『湾岸報道に偽りあり』(7)

第一部:CIAプロパガンダを見破る

電網木村書店 Web無料公開 2000.9.9

第一章:一年未満で解明・黒い水鳥の疑惑 3

八〇%のイラク石油設備を空爆で破壊した「戦果」

 油関係の爆撃は、タンカーだけではない。これもまた、たった一段の小さな記事だが、意外な事実は常に、このようなベタ記事の陰に隠されている

 毎日新聞(91・1・30)「イラク石油精製能力の8割破壊、英軍司令官」[カイロ30日共同]「サウジアラビア東部からの報道によると、湾岸派遣英軍のデラビエール司令官は二十九日、多国籍軍はこれまでにイラクの石油精製能力の七五~八〇%を破壊したと述べた」

 これをジャパン・タイムズで確かめると、もっと詳しい[ロイター=共同]電が載っており、この攻撃の目的が当局の口からはっきりと語られていた

「同盟軍の軍事報道官は、この(攻撃の)目的が、飛行機と車両のための燃料を奪うことによって、イラクの戦闘体制を弱めることにある、と語った」

 もちろん、いわずもがなの目的であるが、その効果を朝日新聞(91・1・24)は、これまた小さなベタ記事で伝えている

「ガソリン販売停止、イラク」[RP=東京]「二十三日のBBC放送によると、イラク当局はバグダッド・ラジオを通じて、同日から全国のガソリン・スタンドでガソリンおよび燃料の販売を『追って通知があるまで』停止すると発表した。イラク石油省は『ガソリンおよび燃料の一般市民および政府施設に対する販売をシステム化するため』と説明している」

 後半の当局説明は、やはり大本営発表風のカムフラージュである。イラクは軍用のガソリンを確保する必要に迫られているのだ。その後にイラク入りした西側マスコミの報道によると、バグダッド市内ではガソリンのヤミ値が百倍に上昇していたという

 すでに同盟軍側でも、燃料を確保するために、なんと、世界第二の石油産出国サウジアラビアが石油製品のジェット燃料を逆輸入するという、有史以来初めての異常事態が発生している

 石油は、近代戦争においては、最も重要な軍需物資である

 かつて、対米開戦に消極的だった大日本帝国海軍が突然開戦に賛成し、口だけで強がっていた陸軍上層部をあわてさせたというお粗末な裏話の原因も、まさにこの石油にあった。アメリカ側の石油禁輸によって、海軍は、南進しなければ肝腎かなめの船が動かず、その存立基盤が失われる、という緊急事態に追い込まれていたのである。このことはまた、アメリカが油を使った戦争挑発の経験豊かな国だということも示している。アメリカ最大の財閥ロックフェラーも石油成金である

 それなのに、なぜ、この最重要軍需物資破壊の「大戦果」が「多国籍軍」とやらの隠れもなきリーダー、アメリカのブッシュ大統領、同じく石油成金の口から、誇らかにテレビ発表されなかったのであろうか

 理由は、最早いうまでもないだろう

 今度の戦争では最初から、油田地帯の爆撃による環境破壊の危険が、各方面から指摘されていた。それを押し切って開戦を急いだアメリカは、いまさら引くに引けない立場だ。環境破壊を先に行なう悪者にはなりたくない。しかし、軍事的には爆撃でイラクの戦力を弱めなければ、地上戦闘にも入れない。この矛盾の解決が、一方では「戦果」のひた隠し、他方では謀略宣伝の選択となったのである。 とにもかくにも民主主義を売り物にするアメリカは、ヴェトナム後遺症の国民を戦争に駆り立てるために、ありとあらゆる手段を尽くさなくてはならなかった。「相手は気違いの独裁者」「クリーンで、すぐに終わるハイテク戦争」「戦死者はごく少数」「決してヴェトナム化はしない」……こういう公約でブッシュの指揮棒は振り下ろされた

 報道規制を最初から打ちだしたのも、計算の上の戦略である

 ブッシュ政権はまず、足下のアメリカ国民をだまさなければ、戦争を開始できなかった。日本のマスコミも政府も、そのついでにだまされたのである。

基本認識の誤りが、すべての誤認の原因

 戦争に謀略宣伝はつきものである。それを早目に見破るには、基本的な現状認識と情勢分析の訓練が必要不可欠である。

 ここでは単に、サダムあなどり難し、と指摘するにとどめる。相手を精神異常者扱いする前提に立てば、すべての状況分析に誤りが生ずる。

 すでに紹介した証拠資料の中には、私が事前に目にしていたものもあり、事後に調べ直したものもある。だが、肝腎なことは、私が当初から米軍発表に強い疑いを抱いたということである。

 その理由は、大きく分けて三つある。

 第一は基本的な考え方であり、私が最初から、さかのぼれば昨年八月二日にイラクがクウェイトに侵攻する以前から、アメリカ側の動きに疑惑を抱いていたからである。要約すると、アメリカとイスラエルがイラクの軍事大国化に危惧を抱いて、挑発の機会をうかがっていた、という疑いである。

 第二の理由は、すでに紹介した材料で説明できるが、その際、イラクは二十八ヵ国からなる同盟軍の攻撃を予測し、必死の焦土作戦を覚悟し、あらゆる手立てをつくして防御線を敷いていたのだ、という基本認識が必要である。

 そうだとすれば、「同盟軍が海から上陸しようとする場合には石油を積んだ船に火を放つ準備をしている」(前出)と報じられた応戦準備――日本でいえば、楠正茂が千早城で油に火を放った防御作戦の備えを――なぜあわてて流出する必要があったのか。まるで自ら裸になるような真似ではないか。マスコミの説明では、後から取ってつけたように浄水装置の云々となったが、自分たちの命がかかっているときに、そんなに悠長な、当てにならない遠回りの作戦を選ぶわけがない。犯罪でいえば、動機なき殺人のようなもので、とうてい正常な神経の持主の行動ではない。

 ところが、アメリカ軍の側には、油を流出させる動機が十二分にあった。今現在、この文章を執筆中にも艦砲射撃で上陸作戦の前段攻撃を続けているが、海兵隊の上陸の際に油に火を放たれては大変困るのである。だから、事前に爆撃して流出させるのは、作戦上当然の措置なのだ。問題は環境汚染の罪を負うことだけなので、それはイラクのせいにする。これまた、当然の帰結である。

 第三の理由は、これまた、日本の大手マスコミの体質を如実に示す典型的ミスリードの一つでもある。

 マスコミは一斉に「環境テロ」「ペルシャン・ブルーを汚す」「前代未聞」「人類史上初めて」と騒ぎ立てた。ところが、ペルシャ湾が大量の原油で汚染されたのは、今回が初めてではない。しかもそれが、イラクの政治的軍事的発想に、大いに関わる事態だったのである。

 自衛隊で「第13師団副師団長、幹部学校(旧陸大)副校長等を歴任……陸将補で退任」(著者紹介)した鳥井順の、六五二ページにも及ぶ大著『イラン・イラク戦争』から必要な部分だけを抜き出してみよう。

「……イランのノールーズ海底油田は、……八三年二月のイラクの航空攻撃により、水面上に突出した採掘リグ(油井:掘削・採油用プラットホーム)六ヵ所が完全に破壊され……多量の石油がペルシャ湾北部に流出した。……日産二、〇〇〇~七、〇〇〇バーレルといわれる流出した石油は、ノールーズ油田からホルムズ海峡まで長さ約六〇〇キロ、幅三〇キロの帯状になって広がった。……ホイメニ政権は、湾のオイル汚染により大きな経済的損失を受けたと世界に訴えた。一方、海の環境汚染に責任を感じた加害国イラクは、湾岸友好諸国に対する悪影響を取り除こうと務めたが、交戦中のことであるから打つ手がなかった。従って、これら諸国の石油汚染に対する怒りが、じ後のイラクの油井攻撃に対する姿勢を変えさせることになった。……ノールーズ油田のオイル流出が止まったのは翌八四年のことで、……残りの一本だけは暫く流出を続けていたといわれる」

 このノールーズの流出にふれていたのは、私が確認したかぎりでは、アエラ(91・2・12)とニューズウィーク日本版(91・2・14)だけだった。だが、その両者ともに、「じ後のイラクの油井攻撃に対する姿勢を変えさせることになった」という政治的軍事的意義にはふれていなかった。この経験を持つイラクが、あえて環境テロに訴えるということは、とうてい考えられないのである。

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 こう書いてから半年が経った。

 すでに盛夏。カミナリの季節。事件は意外な進展を見せた。その間の私の気持ちもふくめて記した「再検証」が、次のような『創』(91・10)の記事である。

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「衛星写真が明らかにした『情報操作』/暴かれた湾岸戦争“水鳥”映像の疑惑」

「本誌四月号で筆者が提示した『油まみれの水鳥』映像をめぐる疑惑について、この八月、テレビ朝日『ザ・スクープ』が気象衛星ノアの映像解析を基に、真相を追及する番組を放映した。その内容を踏まえて、再びこの問題を検証してみたい」


(『創』1991.10「衛星写真が明らかにした『情報操作』/暴かれた湾岸戦争“水鳥”映像の疑惑」)
(8) ペルシャ湾にフタは不可能。第三の星の宇宙映像記録出現