米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(一)


 [目次


 四 使用認定が違法な場合の審理・却下権限

 1 はじめに

 これまで「第二の三」においては、第一の法理として、「無効な行政行為」の法理
を基礎とした、収用委員会の使用認定の適否に関する審理・却下権限についてのべた。

 収用委員会が特措法三条の要件該当性を審理判断する権限があることとを根拠付け
る第二の法理は、特措法に基づく収用手続きの規定自体から解釈される審理・判断権
限である。

 この第二の法理の基礎は、第二の二「収用委員会の強制使用手続きにおける役割と
責務」で述べたように、憲法二九条及び三一条の要請により、強制収用手続きを、認
定と裁決の二段階に分けて、別個の機関に行わせ、慎重かつ厳格に行おうとした収用
手続きの構造そのものにある。

 この点を検討する最初に、原則として、収用委員会は、一般に事業認定の違法性を
理由として却下裁決はできないとする主張の根拠を検討する。

 2 収用委員会の権限限定説の根拠

 収用委員会は、原則として(即ち、認定が「無効」な場合を除き)、認定の違法を
理由として却下裁決はできないという説の根拠としては、大きくいって、以下の三点
があげられている。

(1) 事業認定があった以上は、収用委員会はその内容が違法または不当であること 
を理由として申請を却下できないことは旧法下でも認められていたこと(小高剛『土
地収用法』三〇一頁)

(2) 土地収用法四七条本文は裁決の却下事由として、「裁決の『申請』がこの法律 
の規定に違反するとき」と定めていることからして、申請の前段階の手続きにおける
瑕疵は却下事由にならないと解されること(小高同頁、小澤土地収用法上五三一頁、)

(3) 土地収用法四七条本文一号二号は裁決の却下事由として「申請にかかる事業ま 
たは事業計画が事業認定を受けた事業・計画と異なるとき」をあげて、事業認定にお
けるそれら(事業または事業計画)は既定のものとして前提する趣旨を示しているこ
とからも明らかな様に、裁決が事業認定に対するいわば続行手続きであり、不服申立
または訴訟のごとき覆審手続きでないこと(小高同頁、柳瀬良幹『公用負担法』二二
四頁)。

 3 権限限定説の根拠の検討

 しかし、右権限限定説の根拠はそれぞれを検討してみると余りに根拠薄弱であると
言わざる得ない。

 右(1)の点は、明治憲法下での、旧土地収用法に関する大正七年七月三一日の行政 
事件判決を根拠として引用している。しかし、土地所有権及び適正手続き保障を含む
基本的人権に関する考え方は、明治憲法と日本国憲法とでは全く異なることは言うま
でもない。明治憲法下の旧法に関する大正時代の判決を理由として、日本国憲法下の
現行法の解釈の根拠とするのは余りに強引過ぎる。収用委員会の権限を限定する理由
には全くならない。

 次に(2)の点は、「裁決の申請が、・・・この法律の規定に違反するとき」却下し 
なければならないと表現されていることを理由とするものである。しかし、文言が
「裁決の申請が、この法律の規定に違反するとき」となっているからといって、その
なかに、「裁決の申請が、誤った使用認定に基づくものであるために、この法律の規
定に違反するとき」を含まないと限定的に解するのは、文理解釈だけからは言えない。
論理的には、両方の解釈はあり得る。

 しかも、この論者自体が、裁決の申請手続き自体が違法な場合に限らず、「裁決の
申請前の段階の手続きにおける瑕疵でも、土地物件調書は申請書の添付書類であるの
で、その瑕疵は却下事由となる」と解釈している(小澤前掲書五三一頁)。しかし、
「調書」が裁決書に添付されるからその違法が却下事由となるのであれば、使用認定
は、「添付書類」ではなく、裁決申請書の「本体」の中にある。申請書の添付書類に
違法なものがあることが却下事由となるのであれば、申請書の本体の中に違法なもの
がある場合も却下事由としてよいはずである。

 申請前の段階の違法は裁決には関係がないと言う解釈自体に無理があるのである。

 また(3)の点は、事業や事業計画が認定と裁決とで異なっている場合を却下事由に 
上げているからと言って、事業認定については既定のものとして一切判断できないと
しているということには必ずしもならない。論理に飛躍がある。なぜなら事業認定は
裁決申請に先立つものであるとしても、その先行するものに違法があることが審理で
明らかになった場合に却下できるかどうかは別問題であり、両立するのである。

 (3)は更に、裁決は、続行手続きであり覆審手続きではないという。しかし、裁決 
は確かに不服申立や訴訟の様な覆審手続きではないが、だからといって、裁決申請の
根本である使用認定の違法についてそれが土地収用法の要件に反する認定であること
が明らかとなった場合にも却下できない、と言うことには論理的につながらない。収
用委員会の審理権限を限定する根拠とはなり得ない。

 4 特措法の規定に沿った収用委員会の審理・判断権限

(一) 以上、一般の収用の場合でも、収用委員会が認定の適否について判断できな
いとする根拠は薄弱であることを指摘した。そこで、あらためて特措法の規定に沿っ
て、収用委員会の審理・判断権限を検討する。

(二) 本件強制使用の根拠規定は、米軍用地特措法三条である。

 同条は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等
を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるときは、この法律の定めるところ
により、これを使用し、又は、収用することができる。」と規定している。逆に言え
ば、この「必要性」や「適正かつ合理的」の要件が満たされない場合は強制使用はで
きない。

 この特措法三条の規定は、同法五条で総理大臣の使用認定の際の要件となっている
が、それのみの要件であるとは規定されていない。強制使用・収用することが出来る
場合の全ての要件を定めているとよめることに留意すべきである。また、総理大臣の
使用認定手続きを定めた四条、五条及び、収用委員会の却下権限を規定した土地収用
法四七条を準用した特措法一四条の前にある条文の文言からも、その位置からも強制
使用を認める場合の全ての規定と解釈できるのである。総理大臣の使用認定だけの要
件と限定的に解する理由はないのである。

 この様に、特措法三条の要件が満たされない場合は強制使用はできないところ、収
用委員会は、特措法に準用される土地収用法四七条本文により、「裁決の申請がこの
法律に違反する時は却下しなければならない。」と、却下を義務付られている。この
規定が、裁決申請の前段階の違法は却下事由としないと限定的に解する理由がないこ
とは前述した。そしてここに言う「この法律」は、特措法及びこれによって準用され
る土地収用法であり、その中に、特措法三条が含まれることは、文理上明らかである。

 特措法三条の要件が満たされない場合は、「強制使用それ自体」ができないのであ
り、当然ながら総理大臣の「使用認定」も特措法五条によってできないし、収用委員
会も準用される土地収用法四七条本文によって「権利取得裁決」はできないのである。
これが、条文の文言に沿った自然な解釈である。

(三) そうすると、「第二の三の3」で検討したように、事業計画書がないことな
どに象徴される、特措法の使用認定手続きの問題点からした場合、通常の収用手続き
の事業認定と比較したとき、適正かつ合理的等の要件該当性については、規定上も実
際の運用上も、総理大臣の使用認定の段階での吟味検討は十分に話されていない(形
骸化している)のであるから、通常の収用手続きとは前提が異なる。よって、特措法
に基づく収用委員会の審理・裁決においては、収用委員会は特措法三条の要件該当性
について立ち入って判断できるし、そうすることが憲法上及び特措法上の要請でもあ
ると解される。

 そして、本件裁決申請が、特措法三条の要件に該当しないにもかかわらず使用認定
をされていると、収用委員会の審理において判断される場合は、違法な使用認定に基
づく「裁決の申請」であることを理由に、「裁決の申請がこの法律の規定(特措法三
条他)に違反するとき」にあたるものとして、却下しなければならないのである。

 5 結論

 よって、貴収用委員会は、土地所有者らから、使用認定には違法があると主張・立
証される場合は、これについて審理する権限があり、その結果、1.使用認定の違法性
が重大で無効と判断される場合、もしくは、2.使用認定が違法である場合と判断され
る場合には、いずれの場合も裁決申請を却下する権限があり、かつ、その責務がある。

 なお、審理手続きの中でしかるべき適正かつ合理的な要件などに関する説明義務・
立証義務を起業者が果たさない場合には、特措法所定の「必要性」「適正かつ合理的」
の要件を満たしていると言えないことが明かとなったものとして、却下すべきである
(この点は、別途、後述する)。

 本件各裁決申請は使用認定が特措法三条の「適正かつ合理的」等の要件を欠く違法
なものである(しかもその程度は重大である)から、いずれも却下されなければなら
ない。

 6 付論−県知事に対する職務執行命令事件最高裁判決との関係

(一) 最高裁判決の内容

 前述の通り、最高裁判決は、総理大臣の使用認定が無効とされる場合のあることを
認めたが、一方で、本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白
な瑕疵が認められるか否かについて検討するとして、「右事実関係の下においては、
沖縄県に駐留軍の基地が集中している現状や本件各土地の使用の状況等について上告
人が主張する諸事上を考慮しても、なお本件各土地の使用認定にこれを当然に無効と
すべき重大かつ明白な瑕疵があるということはできない」とした。

(二) 最高裁判決の射程距離

 しかし、本件裁決申請について判断をなす収用委員会は右判決には拘束されない。
その理由は以下の通りである。

(1) 第一に、当事者が異なり、本件被申請人たる各土地権利者は右最高裁判決に
拘束されない(使用認定の対象土地も重なる部分はあるが、全く別の施設、土地も裁
決申請の対象とされている)。

 そもそも土地権利者らが右事件について重要な利害関係を有するとして補助参加を
申し立てたのに対して、福岡高裁那覇支部及び最高裁は、参加申立を却下した。その
理由は、「裁判所が主務大臣の請求に理由があると認めて、都道府県知事に対し、当
該事項を行うべきことを命じた場合であっても、行政機構内部における本来の方法に
よって当該事項を執行すべきことが決定されたのと同様の効果を招ずるにとどまると
いうべきである」(平成八・二・二六最高裁第二小法廷)とした。そして、補助参加
申し出人は使用認定等に対する抗告訴訟など他の手続きで対処できるとし、その対処
のひとつとして「収用委員会における裁決手続きの審理」を通じて対処すべきである
としているのである(平成八・一・二三高裁決定)。

 したがって、本件収用委員会の審理、裁決においてこそ本件権利者らは、使用認定
の重大な瑕疵を初めとする多くの問題点(それには後述の土地物件調書の作成の違法
その他の手続き違法も含まれれる。)を主張することができ、右知事に対する最高裁
判決に拘束されることは全くない。そして、土地所有者が拘束されないのに収用委員
会が拘束されたのでは、権利者が拘束されないという意味がないのであるから、当然
のことながら、収用委員会も拘束されず、独自の権限に基づき使用認定の適否につい
て審理判断ができる。

(2) 第二に、最高裁判決が「右事実関係の下では」と限定しているように、本件
審理と右県知事の事件においては、具体的な土地使用の実態などの事実関係もそれを
裏付ける証拠関係も大きく異なる。そもそも、県知事においてもそのような具体的な
事実関係に基づく判断を受けたく事実調べを求めたが、裁判所はそれを行わないまま
最高裁判決まで至っている。前提とする事実、証拠関係がが全く異なるのである。

(3) 第三に、「第二の三の3の(七)」でも述べたように、知事は、あくまで、
強制使用裁決については何らの根拠を有しない一個の行政機関であるが、収用委員会
は、合議制の準司法機関として使用裁決に関する権限を法律によって与えられている
「独立行政委員会」である。

 総理大臣から指揮命令を受け、判決の結果も、「行政機構内部における本来の方法
によって当該事項を執行すべきことが決定されたのと同様の効果を生じるにとどまる」
に過ぎない知事と収用委員会は全く性格を異なる機関であるから、右知事に対する判
決の内容について、収用委員会が拘束される理由は全くない。

(4) なお、使用認定の無効を判断すべき基準として、重大明白な瑕疵ある場合に
限るというのは現在の通説ではなく、最高裁の判例自体もそれに限定する趣旨と解す
べきでないことは前述の通りである。

 本件収用委員会では、これまでの公開審理で明らかとなった諸事実、証拠に基づき、
あらためて本件各土地の使用が特措法三条の各要件に以下に反しているかを審査・判
断すべきである。

 7 おわりに−収用委員会に求められていること

 今、貴収用委員会に問われているのは、これまで詳述してきたように、特措法の関
連規定上も、運用上も、そして歴史にみても、米軍が国際法規にも反して違法に強奪
した土地を、形式のみの法の装い(使用認定もそのひとつである)でもって強制使用
することを認めてよいのか否か、総理大臣の使用認定があるからそれには立ち入らな
いということで自らの権限を消極的に行使しない立場に立つのか、そうでない立場に
立つのか、消極的な立場から自らの権限行使が今基地問題が根底から問い直されてい
る時代のもとで収用委員会が歴史的に与えられた使命を果たすことに本当になるのか、
と言う深い問いかけである。

 これまで、本当の意味の憲法と法の厳正な執行を受けることなく法的保護を受けて
こなかった沖縄の米軍基地強制使用問題について、あらためて、憲法と法が本来予定
している基準でこれを見直し、憲法と法によって付与された収用委員会の権限を十分
に行使するかどうか、が今、問われている。そして、貴収用委員会には使用認定の適
否に立ち入る権限を持つことは法理上も十分認められる。あとはこの権限を行使する
かどうかである。これを行使することこそが、貴収用委員会の責務である。

 五 土地収用法四八条に基づく「使用区域の限定」に関する審理・裁決権限

 1 はじめに

 特措法一四条で適用(準用)される土地収用法四八条に基づき、収用委員会は本件
土地の裁決にあたり、「使用方法」「使用期間」等の他に、「使用する土地の区域」
を定めることとされており、かつ、右事項については、「起業者が申し立てた範囲内
で、且つ、事業に必要な限度において」裁決しなければならないとされている(同法
四八条一項一号、二項本文)。

 「第二の二〜四」では、使用認定の違法に関する収用委員会の審理・却下権限を述
べてきたが、収用委員会はこの四八条に基づく使用区域の限定の権限も厳正に行使し
なければならない(その余の使用方法、期間、補償金額などについては、別途、論じ
る)。

 2 四八条二項の解釈

(一) 限定説

 この四八条二項の規定に基づく収用委員会の判断権限については、事業認定庁の判
断権との関係において若干問題があるとされ、「起業地の範囲については事業認定の
段階で認定庁の権限において既に判断されてしまっているので、認定にかかる事業計
画と裁決申請時の事業計画との間で変更がない場合には、収用委員会は、裁決申請に
かかる土地の区域が起業地に含まれているか否かの判断権を有するにとどまり、裁決
申請にかかる土地が事業のために必要か否かについて判断する権限を有しない。従っ
て、この場合、「事業の必要な限度において」との文言の適用の余地がない。」とす
る説がある(小澤土地収用法上五六四頁)。

 しかし、法が明確に「(1)起業者が申し立てた範囲で、且つ、(2)事業に必要な限度
において」と規定しているにも関わらず、これを没却するごとき解釈は、法律上の規
定を恣意的に解釈し、土地権利者に不利な方向で、収用委員会の権限を制限するもの
といえ、全く誤った説であると言わざる得ない。

 この説では、法律は全く意味のないことを法が規定したことになってしまうのであ
り、文理解釈上も取り得ない。この説の趣旨であれば、収用委員会は、事実としては
(1)の点のみを判断する権限しかないこととなるのであるから、法がわざわざ、(2)の
「事業の必要な限度において」裁決しなければならないと定めた明文に反する(この
説は、事業計画に変更があった場合にのみ意味があるとするが、それも、法文を無視
した誤った解釈である)。

(二) 本来の解釈

 従って、本来の解釈としては、法文通り、収用委員会は起業者が申し立てた範囲内
で、且つ、事業に必要な土地であるか否かを厳正に判断しなければならない。

 また、通常の事業認定の場合ならともかく、前記のように、総理大臣の使用認定が、
特措法三条に基づく個々の土地ごとの「必要性」や「適正且つ合理的」の要件該当性
の検討が実際にはなされず、完全に形骸化している本件の場合には、とりわけ、法律
が本来的に収用委員会に与えた審理・判断権限に立ち返って、これを厳正に行使しな
ければならない。

 3 「必要な限度」の判断方法と裁決(却下)権限

(一) 「事業に必要な限度」という場合の「事業」の単位については、起業者が相
当面積を既に取得してしまっていて未取得地が一筆のケースもある。しかし、事業を
施行する土地とは、未取得地のみならず、既取得地も含まれるのであり、その意味で
事業とは、「それのみによって供用可能であって最小限の公益性を発揮することがで
きるまとまりのある単位」とされている(小澤土地収用法上二三八〜二四〇頁)。従
って、本件にあてはめれば、事業単位は、仮に一筆しか未契約地が残っていない場合
でも、原則として各米軍施設毎に一つの事業であると考えられる。

(二) 従って、「事業に必要な限度」が、申請土地の一筆の一部である場合にはそ
の部分に限定することになるし、あるいは、一つの単位である「米軍施設の提供」と
いうの事業のなかで申請土地の一筆の全部が「事業に必要」であると判断されない場
合には、一筆の土地全体が「事業に必要な限度」の範囲外ということで、裁決の対象
外とされることもあるのである。この裁決は、法的には権利取得裁決の一種であるが、
申請対象地の一部が裁決の対象外とされるものである。

(三) そして、更に、収用委員会としては、土地収用法四八条に基づき、事業に必
要な限度が何かを審理判断する義務が、法律によって与えられているのであるから、
その必要性に関して疑問が生じた場合には、土地収用法六五条に基づき、起業者に必
要な理由を根拠付ける資料の提出などを命じることが出来ると解される。

 右提出要求に起業者が応じない場合はどうなるか。

 その場合は、

 (1)土地権利者の主張その他を検討し、「必要な限度」で、裁決することになる(申
請対象土地の全てあるいは一部を裁決の対象外とする裁決も含まれる)か、

 (2)収用法四八条に基づき収用委員会が法律上の義務として、権限取得裁決をする 
場合には必ず判断しなければならない事項の判断が不可能となるのであるから、よっ
て、権利取得裁決も法律上不可能となる。そこで、説明義務(六五条)等を起業者が
行わないことをもって起業者の裁決申請全体がこの法律の規定に反することをもって
却下裁決するか、

のどちらかである。

 これらの権限を収用委員会は行使すべきである。

 六 憲法違反の審理・判断権限

 1 はじめに

 収用委員会は、本件裁決申請に対する審理、裁決にあたって、右申請が憲法に適合
するか否かについて審理、判断する権限がある。

 右憲法判断には、

(1)裁決申請の根拠法令たる日米安保条約特措法などの根拠法令自体に関して憲法 
判断する場合と、

(2)使用認定の違法性、強制使用手続きの違法性の判断の中においてのそれらが各法 
令に違反するのみならず憲法に違反するか否かについて判断する場合

の両者が存するが、いずれについても、収用委員会は憲法判断をなすことができるし、
それをすべき職責がある。過去の収用委員会は、これについて何ら理由を付すること
なく否定的判断をしているが、これは誤っている。

 2 基本的な考え

(一) 本件裁決申請は、米軍用地特措法に基づいてなされているところ、右法律は
日米安全保障条約及び日米地位協定に基づいて制定されたものである。

 また、土地収用法は、「財産権の侵害」と「公共の必要=公共の利益」との調整を
目的とするものであるところ、本件裁決申請で、右「公共の利益」として、起業者が
主張しているのは、安保体制の維持あるいは、日米安保条約日米地位協定にもとず
く基地提供義務の存在である。

 そうである以上、右安保体制がわが国の憲法秩序に適合すること、日米安保条約日米地位協定が合憲か否かの判断なくしては、本件裁決申請が日本国憲法体系のもと
で適法であるか否かは判断しえない。

 また、収用委員会には、使用認定の違法性の審理・判断権限があることを先に述べ
たが、憲法違反は使用認定の瑕疵の中でも、最も重大な瑕疵であることはいうまでも
なく、使用認定の無効を招来するものである。

(二) そして、収用委員会は広い意味での行政機関であり、それを構成する各収用
委員は公務員である。

 憲法九九条は公務員に対し憲法の尊重と擁護を義務付けている。本件強制使用の申
請の理由が、安保体制の維持、日米安保条約上の義務履行とされている以上、日米安
保条約が憲法に反するならば、その強制使用を認めないことこそが、憲法を尊重し、
擁護することに他ならない。

 以上の意味において、収用委員会は、日米安保条約および日米地位協定の憲法適合
性を審理する権限を有するし、審理すべきである。

 3 公共の利益とは何か

(一) 土地収用法一条は、「公共の利益となる事業に必要な土地等の収用又は使用
に関し、公共の利益の増進と私有財産との調整を図」るとしている。これは、土地の
強制収容又は強制使用が、国家の権力をもって個人の財産権を強制的に奪う、あるい
は制限するものである以上、憲法が国民に保護する財産権(二九条一項)を制限する
場合には、それに足る公共の利益が存在し、私有財産との適正な均衡のはかられるこ
とを求めている。

(二) そもそも、憲法二九条三項は、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公
共のために用いることができる」と定める。

 これは、個人の財産を制限、収用できるのは「公共のため」の場合に限られ、かつ、
「正当な補償」がなされる場合にのみ許されることを意味し、もって国民の財産権を
保障(二九条一項)しようとしたものである。

 土地収用法一条の「公共の利益」とは、右憲法二九条三項を受けての規定であり、
そこでは当然に、「公共の利益」とは、適法かつ憲法に反しないことが前提となって
いる。何故ならば違法な目的のために土地収用法が収用を認めることは背理だからで
ある。

(三) 国は、本件各土地を強制使用するについて、日米安保体制が、アジア・太平
洋地域の平和と安定にとって不可欠であり、米軍の駐留がわが国の安全及び極東の平
和と安全に寄与するものであり、基地の提供が、日米安保条約上の義務だとする。
 しかし、日米安保体制が憲法秩序に適合していること、日米安保条約が憲法に違反
していないことが前提となってはじめて本件各土地の強制使用が「公共の利益のため」
と言いうるのである。

 4 収用委員会の責務

 収用委員会は、独立の行政委員会として、起業者、地主のいずれかの立場にも偏ら
す、中立・公正の立場から、公共の利益の増進と私有財産との調整を図ることを基本
としつつ、却下裁決か権利取得裁決か、使用区域、使用方法、使用期間、補償金額等
につき判断すべき責務を負っている。

 右判断に際して収用委員会は、日米安保条約の合憲性を判断できるし、せざるをえ
ないのである。

 5 公務員(一般)の憲法尊重擁護義務

 憲法九八条は、憲法の優越性と基本性を示し、全ての国家機関が従うべき最高の規
範であることを宣言している。憲法九九条は、右を受けて国家機関を直接担う公務員
に対し、憲法を尊重し擁護すべき義務を課したものである。

 広く行政機関の一部である収用委員会は、憲法に拘束され、また、各収用委員には、
憲法を尊重し擁護すべき義務がある。使用裁決申請が違憲であると判断する場合は、
これを却下できるし、しなければならない。

 6 収用委員会の特別な役割からみた憲法尊重擁護義務

(一) そもそも一般の公務員にあっても、違法な職務命令については、法令が職務
命令に優越すべきこと、民主的公務員制度においては公務員の法主体性を確立すべき
こと、職務命令の違法を争う制度がなく、服従を拒否する以外に対抗手段がないこと
等から、これを拒否できるのであり、少なくとも職務命令の違法が重大かつ明白な場
合は、自己の判断でこれを拒否できる。従って、右の範囲では、一般の公務員も違法
性の判断権を有していると解されている。

(二) これに対し、収用委員会は独立行政委員会であって、すべての国家機関、特
定の政治集団や利益集団からの影響を受けることなく独立してその職務を行うとされ
ている(土地収用法五一条一項)。そのために特に収用委員の身分保障も認められて
いる(同五五条)。

 上司からの職務命令に従う義務を負った一般の公務員(国家公務員法九八条一項、
地方公務員法三二条)ですら、違法な職務命令を拒否することが可能であり、適法性
審査権を有しているのであるから、ましてや、独立性を保障され職務命令に従うべき
義務を有しない収用委員会や収用委員には、一般の公務員以上に、憲法適合性の審査
権が認められると考えられる。

 7 地方自治体の長の憲法適合性判断権限からみた収用委員会の判断権限

(一) また、地方公共団体の長には、機関委任事務について、これを拒否しうる権
限が認められている。即ち、機関委任事務に関し、主任の大臣が地方公共団体の長に
対し、職務命令を発した場合であっても、地方公共団体の長はその職務執行命令に当
然服さなくともよいことを前提に、職務執行命令訴訟を提起し、それに勝訴すること
を要求しているのである。(地方自治法一五条の二)

 憲法は、民主的国家構造の一環として、国家とともに、国民生活の福祉向上に奉仕
するため国民主権から発する公権力を国から独立して各地域において自己の責任の下
に行使する制度として地方自治を保障した(九二条)ものであり、右職務執行命令訴
訟制度は地方自治の本旨に由来するものである。

(二) 最高裁判所も、砂川職務執行命令訴訟判決(昭和三三年七月三一日)におい
て、「国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団体の長に対する
指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の行政機構の内部におけ
る指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その本来の自主独立性を害し、ひ
いては地方自治の本旨にもとる結果となるおそれがある。そこで、地方公共団体の長
本来の地位の自主独立性の尊重と、国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監
督の実効性の確保との間に調和をはかる必要があり、地方自治法一四六条は、右調和
を図るためのいわゆる職務執行命令訴訟の制度を採用している。

 今回の沖縄県職務執行命令訴訟についての最高裁大法廷判決(平成八年八月二八日)
も、右砂川最高裁判決を踏襲した上で、「都道府県知事の行うべき事務の根拠法令が
仮に憲法に反するものである場合を想定してみると、都道府県知事が、右法令の合憲
性を審査し、これが違憲であることを理由に当該事務の執行を拒否することは、行政
組織上は原則として許されないが、他面、都道府県知事に当該事務の執行を命ずる職
務執行命令は、法令上の根拠を欠き違法ということが出来るのである。そうであれば、
都道府県知事が当該事務を執行する義務を負うからといって、当該事務の執行を命じ
ることが直ちに適法となるわけではないから、職務執行命令の適法性の審査とは都道
府県知事が法令上当該国の事務を執行する義務を負うか否かの審査を意味すると解し
た上、裁判所も都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査することは許さ
れないとした原審の判断は相当ではない。」とした。

 右の範囲において、地方公共団体の長には憲法適合性の判断を含む適法性判断の権
限が認められたこととなり、違法と信ずる場合はこれを拒否することができ、職務執
行命令訴訟において主務大臣の職務命令の適法性を、司法権が判断することとなった
ものである。

(三) ところで、土地収用法五一条は、「この法律に基づく権限を行うため、都道
府県知事の所轄の下に、収用委員会を設置する」と定める。これは、土地の収用等が
地域住民の生活、人権、福祉に深く関わることから、地方公共団体の長の所轄とし、
そのもと収用委員会に裁決権限を与えたものである。

 しかも、各地の収用委員は、住民から直接選挙によって負託を受け、住民の命と暮
らしを守る責務を有する地方公共団体の長によって任命される(土地収用法五二条二
項)。そして、任命された以上は、右知事からも独立して、憲法と法に則り、公正な
判断をなすことが義務づけられている。

 地方公共団体の長には、前記の憲法適合性の判断を含む適法性の審査権限が認めら
れるのであって、収用委員会には、地方自治体の長同様、あるいは、それ以上の憲法
適合性を含む適法性審査権が認められる。

 8 結論

 よって、収用委員会は、本件裁決申請の根拠法令が違憲であるか否か、あるいは、
裁決申請の基である使用認定に違憲事由があるか否かを審理判断する権限があり、違
憲であると判断したときは、却下の裁決をなす権限と責務を有している。それこそが
憲法九九条の要請する、憲法尊重擁護義務の発現である。


ヤ 前項] [ユ 目次] [次項 モ] 


出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック