きたことを挙げて説明している。したがって、これまでの収用申請は、すべて米軍の
当初の土地強奪から一度も土地を返還しないまま使用し続けてきたことを必要性の根
拠にしており、このことからも米軍の当初の土地強奪の違法性を引き継いでいること
は明らかである。

 しかも、沖縄に米軍が占領して以後五〇年以上にわたって、使用主体は米軍であり、
その目的は米国の世界戦略の一貫である。実質において五〇年間何らの変更もない。
これまで、さまざまな立法によって各種の使用権限が与えられてきたが、いづれも米
軍の当初の土地強奪を合法化する手段にすぎなかった。結局は、同一主体が同一目的
の為に五〇年間占有しているのであり、当初の違法性は継続しているのである。

 3 以上のように、米軍の土地強奪による接収当時から引き続く違法性はぬぐいさ
れるものではなく、そのような違法占拠を引き継ぐことに手を染めた日本政府に法の
保護を求める資格はない。したがって、今回の収用申請はクリーンハンドの原則に違
反し認められない。

 三 本件強制使用手続におけるクリーンハンドの原則違反

 次に、今回の収用手続に直接かかわる側面における違法性について述べる。

 1 まず、「象のオリ」の中の知花昌一氏の所有地に関して、一九九六年四月一日
に使用権限が切れたにもかかわらず、日本政府は土地を知花氏に返還せず不法占拠を
続け、自らの不法占拠という違法行為を解消するために今回の収用申請を行ったので
ある。したがって、今回の収用申請を認めることは、この日本政府の不法占拠を追認
し助力することになり法的正義の観念からは容認することはできないものである。

 日本政府の知花氏の土地に関する不法占拠の具体的態様を見ると、知花氏の側は何
らの行動も取っていないにもかかわらず、日本政府は期限切れ以前から「象のオリ」
の周囲を突然柵で囲い、多数の警察官・警備員を配して実力で立入を排除する準備を
整えた。そして、期限切れの四月一日に知花氏が立入を求めると柵を封鎖したまま実
力で立入を阻止した。このように、期限切れ以前から計画的に所有者の立入を実力で
阻止する準備をしたうえで不法占拠をするというのは、明らかに法を無視する態度で
ある。このような者が法の助力を求めることはクリーンハンドの原則に違反し、断じ
て許されない。

 2 また、その後、今回の収用手続の対象土地のうち、知花氏の土地以外の土地に
ついては、使用期限が切れる前に特別措置法を改悪し、収用申請をしさえすれば暫定
使用権限が発生することとした。日本政府は、自らが従うべき収用手続を自らに都合
が悪いからといって一方的に変更してしまうというルール違反を犯したのである。こ
の点からも、自らルール違反をする者には法の助力を求める資格はないものと言わざ
るを得ない。

 3 また、知花昌一氏の土地についての緊急使用の申し立ての審理において、沖縄
県収用委員会が立入調査しようとしたとき、米軍と日本政府は「象のオリ」の敷地の
下にはアースマットという金属製の網が埋設してあり、人が足で踏むと損傷して通信
基地としての機能に支障を及ぼすので立ち入りできないと当初は主張した。そして、
最終的には立入調査を認めたものの、収用委員一人一人の体重を申告させ、収用委員
の歩くコースには木の板を敷いてその上を歩くように強制したうえ、知花氏所有の土
地自体には足を踏み入れさせなかった。ところが、後になって、「象のオリ」の芝の
上は重さ約一トンもある芝刈機が縦横無尽に走り回っていることが証拠写真で明らか
にされ、米軍と日本政府の詐欺的手法が暴露されたのである。この点にも、日本政府
の法を軽視する態度がはっきりと現れている。いくら法的手続に則って収用申請をし
ているかのように振る舞っても、実際には、所有権者の権利を無視し、収用されるの
が当然であって手続はどうでもよいという法を無視する態度を取る者には法による保
護を求める資格はない。

 四 小括

 以上のように、本件収用申請には、米軍による当初の土地強奪の違法性を引き継い
でいるという側面においても、今回の収用の申請に直接かかわる側面においてもそれ
ぞれ重大な違法があり、那覇防衛施設局の本件収用申請はクリーンハンドの原則に反
し、許されない。すなわち本件収用にかかる土地は、米軍によるそもそもの接収の始
まりが土地強奪という強度の違法性を有するものであって、その違法性は日本政府に
よってその後も現在まで継続されており、そのうえ今回の収用手続も所有権者の権利
を無視し手続軽視の態度が著しいものである。那覇防衛施設局は自ら法に違反し法を
蹂躪する者であって、法による保護を受けることは許されないのである。

 したがって、本件収用申請は、収用権限の濫用として却下されるべきである。


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出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック