米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(一)


 [目次


第三 収用委員会審理における立証責任  一 収用委員会の審理権限と立証責任  1 既に述べたとおり、収用委員会は、米軍用地特措法第五条に基づく内閣総理大 臣の使用認定の違法性について判断ができ、かつそれが重大であって無効な場合には、 収用委員会は必ず却下裁決をしなければならず、また、使用認定が無効に至らない違 法な場合でも却下裁決をすべきである(「鑑定意見書」八頁)。この場合は、裁決申 請が「この法律の規定に違反する」ときとして却下裁決がなされるのである(米軍用 地特措法第一四条土地収用法第四七条)。  2 ところで、収用委員会の審理は、起業者である防衛施設局長が強制使用の裁決 申請をし、その際裁決申請書を収用委員会に提出して初めて開始されるものであり (特措法一四条一項、土地収用法三九条、四〇条)、かつ、収用委員会の権利取得裁 決は裁決申請書により起業者が「申し立てた範囲内で」裁決し(土地収用法四八条二 項)、他方、審理の公開が原則とされ、土地所有者らに意見を述べる権利等が与えら れているところから(土地収用法六二条、六三条)、原則的に当事者主義的構造を持 っている。  したがって、収用委員会の審理は、起業者側の必要書類を添付した裁決申請書等、 土地所有者らの意見書、口頭での意見陳述など、双方当事者の主張・立証を基礎にし て進められるべきものであり、収用委員会の職権主義的権限(土地収用法六五条の調 査権限など)は当事者の主張・立証を補充し、事実関係等を究明するために認められ ているものである。  しかし、例えば、収用委員会の調査権限等を活用してもなお、使用認定の要件であ る「必要」性や「適正且つ合理的」の要件となる事実関係等が明らかとならない場合 は、収用委員会はいかなる判断をくだすべきかが問題となる。いわゆる「立証責任」 の問題がある。  すなわち、審理の最終段階に至ってもなお、ある事実の存否が確定されない場合、 たとえば一定の処分要件を充足する事実の存否が不明な場合、審理機関は事実の存在 を仮定して処分の効果を認めるのか、あるいは事実は存在しないものとして処分の効 果を否定するのか、いずれの当事者に対して不利な法律判断を下すべきかがあらかじ め決められていなければならない。このような当事者の一方が負うべき危険または不 利益を「証明責任」というが(「行政法」有斐閣双書、塩野宏「行政法」有斐閣等)、 収用委員会が使用認定の要件である「適正且つ合理的」の要件の有無などについて審 査できる以上、その要件を充足する事実の存否が不明な場合にいかなる判断をするの か、その基準としての「証明責任」が問題となる。  二 収用委員会審理における証明責任分配の基準  1 従来、行政事件における証明責任の分配に関しては、取消訴訟において原告で ある私人と被告行政庁とのいずれの当事者が証明責任をおうべきなのかという形で論 じられてきている。その分配基準は、結局のところ、訴訟における両当事者間の実質 的な公平、裁判による正義の実現という理念に基づいて決定されるべきであるが、こ の分配の一般的基準は、収用委員会の審理においても妥当する。  取消訴訟に関する証明責任分配の具体的基準については、次のような学説上の対立 がある。  A説は、私人側に証明責任があるとするものである。これは、古典的な見解である が、この説によれば、行政行為は公定力をもち適法性の推定を受けるから、その取消 しを求める私人が反対の証明として当該行政行為の違法を証明しなければならないと する。この説にしたがえば、収用委員会審理において、使用認定の違法は私人である 土地所有者側が立証しなければならないことになる。  しかし、第一に、私人側が一方的に常に証明責任を負うとすれば、行政権が不当に 保護されて当事者間の公平の理念は破られ、そもそも証明責任の「分配」という原則 にそぐわないし、第二に、行政行為の公定力による適法性の推定というのは、当該行 政行為が適法であることが法律上推定されることではないから、これで行政行為の違 法性を審理する際の証明責任の所在を決することはできず、この説は妥当でない。  B説は、行政庁側に証明責任があるとするものである。この説は、法治行政の原則 から、行政行為の適法性が問題とされる場合は、行政庁がその適法性を裏付ける個々 の具体的事実について証明責任を負うべきだとする。  しかし、この説についても、事実が不明確な場合の危険を一面的に一方の当事者に 負担させることに問題がある。  C説は、法律要件によって証明責任を分配するものである。この説は、実体法上の 要件規定の形式によって分類し、行政庁の権利発生(権限行使)規定の要件事実は行 政庁が、権利障害および権利消滅(権限不行使)規定の要件事実は私人が証明責任を 負うとするものである。  この説は、民事訴訟における原則を取消訴訟に適応するものであるが、対等当事者 間での利害調整に関する民事実体法としての私法法規と異なり、行政実体法としての 行政法規は公益と私益の利害調整を内容としているから、民事訴訟における立証責任 の分配基準をそのまま行政訴訟にもちこむのは妥当でない。  D説は、行政行為の内容によって証明責任を分配するものである。この説は、国民 の自由を制限し、あるいは義務を課す行政行為の要件事実については、行政庁側がそ の要件事実の存在を立証し、国民の側に有利となる要件事実の存在については国民の 側に立証責任があるとする。国民の自由の尊重という日本国憲法の原理からすれば、 行政による国民の自由の制限にはその制限が法に適合するものであることの証明は行 政側に要求すべきものであるから、証明責任分配の基準としては、この説が基本的に 妥当である。  裁判例でも、課税に関する処分について、「所得の存在及びその金額について決定 庁が立証責任を負うことはいうまでもないところである。」(最判昭和三八年三月三 日)とし、「所得税更正処分の取消訴訟において、右処分の適法性を主張する行政庁 は、課税標準の算定の正当性ないし一定の所得の存在につき、立証責任を負担するの が当然のことであ」る(広島高裁岡山支部判決昭和四二年四月二六日)としており、 右D説と一致した結論をとっている。  2 したがって、土地所有者から強制的に使用権を奪う、米軍用地特措法にもとづ く本件収用委員会審理に関しては、起業者である防衛施設局長が使用認定の要件事実 である「適正且つ合理的」などの立証責任を負担すべきである。  三 本件審理における立証責任  1 収用委員会の審査権限について既に述べたとおり、収用委員会は、使用認定が 無効か否かの判断を行い、無効の場合には、裁決申請を却下しなければならず、使用 認定が無効とされない場合でも、裁決申請が法令に反する場合などには却下裁決をし なければならない(「鑑定意見書」五頁)。  この内、使用認定の違法性については、それが重大である場合は、認定が無効とな り収用委員会は裁決申請を却下することになるが、この場合の立証責任に関しては次 のように考えるべきである。  すなわち、収用委員会の権利取得裁決によって、土地所有者は、憲法二九条で保障 された財産権である土地の使用権を奪われるという重大な不利益をこうむるのである から、内閣総理大臣が行う使用認定が無効をもたらす違法なものであってはならない ことは言うまでもない。したがって、使用認定が無効でないことの立証責任は、起業 者である防衛施設局長が負担しなければならない。すなわち、収用委員会の裁決申請 に関する審理については、使用認定の違法が「重大」なため無効である場合に却下裁 決がなされるのであるから、土地所有者側が認定の違法性を基礎付けるに足る事実を 主張・立証すれば、起業者側は、使用認定の違法が「重大」でなく無効とはならない ことについて主張・立証を尽くさなければならない。  本件使用認定の違法性については、土地所有者側は、本書面等で十分に主張し、か つ公開審理での意見陳述や各意見書、証拠資料などで十分立証を尽くしているが、起 業者側は、「重大」な違法性がないことの主張、立証を全くといって言いほど行って いない。  那覇防衛施設局の提出した「使用の裁決の申請理由説明要旨」では、「日米安全保 障体制は、我が国を含むアジア・太平洋地域の平和と安定にとって不可欠な枠組みと して機能して」いることなどを理由とし、日米安全保障条約を「終了させることは全 く考えておらず、駐留軍の駐留は、今後相当長期間にわたると考えられ、その活動の 基盤である施設及び区域も今後相当長期間にわたり使用されると考えられるので、そ の安定的使用を図る必要がある。」とし、日米安全保障条約第六条に基づく施設提供 義務を述べ、本件各対象地の強制使用の理由については、わずかに「施設及び区域の 運用上、他の土地と有機的一体として機能しており、必要欠くべからざるものである。 」と述べているだけである。起業者側は、土地所有者側の認定の違法性の主張、すな わち土地強制使用に「適正且つ合理的」な理由がないことを裏付ける具体的事実の主 張に対し、違法の「重大」性がないことの何らの主張をも行っていない。また、これ までの一一回にわたる公開審理においても、起業者側はまったくこの点についての立 証を行っていない。  また、裁決申請の違法については、裁決申請の適法性を主張、立証すべき責任は起 業者側が負担すべきものであるが、防衛施設局長はこの点の主張、立証責任を果して いない。  2 一一回にわたる公開審理の中で、土地所有者側は、使用認定の違法性はもちろ ん、裁決申請にいたる手続的瑕疵の主張・立証など裁決申請固有の違法性についても 十分主張・立証を尽くしてきている。それに対する起業者である防衛施設局長側の主 張ないし立証は全くないか、あっても極めて不十分である。  起業者側の審理にのぞむ態度が、裁決申請が適法なものと認められるか否かの争点 について、無責任極まりない態度に終始したことは、土地所有者側の求釈明に対し、 「審理になじまない」を連発したことに端的にあらわれている。  米軍用地特措法は、日米安保条約第六条に基づくものであるが、同条は、「極東」 における国際の平和と安全の維持のために米軍による施設等の使用を認めているとこ ろ、裁決申請の理由では、日米安保体制は「アジア太平洋地域の平和と安定」のため に機能しているものとしている。この「アジア太平洋地域」と「極東」とが異なるの であれば、裁決申請理由は、日米安保条約第六条に違反することになり、使用認定は 適正でも合理的でもなく、そもそも「必要」性も認められないはずである。使用認定 の適法性を基礎づける根幹の問題について、起業者である那覇防衛施設局側は「本審 理になじまない」と回答している(第二回公開審理記録二二頁等)。  また、起業者側は、裁決申請理由では、沖縄県内の土地を米軍の施設のために提供 するための協定が、一九七二年(昭和四七年)五月一五日に締結され、この協定にも とづき各土地が提供されていることを自ら主張しておきながら、具体的にどの土地を 必要とし、いかなる条件で使用するのかを明らかにしているいわゆる「五・一五メモ」 については、全くその理由を示さずに、「五・一五メモ」について議論すること自体 を「本審理になじまない」と答えている(第三回公開審理記録四八頁等)。  具体的な施設の使用、例えば、キャンプ瑞慶覧の教会用地について、憲法第二十条 の政教分離原則との矛盾を指摘されても、「米軍人、米軍属及びその家族の日常生活 に必要不可欠な施設で・・施設の一部として使用され、施設全体と有機的一体として 機能して」いるとだけ答え、土地所有者側の指摘した憲法上の重大な争点については 「本審理になじまない」として違法性がないことを全く主張、立証していない。  3 また、既に本意見書第一の三で述べたとおり、本件審理に必要不可欠な地権者 立会による現地立入調査を米軍は拒否してきた。収用委員会は、二度にわたり、対象 土地の内の八二筆について、地権者立会による現地立入調査を行うことを決定し、米 軍に基地立入要請をしたが、米軍はいずれも拒否し、そのため、地権者らは、現地で 対象土地の位置・境界等に関する指示説明をなしえず、結果として、境界不明地の位 置・境界や土地物件調書の記載事項の確認等、審理における重要な争点の解明がなさ れなかった。  右の調査事項は、いずれも、本件裁決申請の適法性を基礎づける重要な事実である が、起業者側は、その立証をなしえなかったことになる。したがって、右調査事項が 明らかにならなかったことの審理手続上の不利益は起業者側が負うことになり、裁決 申請は却下されなければならない。  4 この他、起業者、那覇防衛施設局側の審理拒否の態度は公開審理で一貫してお り、その不誠実な態度は厳しく糾弾されるべきである。  貴収用委員会は、本裁決申請を英断をもって、却下すべきである。


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出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック