戦後秘史伏せられ続けた日本帝国軍の中国「阿片戦略」詳報

勅令「阿片謀略」
その2:「抹殺」「カット」「偽りの映像」

 この「阿片戦略」については、数こそ少ないが、これを主題とした著書が何冊か出ている。関係書にも若干の記述がある。

 それなら「抹殺」とはいえないのではないか、という反論もあるだろう。

 しかし、いまの日本は、極度に大衆社会化が進み、支配層から一方的に流される情報が氾濫している。教科書と新聞、テレビ、大手の雑誌・週刊誌が取上げなければ、それは社会的な「抹殺」といって差支えない。

「阿片戦略」は、この典型である。

 筆者がいま、友人知人に是非一読をと勧めている本は、『日中アヘン戦争』(岩波新書、1988年)である。最近入手された当時の「極秘」当局文書による画期的な真相解明の研究の、普及版である。

 著者の江口圭一は愛知大教授で、日本近現代史を専門としている。この新書版の前に出た大労作『資料/日中戦争期阿片政策』(岩波書店、1985年)の編著者でもある。

 著者は教科書の執筆もする。そこには「文部省の検定」が待ち構えている。そして、以下のような簡単な「脚注」を高校用の『日本史』教科書に書き加えるまでに、4回もの書き直しをさせられたというのである。

「日本軍は中国戦線で化学兵器(毒ガス)を使用したこともあった。またハルビンなどに細菌部隊を配置したり、内蒙古などでアヘンを生産し、中国占領地へ販売したりした」

 著者はこう続けている。

「意をつくさない表現であるが、高校用日本史教科書(現行は19~20種ある)で、日中戦争下のアヘン政策に触れたのはこれが最初である」[注2]

 この教科書、『日本史/三訂版』(実教出版)が文部省の検定を通ったのは、つい昨年の一九八八年のことである。戦後43年、そして東京裁判41周年の年、そしてなによりも、天皇の戦争責任が改めて問われ始めたプレXデイ騒ぎの最中である。

 だが、マスコミの天皇Xデイ報道で「阿片戦略」に触れたものは、完全にゼロであった。商業マスコミだけではない。天皇批判で論陣を張る『赤旗』は、さきのXデイ報道に関して、「偽りの映像」と題する手厳しいテレビ批判を載せている。しかし、『赤旗』の戦争責任追及にさえ、阿片戦略は出てこない。

 プレXデイ期間中には映画『ラストエンペラー』の日本上映版のカット問題も起きた。

 日本上映版の試写会で、国際映画祭で写っていた「南京大虐殺」「生体実験」「阿片工場」の三シーンのカットが判明し、騒ぎになった。「南京大虐殺」の一部映像だけは復活したが、本物にあった映像説明のナレーションは省かれたままである。この際、「阿片工場」のカットは話題にもならなかった。

日本の「毒化政策」反対の国民運動

 イギリスとの阿片戦争以来1世紀、中国では、国民政府が孫文の「禁煙遺訓」を守って、計画的に阿片吸飲の悪習を断切る努力を続け、かなりの成功を収めていたという。政府の方針以前に、これは、心ある中国人すべてにとっての世紀の悲願だったのである。

 日本が支配の手を伸ばす東北部(満州)でも1929年に、「日本の『毒化政策」に反対」する「拒毒聯合会」が「林則徐のアヘン禁止90周年を記念して」結成されている。『満州近現代史』(現代企画室)。

 会員は、「日本の『浪人』がスイス・ドイツから運んできた時価百万相当の麻薬を……さがしだし、……各国領事の参加を招請、その場で麻薬を焼いて『毒化政策』を暴露」(同前)するなど、「反日愛国運動」を展開していた。

 ここ10年程で、筆者が新しく知り始めたことは、かって北京で日本人の大人たちが囁いていたことと、すべて真反対であった。

 もう一度、現地を訪れたい。その上で納得のいくルポルタージュをものにしたい。それが筆者の思いである。しかし、ここ10年、事情が許さなかった。

 だが、天皇Xデイのテレビ報道について2、3の論評を書き、戦争責任に関する議論の有様を垣間見るにつけ、どうにも我慢がならなくなってきた。このまま今年の8月15日を迎えて良いものだろうか、と痛切に思う。そこで、マスコミ関係の友人知人に会う毎にこの話をし、取上げろと進めてみるのだが、まず、予備知識のある者が完全にゼロという状態である。日暮れて道遠しの感である。

 最早、拙速でもいいから、ことの重要性を訴えたい。微力ながらも、主要な文献の紹介ぐらいの努力はしなければ、という思いに駆られている。とりあえずは資料紹介、書評もしくはダイジェスト版、または、未着手のルポルタージュの序章として、お読み戴きたい。

 注2:1998年現在、未だに、この「唯一」の状況は変わっていない。


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