日本も無縁ではない。侵略国家の近未来像====
米国社会にのしかかるイラク戦争長期化と侵略国家の“暗い未来”
−−全米に傷痍軍人が溢れかえり、そのケアのための施設と予算が膨張。戦争遺族への補償による財政圧迫。
−−国家予算の軍事・兵器生産最優先、教育・福祉・雇用・民政予算切り捨て。
−−戦争最優先と自然災害対策無策、黒人の棄民政策。移民規制と人種差別主義・排外主義強化。
−−市民への盗聴・スパイ網強化と警察国家化、米特務機関による「テロ容疑者」の逮捕・拘束・収容所への強制移送・拷問。等々。



はじめに−−ビルメス=スティグリッツ研究によって明らかにされた戦争長期化のトータルコスト120〜200兆円の衝撃。

(1)イラク戦争の長期化は米国社会を近未来にいかなる事態に陥れるのか。
 私たちがここで紹介するのは、ハーバード大学のリンダ・ビルメス教授とコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が昨年12月に発表した研究論文「イラク戦争の経済コスト」の概要とその意義についてである。彼らはこの論文の中で、イラク戦争のコストとして、直接的な部隊派兵費用にとどまらず、米兵戦死者の遺族への支払いや、傷痍軍人への手当てなどをトータルに計算し、イラク戦争が長期化すれば、約1兆200億ドル(120兆円)〜1兆8000億ドル(200兆円)もの巨額の負担がアメリカ社会にのしかかることを明らかにした。これは実にアメリカの国防予算の5年分にも上り、日本の国家予算をはるかに上回る額である。イラク戦争の長期化に対する危機感を、財政的・経済的コストの面から強い警鐘を鳴らしたのである。
※The Economic Cost of the Iraq War
http://www2.gsb.columbia.edu/faculty/jstiglitz/
http://www2.gsb.columbia.edu/faculty/jstiglitz/download/2006_Cost_of_War_in_Iraq_NBER.pdf

 ノーベル経済学賞を受賞した元世界銀行副総裁と財政問題のエキスパートの2人による共著は、アメリカ社会に大きな反響を巻き起こした。そして何よりも、戦争の旗を振ってきたネオコン連中の一部からさえ、「イラク戦争は誤りであった」という声が出始めた。戦争長期化のリスクとそのコストのあまりの大きさの前にたじろぎ始めたのである。
※Iraq War Could Cost US Over $2 Trillion, says Nobel Prize-Winning Economist
http://www.commondreams.org/headlines06/0107-03.htm
※At Last, the Warmongers are Prepared to Face the Facts and Admit They Were Wrong (independent)http://news.independent.co.uk/world/americas/article350104.ece
※NeoCon allies desert Bush over Iraq (independent) http://news.independent.co.uk/world/americas/article350092.ece

 しかし、この論文の本当の意義は、イラク戦争の財政的・経済的コストを明らかにしただけではない。深刻な障害と後遺症、脳損傷や精神疾患、劣化ウラン被害など、負傷帰還兵の割合が異常に高い現在の戦争=イラク戦争の特徴を明らかにするとともに、そのようなブッシュの「対テロ戦争」の長期化がアメリカ社会を近未来にいかなる事態に陥れるのかを明示している点にある。全米に傷痍軍人が溢れかえり、そのケアのための施設と予算が膨れあがる、国家財政が兵器生産に回され、教育や福祉・民政予算が削られる、そして戦争遺族への補償が財政を圧迫する・・・等々。すでに昨年9月ルイジアナ州・ニューオーリンズで起こったハリケーン・カトリーナの甚大な被害は、戦争を最優先し国内の自然災害対策を軽視し怠ったブッシュの政策そのものの結果である。それは、米国社会の未来図を早くも見せつけた。そして、イラク3周年では、手足をもぎ取られ、あるいは脳と精神に深刻な障害を負った多くの帰還兵たちの姿が注目を集めたのであった。
※The Forgotten Wounded of Iraq http://www.truthdig.com/dig/item/forgotten_wounded_20060117/
 

(2)驚くべき爆発的高揚を示した「移民規制法」反対の大衆行動、ヒスパニックの権利獲得闘争と反戦運動。
 ブッシュのイラク戦争の長期化は、すでにアメリカ社会の国内矛盾を先鋭化し特に黒人層や低所得者層、被差別階層に矛盾をしわ寄せし、人々の不満を爆発させる局面に入ろうとしている。イラク戦争が4年目に入り、私たちはますますこのことを確信できるようになった。それを端的に表したのが、イラク戦争開戦3周年の行動の広がりと、そのわずか一週間後に行われたロサンゼルスでの移民法反対の大行動である。
 イラク戦争3周年の行動では、ANSWERやUFPJなど反戦センターが全米各地で様々な規模、形態の抗議行動を組織した。UFPJの報告では全米50州・600カ所、ANSWERの報告では600カ所でイラク反戦行動が行われた。
※The March 18 Antiwar Actions Were a Great Success!(ANSWER)http://answer.pephost.org/site/News2?abbr=MAR_&page=NewsArticle&id=7561
※600+ Actions Mark 3rd Anniversary of Iraq War(UFPJ)http://www.unitedforpeace.org/article.php?id=3215

"Los Angeles Independent Media Center"より
http://la.indymedia.org/

 そして3月25日には、昨年12月に下院を通過した「移民規制法」に反対する大行動が、空前の100万人を集めてデモンストレーションを成功させたのである。この結集は1万5000人程度の集会を想定していた主催者らの度肝を抜いた。3周年行動を全米で闘った反戦センターのANSWERは、この行動へも最大限の動員をかけた。その理由として彼らは、アメリカのグローバリゼーションが周辺国の経済発展の可能性を強奪し、米国内への移民を余儀なくされていると、ブッシュの自由経済拡大政策を糾弾している。
※「カリフォルニアの歴史上、最大規模のデモ ロサンゼルスで移民の権利のために100万人以上が抗議」(ピースニュース)http://www.jca.apc.org/~p-news/houhuku/over1million_protest_la.htm
※「全ての移民に直ちに完全な権利を!」(ピースニュース)http://www.jca.apc.org/~p-news/houhuku/amnesty060408.htm


 4月10日には、さらに大規模な抗議行動が全米100箇所で350万人もの人々を結集して闘われた。この行動は、ANSWERだけでなく、もう一つの反戦センターUFPJも注目し、参加を呼びかけた。
※全米350万人デモ、移民制度改悪に反対(朝日新聞)http://mytown.asahi.com/usa/news.php?k_id=49000000604110012
※April 10, 2006: As Many as 2 Million Converge on US cities for National Day of Action for Immigrant Justice http://indymedia.us/en/2006/04/15506.shtml
http://www.cccaction.org/cccaction/april10_index.html
http://unitedforpeace.org/article.php?type=74&list=type

 焦点となっている法案は、米国経済を支えているヒスパニック系の人々の不法就労を差別・排除し、犯罪者として扱う人種差別的・排外主義的な法律である。すでに米とメキシコ国境には、実に1100キロにもわたって高さ3〜5メートルのフェンスが延々と建設され、パレスチナの分離壁さながらの様相を呈している。デモの参加者たちは、「我々はテロリストではない」などと叫び抗議した。特にカリフォルニア州、ネバダ州、テキサス州などヒスパニック系の居住者が多い地域では今年に入って抗議行動が頻発し、25日の大行動ののちにも高校生が授業をボイコットし、雨の目抜き通りでデモを敢行するという激しい抵抗闘争が繰り広げられている。


(3)この3年間で大きく変貌してきた米国のイラク反戦運動。反戦運動と様々な諸課題との結合。
 米国におけるイラク反戦運動はこの3年間で大きく変貌してきた。イラク戦争1周年は戦争の大義が問題となった。「大量破壊兵器の保有」のウソが明らかになり、反戦運動は戦争の根拠を問うた。2周年は戦争の長期化によってますます生み出されてくる戦死者家族と兵士家族、負傷兵、イラク帰還兵が米軍撤退運動の前面に出る大きな契機となった。それらはイラク戦争と直接的に結びついていた。
 そして、イラク戦争3周年の今年は、ハリケーン・カトリーナ被害と黒人の棄民政策、教育・福祉の切り捨て、雇用の切り捨て、国内に張り巡らされた盗聴網と警察国家化、移民規制と排外主義強化、全世界での米特務機関による「テロ容疑者」の逮捕・拘束・収容所への強制移送・拷問、イラク戦費の増大と深刻な財政赤字等々、ブッシュによる「対テロ戦争」とイラク戦争の長期化がもたらす社会のひずみと負の作用全体が耐え難いものになろうとしていることを人々に意識させ、行動へと駆り立てているのである。

 ブッシュ大統領は30%台に支持率を急落させ、求心力を失っている。さらにスキャンダルはブッシュ自身を直撃する局面に入った。ブッシュ大統領自身が、イラクに大量破壊兵器があるという国家機密文書「国家情報評価」の内容を、記者にリークすることをチェイニー副大統領を通じてリビー大統領補佐官に許可したというのである。また、2003年5月、ブッシュは、「生物化学兵器の移動実験室」がでっち上げだと知りながら、それ以降も大量破壊兵器保有の根拠として宣伝していたことが明らかになった。さらには、「イラク戦争は実は石油略奪のための戦争であった」、「ザルカウィの脅威はブッシュ政権が作り出した神話だ」等々、ブッシュへの支持が揺らぎ国内矛盾が先鋭化するにつれ、「内幕」の暴露が噴出している。
※Secret US plans for Iraq's oil http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/newsnight/4354269.stm

※Military Plays Up Role of Zarqawi http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/09/AR2006040900890.html

 しかし、このような中でブッシュ大統領は、3周年に当たっての記者会見で、自らの任期中には米軍をイラクから撤退させないことを言明し、長期駐留を確認するなど強硬姿勢を変えていない。「出口戦略」もなく、米兵の犠牲が2300人を超え、イラク新政権の見通しさえ立たない状況のなかで、少なくとも2009年まではイラクからの撤退はしない−−このようなブッシュの表明がいかなる意味を持つのか。ブッシュはアメリカと世界をどこまで泥沼に引き込んでいこうとしているのか、人々の間に大きな危機感が生まれているのである。
イラク政策の「泥沼」化はますます進行している。米ライス国務長官とストロー英外相が政権構想押しつけのためにイラクを電撃訪問したことに対して、シーア派の中からも大きな反発が生まれ、イラク傀儡政権づくりは完全に行き詰まることになった。3月26日のシーア派モスクへの米の襲撃事件によって、シーア派と米軍との軋轢はますます高まっている。

 
(4)膨れ上がるイラク戦費負担と米国内の荒廃。
 イラク戦争・占領の泥沼化は、戦費負担の面からも明らかである。例えば毎月のイラク戦費負担を見てみよう。開戦当初44億ドル/月であったのが、2005年末には約68億ドルにも上っている。これらにさらにアフガニスタンの負担が加わる。国防総省からは、近い将来には98億ドル/月(アフガニスタンを含む)となることが懸念されている。
 また、2006会計年度(05年10月〜06年9月)の財政赤字は4230億ドルにも膨れ上がり、過去最大に達しようとしているが、ブッシュが今年2月に提出した2007会計年度の予算教書では、さらに国防予算を約5%増の4393億ドルと突出させている。軍事費と国土安全保障費に多額の予算をつぎ込み、医療・福祉・教育等々を大幅にカットしている。イラク戦争の経済的負担が米国の財政、経済に重くのしかかっていることに気がつきながらも、議会の共和党、民主党は、この問題を公然と提起し、追及する構えを見せていない。「イラクからの撤退」、「対テロ戦争」に反対する政治的立場を貫くことができない両党には、そのようなエネルギーすらない。
 ビルメス教授とスティグリッツ教授の論文は、まさにイラク戦争が「石油」を目的として、迫りくる財政負担を省みることなく開始され、イラク占領支配が泥沼化するとともに、その負担額もどんどん膨れ上がり、アメリカ経済と社会をむしばもうとしていることを学術的に明らかにした。そしてその過程はすでに始まっているのである。

 私たちは、ビルメス、スティグリッツ両氏の研究論文を読んで、その財政・経済の面からのトータルな評価に圧倒されながらも、次の点では大きな違和感を持たずにはいられなかった。それは、イラクへの文字通りの帝国主義的侵略戦争に対する批判の欠如、そこからくるイラクの犠牲者に関する全くの無関心、イラクの犠牲者への補償の関心の欠落、人民の殺戮とインフラ・社会基盤の破壊に対する国家賠償の関心の欠落、でっち上げの戦争によって主権国家を崩壊させたブッシュ政権の戦争犯罪に対する断罪の関心の欠落である。イラクとイラク人民に対する国家賠償の関心の欠落は、イラク戦争の本質を覆い隠し、イラク戦争を米国人にとって「災厄」か何かのように思いこませる危険性を持っている。そして、この側面を考慮しない「イラク戦争のコスト」は根本的な欠陥を持つ極めて一面的なものである。これらアメリカが応じるべき国家賠償の額を計算に入れた場合、コストはどれくらいに膨れ上がるのか。想像を超える莫大な額にのぼるはずだ。

 もちろん私たちは、彼らとは立場を根本的に異にする。スティグリッツ教授は、クリントン政権時代の1997年に、あのIMFとともにグローバリゼーションの中心的機関となった世銀の副総裁に就任しながら、IMFや世銀の市場化政策とグローバリズムに対して距離を置く立場に立ち、わずか3年足らずで辞任するという経歴を持っている。彼は民主党に近い支配エリートであり、彼の警告は、まさに支配層の側からの、イラク戦争に決着を付けられないまま沈みゆくアメリカ帝国主義の没落と衰退に対する危機感なのである。私たちはそのようなものとして彼らの論文を捉えなければならない。


(5)日本も無縁ではない。「戦争国家」「警察国家」の“暗い近未来像”。
 私たちが、彼らの論文から引き出さねばならないもう一つの結論は、日本も無縁ではないと言うことである。小泉政権は、先に沖縄辺野古のヘリ新基地建設を強引に押し付け、行き詰まっている米軍再編と日米軍事一体化に新たな突破口を開いた。沖縄だけではなく日本列島全体を、米軍のグローバルな軍事介入の最大の海外拠点にすべく根本的に再編しようとごり押しし始めている。自衛隊のイラク派兵についても、米国の意向を受けて再び延期し、ズルズルとイラクへの居座りを長期化させようとしている。そして遂に、憲法と教育基本法の改悪を成し遂げ、日本をいつでも米軍とともに海外に侵略したり軍事介入したりする「戦争国家」に変えようとしているのである。刑法の改悪、共謀罪の新設、言論の弾圧と表現の自由の圧殺、様々な治安弾圧体制の強化等々、国内の警察国家化についても、米国に追随し始めている。

 つまり、以下に見る米国社会の“暗い近未来像”は、まさしく5年、10年遅れで米国社会を追いかけている小泉とその政府与党の面々、「構造改革」論者、財界のトップなど、日本の支配者が“理想”として目指す日本の近未来の姿なのである。今年に入って、国会でもメディアでも騒がれ始めた「格差社会論争」は、そのほんの入り口である。

2006年4月20日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局





[1]すでに浪費されたイラク戦費2510億ドル。アフガンを加えれば3750億ドル。膨れ上がる戦費が国家財政を圧迫する。

(1)当初の予算を大きく上回るイラク戦費。開戦以来の戦費総計は2510億ドル。アフガンを加えれば3750億ドル。
 議会によって公表された、2005年12月30日までのイラク戦争関連の「今日までの支出」の総額は2510億ドルに達する。
※イラク戦費調達のための2002年4月、2003年11月、2004年8月の緊急補正予算、2006会計年度の第6週までをカバーする2005年9月の予算継続決議からなる。この資金は、戦闘行動、部隊派遣、州兵と予備役の派遣、食糧と補給、イラク軍の訓練、武器・弾薬・戦闘手当への支出、再建費用、ヨルダン・パキスタン・トルコの各国への支払いによって構成されている。またこの期間にイラクで戦死した2156人の兵士遺族への“死亡退職金”と生命保険の支払額の50億ドルが含まれている。この中には、国防総省がイラク侵攻計画立案に要した25億ドルは含まれていない。

 これにアフガニスタン戦争に要した費用と駐留費を加えれば、これまでの支出は総額で3750億ドルにものぼる。
※3750億ドルの内、3260億ドルが国防総省向けに支出され、残りの310億ドルが国外支援と大使館活動に支出された。イラク向けの2510億ドルの内、2260億ドルが国防総省、250億ドルが対外活動費として支出された。アフガニスタン向けの760億ドル内、国防総省に700億ドル、対外活動関係に60億ドルが支出された。
 この中には、@新兵募集(リクルート)コストの上昇(リクルータを増大させている)、A兵士への負担金増、新兵登録時の4万ドルのボーナス、再入隊した兵士への15万ドル以上の特別ボーナスとその他の恩恵、B戦争関連の金利負担、これらが含まれている。
 米議会予算局(CBO)は会計年度2006〜2010年にかけてイラクとアフガニスタンから段階的に部隊を撤退させるとして、戦争負担のトータルが約5700億ドルにのぼると見ている。



 イラク戦争開戦当初、戦費の問題は非常に楽観視されていた。開戦前、リンゼー元大統領経済諮問委員会委員長は、戦争のコストを2000億ドルと見積もった。これに反論する形でダニエル元行政管理予算局(OMB)局長、ラムズフェルド国防長官は、戦争のコストを500〜600億ドルと見積もった。
 しかし、このような見積もりは、開戦から3年が経過した現在、まったくの過小評価であることが明らかになっている。ラムズフェルドの見積もりなどは、現実に支出した額のわずか5分の1、単純に計算すれば何と8ヶ月分にすぎない。戦費試算においてもブッシュ政権はでっち上げていたのである。
*ビルメス博士とスティグリッツ博士は、研究論文『イラク戦争の経済的コスト』の中で、開戦の大義のでっち上げと先制攻撃を厳しく批判し、次のように語っている。
 「・・・・事実はまったく異なる展開となった。大量破壊兵器もなかった。イラクとの繋がりもなかった。先制攻撃、予防攻撃を開始する危急の状況もなかった。議会は、軍事行動、再建、大使館負担、米軍基地の安全強化、イラク・アフガニスタンへの国外援助等々への支出として、今後おおよそ3750億ドルに達すると評価している。この2005年11月までのトータルとして、イラクにおける軍事行動(2510億ドル)、アフガニスタン関連(820億ドル)、国外活動(大使館警備など240億ドル)。」(研究論文)


(2)膨れ上がる一方の毎月のイラク戦費。米国の国家財政の著しい圧迫。
 イラクの占領支配は今なお継続している。そして現在、その負担額は縮小するどころか急速な拡大傾向を示しているのである。すでに述べたように、開戦当初の月ごとの戦費は、40億ドル/月であったのが、2005年度後半には68億ドル/月となり、国防総省は近い将来その金額が98億ドル/月(アフガニスタン経費も含む)に上ると評価している。もはや、一ヶ月で1兆円を越える戦費がイラク占領支配に消え去ることを、戦争を推し進めてきた連中の誰もが否定しなくなっている。これらの出費は、兵器、航空機、車両、無線、予備部品の更新、修理などに消えていくだろうというのだ。当然のこと、その負担は将来にわたって継続することになる。

 イラク占領支配の泥沼化をベトナム戦争と対比する論調がますます増えてきている。事実、戦争経費の面から見れば、イラク戦争の経費負担はベトナム戦争を凌駕しているのである(下記のベトナム戦争関連の数値は、現在の通貨価値に換算されている)。後で展開するように、スティグリッツ教授らは、将来の負担要因−−増大する新兵募集費用、戦争障害者への支払い、負傷した退役軍人へのヘルスケア、またその他のマクロ経済へ及ぼす影響、これらを勘案することによって、「確信を持って1兆ドルを超えると言える」としている。

−−戦費総計 ベトナム戦争 6000億ドル   イラク戦争 1兆ドル超
−−月毎戦費 ベトナム戦争 51億ドル/月  イラク戦争 68億ドル/月(2005年)


 この1兆ドルという数字は、非常に衝撃的である。米国防総省の年間予算のおおよそ2倍にも相当する。2006会計年度の財政赤字額のおおよそ2倍に相当する。この金額が米国内の民生関連に使われたとするならば、米国の4600万人のヘルスケア、354万人の教員給与、2709万人の育児支援が実現することになる。この巨額の「イラク戦争の経済コスト」は、好況を維持する現在ではまだはっきりとした形では表面化していない。しかし、わずかでも景気が減速したり後退したりした時、米国の財政と経済の諸矛盾を一挙に暴きだすことになるだろう。また米国内の人民大衆を犠牲にした戦争政策は、国内の政治的社会的諸矛盾を一挙に高めることになるであろう。
※ベトナム戦争の数値は『The Iraq Quagmire』http://www.ips-dc.org/iraq/quagmireから





 表3に示したように、ブッシュ政権が発足した2001年以降、「テロとの戦争」政策が軍事費を異常に拡大し、それが米国の財政を悪化させている。さすがに9・11の余韻が米社会に色濃く残り、「対テロ戦争」がすべての優先事項になりえた2002会計年度や2003会計年度のような巨大な増額ではないにしても、深刻な財政赤字が問題にされはじめた2004年以降も200億円を超える増額が毎年なされている。すでに述べたように、2007年の予算教書においても国防省予算は聖域化され4393億ドルの要求額となっている。
※表4からも明らかなように、ブッシュが大統領に就任してからの2002会計年度から財政は劇的に赤字に転換した。ブッシュ政権下での財政赤字急拡大の要因は、@ITバブル崩壊による2000年からの経済減速による税収減、Aそれに対処するための大幅な減税、B「対テロ戦争」を口実にした軍事費の急膨張である。しかしイラク戦争が長期化し、その出費が拡大し続けるとともにBが決定的な意味を持ち始めている。
[2006年度予算教書の分析]ブッシュの軍事予算:真の実態、急膨張構造、財政赤字急増の主因、社会的諸矛盾(署名事務局)



 イラク戦費の大半は補正予算によって賄われている。この補正予算は、国防総省の年度予算と別枠で組まれる戦争遂行のための予算である。2005会計年度では総額1044億ドル、2006会計年度においてもそれ以上の規模の補正予算が戦争関連の支出として消えていく。補正予算では、カトリーナ対策などを除けば、圧倒的にイラク戦争の支出が占めており、イラク関連戦費の財政コストは年間1000億ドルを大きく超え、毎年の財政赤字額の約4000億ドルの半分弱を占めることになる。非常にラフなスケッチではあるが、イラク戦争が米国の財政赤字拡大の大きな要因となりつつあることが分かる。もちろん、カトリーナ被害が戦争最優先策のツケであることは繰り返すまでもない。


(3)通常の国防予算に隠されたイラク戦費。
 さらに共著者は論文の中で、支出された軍事関連予算(国防総省関連予算)の中に隠されているイラク関連の負担を取り上げている。論文では、イラク戦争が始まる前の2002会計年度の国防総省の歳出3100億ドル(表3では3425億ドル:CRS報告書より。ただし核関連費用を含んでいる)から2005会計年度の4200億ドルへと急拡大している事実を踏まえ、その期間における累積増大額3250億ドルの30%がイラク関連として支出されたと評価している。このイラク戦争と関連した軍事予算増大の中身は、研究開発、新兵募集、軍事行動とメンテナンス、装備の更新等で構成されているとしている。
 共著者がこの問題を取り扱う中で強調している点は、この30%といった割合すらも過小評価であり、実際は増大した国防支出の半分程度になるのではないかということである。慎重に評価を行う姿勢から、あえて「控えめな試算」,「中程度の試算」ともに、国防支出の増大分の中の3分の1から、もはや存在しない「飛行禁止区域の警備活動費」(110億〜150億ドル)の節約分を差し引いた部分をイラク関連の支出として試算している。
 特に「極端に早まる装備の更新」と「新兵募集のコスト上昇」は、通常の国防予算と見なされ、イラク戦費とは計上されない隠れたイラク戦費である。

A.極端に早まる装備の更新
 米国防総省によると、戦争のない時期と比較して4〜5倍の早さで装備が更新されているという。さらに、CBO(米議会予算局)は今後5〜10年にわたって約1000億ドルもの更新費用が必要と試算している。そして、そのための予算のほとんどは、いまだに要求されていない。GAO(米会計検査院)は、修理、更新、調達のための資金不足に言及している。またGAOは、緊急補正予算と通常の場合に要する資金の間の複雑なやり取りに言及している。

B.新兵募集のコスト上昇
 2005年の陸軍の新兵募集は、目標数を下回った。目標を達成するために、目標数を下げたにもかかわらずである。陸軍州兵、陸軍予備役、海兵隊も同様であった。ウエスト・ポイントと海軍ナショナル・アカデミーの志願者数は、前年よりも10〜25%減った。
 軍は、新兵勧誘要員を増大させ、あの手この手で若者をイラク戦争につぎ込もうとしている。入隊のサインをした者たちへの4万ドルものボーナス支給、退役や負傷時の給付金の拡大、“死亡功労金”の10万ドルへの引き上げ、退役した兵士の再登録時15万ドルの支給等々。さらには、入隊制限年齢を35歳から42歳へと引き上げた。
 一人当たりのリクルートに要した費用は、2003年の1万4500ドルから2005年には1万7500ドルに上昇した。特別手当は300ドル/月から750ドル/月に跳ね上がった。このような状況が永続的に続くならば、予算のベースに少なくとも10億ドル/年〜20億ドル/年の追加的支出が必要となる。
 しかし、イラクから送り返される、星条旗で包まれたおびただしい棺の映像や、深刻な障害を負った帰還兵たちの姿は、このような勧誘活動の強化や予算措置にも関わらず、多くの若者を軍から遠ざけている。


(4)米軍の過剰展開とローテーション危機。
 米軍の過剰展開(いわゆるオーバーストレッチ)の問題も新しい局面に入っている。イラクに展開する米兵を10万人に削減する方針は、直接的にはローテーション危機の結果である。
 ベトナム戦争時は徴兵制が存在し、若者たちが戦場に送り込まれた。しかし現在は、形式上「志願制」であり、限られた兵力によって必要な戦力を充足することが前提となる。9・11以降、延べ100万人の米兵がイラクとアフガニスタンに派兵された。その3分の1に当たる34万1000人が、すでに2〜3回目のローテンションを経験している。またこれまでに指摘してきたように、部隊の35%が州兵や予備役でまかなわれている。

 さらに現場では、派兵された兵士に任務の延長を強制できる「兵役除隊を禁じる措置」(stop-loss order)によって、去り行く兵士を何とか戦場に貼り付けている。2005年5月の段階のデータでは、1万4082人もが部隊に留まることを余儀なくされた。帰還すべき兵員を足止めし、イラク駐留を引き延ばすことによって、ローテーション危機を何とか乗り切っている現状がある。

 しかも政府調査によると、長期の職場離脱によって半数の州兵が以前の職を失ったことが報告されている。このような不安定な環境下に長期間おかれ、兵士の士気が維持できるはずなどない。実際に、召集を逃れるために、隣国に「政治亡命」する兵士も相次いでいる。
 兵士の供給=新兵の入隊も危機的状況にある。とりわけ陸軍が最も深刻な状況にある。2005年度における陸軍新兵募集は目標に対して、現役兵は−11%、予備役は−20%、州兵は−23%であった。それでも不足する兵力を、2万人を越える傭兵によってまかなっている。米軍とりわけ陸軍の兵力、士気を維持することが困難になっている現状が、今後の数年間継続することになる。
※志願制に「」をつけたのは、形式上現在の米軍が志願制の上に成立しているが、実際は「貧困層にとっての徴兵制」と言われるように、就職機会を奪われた貧困層、マイノリティーの存在の上に成立しているからである。ここにも、反戦平和運動・イラクからの米軍撤退要求運動と人種差別反対闘争が結合する基礎がある。



[2]将来のイラク戦費は少なくとも1兆260億ドル、トータルに計算すれば1兆8540億ドルにのぼる。

(1)ビルメス=スティグリッツ研究の最重要ポイント−−従来の「イラク戦争の経済的負担」の著しい過小評価。様々な間接的な経済的・社会的負担の欠落。
 ビルメス教授とスティグリッツ教授は、戦争のコストを評価することは非常に難しいと語った上で、メディアが盛んに取り上げる戦闘部隊の維持費や基地建設費用などの直接的な部隊行動費用だけでなく、派兵された兵士の死亡補償金、負傷兵の治療費負担、部隊の解体費用などもトータルに「イラク戦争の経済的負担」に含まれるべきであるとして、その長期に渡るコストを計算している。その中身は8項目の多岐にわたる。これらは、経済的、社会的負担として当然のものである。
@今日までの支出
A将来の部隊行動関連支出
B復員軍人局の医療支出
C脳障害復員軍人の介護
D復員軍人の障害保健手当
E動員解除に要する費用
F国防支出費の一般増加
G国債利払い



(2)イラク駐留をめぐる2つのシナリオ。
 さらに、研究論文は、これらの費用はイラク戦争の今後の展開の仕方によって大きく左右されるとして、2つのシナリオを想定する。すなわち、
@2010年までに撤退を終了するという「控えめな試算」
A米軍は、兵力を縮小する一方、イラク駐留を2015年まで続けるという「中程度の試算」



 研究論文では、これらの費用と合わせて金利負担、そしてドサクサ紛れに拡大され続ける国防予算の一部も、イラク戦争の財政負担として評価し定量化されている。ここまで全面的にイラク戦争の財政負担を評価した例は、これまでにはなかった。さらに、石油価格の高騰等のマクロ経済に及ぼすイラク戦争の影響の評価も行い、それらも「米国経済への負担」としてカウントしている。


(3)イラク戦争の財政的、経済的コストの全面的な研究。
 研究論文では、「イラク戦争の経済的コスト」を、米財政への影響と米経済への影響の2つに分類している。すなわち「米国政府の財政的コスト」(Budgetary Cost to the US Government)と「米経済への戦争コスト」(Costs of the War to the US Economy)である。先述の「確信を持って1兆ドルを超えている」との試算は、この両方の合算である。まずは、試算の全体を概観しよう。

A.将来の「部隊行動費用」に関連した試算−−2000億ドル〜2710億ドル。これまでの負担と合わせたトータルコストは4510億ドル〜5220億ドル。
 ここでは、(2)で述べた二つのオプションに応じて、軍事行動=「部隊行動費用」に限ったコスト計算がなされている。これは、米国政府のカウント方式でもある。
 @2020年までの撤退シナリオでは、追加コストは2000億ドルで、これまでのイラク戦争の負担と合わせたトータルコストは4510億ドルになる。
 A2015年まで駐留の長期化シナリオでは、追加コストは2710億ドルで、これまでの負担と合わせたトータルコストは5220億ドルになる。ここでは、米兵の削減を民間軍事請負会社の増強でまかなうという想定を採用している。

※CBOによる予測では、2006年の部隊数は13万6千人である。CBOの試算の基礎として、2015年までのイラクへの部隊駐留を想定している。論文における「控えめな試算」では、2010年までに全部隊が撤収するものとしている。しかしながら、この評価は過小評価である。なぜならば、ペンタゴンは撤退する部隊数を補充する形で民間軍事会社から兵士を雇い入れるからである。当然、これもコストに計上されなければならないだろう。「中程度の試算」では、2015年まで少数の部隊が駐留を続け、部隊数削減とともに民間軍事会社からの雇い入れを増大させるとしている。その際の米軍兵士の犠牲者数は、派遣される部隊数に応じて増大するとしている。


B.軍人復員局の財政負担、部隊解体費、利払いなどを加えた試算−−トータルコストは7500億ドル〜1兆1840億ドル 
 さらに論文は、ここで、これら2つのオプションに対応して、「直接的な戦費」(作戦行動、部隊維持のための経費負担)以外の財政的負担として、復員軍人局(VA)の追加医療支出、脳障害復員軍人の介護、復員軍人の傷害保険手当、動員解除に要する費用、国防支出一般の増加、国債利払いなどを追加する。論文をさらに興味深くさせているのが、この側面の分析にある。この側面の定量的評価が難しく、まとまった形で数値として評価されたものがなかったのである。これらの諸経費を加えた場合、政府予算の負担が見込まれるイラク戦費の財政的コストの総額は、以下のようになる。

@「控えめな試算」では7500億ドル
A「中程度の試算」では1兆1840億ドル


*「部隊解隊への支出」、「負債への利払い」の試算(研究論文から)
○「部隊解隊への支出」
 ペンタゴンの計画では、2006年中において16万人から14万人に削減されることになっているが、研究論文の想定はCBOの予測にしたがって段階的に削減が進むものとしている。その内容は、60〜100億ドルに相当する部隊の移動、解隊のための基地への帰還、予備役の場合では市民の役割を果たすための追加的支出が勘定される。
○「負債への利払い」
 戦争が開始されて以来の米国の財政は赤字であり、増税策もとられなかった。戦争によって増大した必要歳出額は、負債によってまかなわれることになる。「控えめな試算」では、これら調達された資金が4%の金利で借りられ、5年間で支払いが終了するとした。「中程度の試算」では、国の今後20年間にわたって赤字負担となり、金利支払いは長期にわたって継続するとしている。


C.石油価格高騰、雇用問題、再投資活動の制約などをあわせた試算−−トータルコストは1兆260億ドル〜1兆8540億ドル
 さらに研究論文では、予備役軍人、戦没者、負傷生存者の経済コストの負担、戦争勃発に起因する原油価格高騰の経済コスト、イラク戦争関連支出のほとんどは国内消費にまわらないという「乗数効果の損失」等によるマクロ経済のイラク戦争のコストを試算した。その中で最大の項目は原油価格の高騰によるマクロ経済への影響であり、そのコストは「控えめな試算」では1870億ドル、「中程度の試算」では6000億ドルとしている。このマクロ経済への影響は、想定するシナリオによって大きく変わる。また、今後の予測については、国際的な経済環境の変化によって一変することもあり、試算はたしかに難しい。しかし、石油価格の高騰がイラク戦争と不可分に結びついていることは明らかである。
 以上から、上記A〜Cの要因を考慮した場合のイラク戦争による米国の財政と経済全体に及ぼす総負担額は以下である。
@「控えめな試算」:1兆260億ドル
A「中程度の試算」:1兆8540億ドル



※「控えめな試算」では、原油価格高騰分1870億ドルに加えて、先に算出した政府予算のコスト7500億ドルを8390億ドルへ調整している。その結果、「控えめな試算」では、財政コスト7500億ドル+(修正分+890億ドル)+マクロ経済へのコスト1870億ドル、合計1兆260億ドルとなる。「中程度の試算」では、原油価格高騰分3000億ドル分に加えて、政府予算のコスト1兆1840億ドルを1兆1040億ドルへ調整し、その他のマクロ経済への影響を加えている。その結果、「中程度の試算」では、財政コスト1兆1840億ドル+(修正分−800億ドル)+マクロ経済へのコスト7500億ドル、合計1兆8540億ドルとなる。



[3]米軍兵士の犠牲と財政コスト−−死亡補償金、負傷兵の医療費コストは1000億ドルを越える!?

(1)社会にのしかかる帰還兵たちのケア費用。
 研究論文の取り上げる「今日までの支出」と「部隊行動関連支出」以外の項目の詳細は、その数値的評価(すなわち負担額)の算出根拠のみならず、内容そのものが非常に興味深い。なぜならば、その内容は、紛れもなく、来る近い将来の米国社会への警鐘−−ベトナム戦争症候群に苦しんだかつての姿−−を含んでいるからである。
 ここでは、研究論文の中で展開されている、復員軍人局の医療支出、脳障害復員軍人の介護、復員軍人の障害保険手当、についてエッセンスを紹介する形で取り上げていきたい。本来これらの項目については、復員軍人局(VA)の収支帳の中に埋もれてその概要が現れてこない。しかしながら研究論文においてあえて別項目で取りあげられ、強調されている理由として、生存者が生きながらえる長期間にわたって財政コストをともなうといった、戦争のツケを先送りにしているブッシュ政権の象徴的な問題だからである。

 私たちは「シリーズ米軍の危機」の中で度々、従軍兵士の社会復帰の困難、大量に生まれるPTSDと精神疾患、社会不順応、薬物汚染・アルコール中毒の蔓延、妻・子供への暴力と家族崩壊、自殺と犯罪、職場復帰の困難、失業とホームレス化、所得減と生活苦、劣化ウランなどによる慢性疾患、等々の問題を取り上げてきた。
 また別のシリーズにおいては、拡大する米軍死者とその数と比較して異常な高率となっている負傷者数の問題、またイラク戦争の泥沼化をうけてますます困難を極める勧誘の最前線におけるリクルート難と負担増の問題を取り上げてきた。
 また、私たちはこれまで、統計上浮かび上がってくるイラク戦費の問題以外にも、ベトナム戦争を想起させるようなイラク帰還兵をめぐる様々な問題を取り上げ、それが米国社会に深刻な影響を引き起こすことに注目してきた。
※署名事務局の以下のシリーズなどを参照 「シリーズ米軍危機:その3 イラク帰還兵とイラク症候群
※「イラク戦争劣化ウラン情報 No.16
※「The War Is Bad for the Economy」http://serve.special.de/cashe/international/spiegel/0,1518,druck-409710,00.htm
 4月5日のスティグリッツ博士の『シュピーゲル紙』(独)とのインタビュー記事において、次のようなやりとりがある。
シュピーゲル紙  「どのようにして戦争のコストを試算しましたか?」
スティグリッツ博士 「公式な数値は、巨大なアイスバーグ(氷山)の一角に過ぎない。例えば、戦争のコストの一つの事例としては、兵士の深刻な負傷の問題がある。彼らは、負傷を負った。しかし、莫大な支出によって彼は生存することになる。」
シュピーゲル紙 「その問題は、あなたの試算において非常に重要なのでしょうか?」
スティグリッツ博士 「とても重要です。ブッシュ政権は、負傷した莫大な数に上る退役軍人の存在を隠しています。その数は1万7千人にものぼり、その中の20%近くは深刻な脳損傷、あるいは頭部の損傷を負っています。5000億ドルにものぼる、彼らの生存期間中の補償と医療費用が無視されている。将来的にそれらが、税金で賄われるにもかかわらずです。そしてブッシュ政権は、退役軍人、残された未亡人、子息を、軽んじています。」


(2)復員軍人への復員軍人局(VA、Veterans affair)の追加的医療支出。
 「復員軍人への復員軍人局の追加的医療支出」については、「控えめなシナリオ」では、2010年までに全部隊が撤退し、20年間にわたってVA局の復員軍人への医療負担が続くものとして算出されている。「中程度のシナリオ」では、2015年まで駐留し、40年間にわたってその負担が続くものとして算出されている。これまで別枠であった州兵に対する医療負担もVA局に含まれることになった事情もあり、この項目は拡大している。表1から分かるように、復員軍人へのVA局の追加的支出額見積もりは巨額である。「控えめなシナリオ」に基づいても400億ドル、「中程度のシナリオ」に基づくと750億ドルもの負担となる。

 以前の戦争における死者と負傷者の割合が、1対3あるいはせいぜい1対5であったのが、防護装備の向上と緊急医療技術の進歩、戦闘の形態として装甲車両に乗り込んだ兵士が攻撃されているといった諸々の事情によって、イラク戦争では1対8〜16となった。
 また負傷の形態も従来の戦争と異なっている。これまでの戦争では、胸部や腹部への縦断や破片による負傷が多かったのに対して、爆弾の爆発からくる手足の複数切断の発生率が異常に高い。そのため負傷した兵士は、社会復帰に多大な困難を余儀なくされる。また肉体的な負傷にとどまらず、極限の戦場における精神的なストレスに耐えられず退役後も苦しむ人々も多い。2005年初頭の段階におけるVAの調査では、帰還兵の5%に深刻なPTSD(心的外傷後ストレス)が確認されカウンセリングを受けている。この発表すらも過小評価されたものに違いない。VA局の予算が想定よりも大幅に拡大していることに象徴されているように、この面におけるコストは、研究論文の見積もりよりもさらに拡大する可能性が高い。
*「2005年までに、1万6千人もの兵士が負傷した(2003年3月以降)。その中の96%が、戦闘が終結したと公式に宣言されてから負傷した。防護服の改善は、脳損傷、脊髄損傷、手足の切断などの重傷を負いながらも兵士の生存を可能とした。ペンタゴンとその他の情報源によれば、負傷者の20%に相当する部分が、頭部あるいは脊髄に重い傷を負っており、さらに6%が手足を失った。その中には、失明、失聴、半盲目、部分難聴、神経損傷、火傷が含まれる。さらに、イラクに従軍した55万人の兵士が、緊張を強いられる劣悪な環境の中において2〜3回のローテーションを経験している。約2万人もの兵士が“ストップ・ロス”政策によって部隊から離れることができなくている。イラクから帰還後の3〜4ヶ月の間において、米軍部隊の30%に精神的問題が見られることを、陸軍軍医が2005年7月に報告している。今日までにおいて、帰還兵の1/3以上が健康疾患のためにVAシステムを利用している。」(研究論文)
*「イラク帰還兵に対するさらに加わるVAによる医療ケアとその他の便宜(リハビリ、再訓練、補助具の購入・調整・交換、カウンセリング、しかし障害、家、教育、ローンに対する支払いは除かれる)への評価が問題となる。治療のためのコストが最も問題となる。VAは、昨年度において、2万3553人の帰還兵が医療ケアを申請したとみている。しかし、2005年6月には、VAはその数が10万3千人になると修正した。VAは、これまで対象外だった9万人の州兵に対するケアを実施する責任も負っている。VAは議会に対して、FY2005年における15億ドルの資金を求めた。2006年には、VA局は、26億ドルの資金不足に直面すると見られている。これらすべてのヘルスケアへの追加的支出が直接的にイラク戦争と結びつくわけではないが、要求された医療ケアを提供しないことは難しいであろう。帰還兵が米国に戻るにしたがい、この支出は継続し、さらに拡大するであろう。VAはさらなる支出を迫られることになるであろう。」(研究論文)


(3)脳損傷に対する医療処置。
 負傷者の中に脳損傷(brain injury)が多くみられることについては、以前から指摘されていた。兵士の体は重厚な防護服によって守られているが、頭部への爆弾の衝撃を回避することはできない。そのために、負傷した兵士の中の広範な部分に顕著な脳損傷の症状が確認されている。論文では、負傷した兵士の20%に脳損傷が見られると評価している。
 兵士復員軍人の「脳損傷」に対する医療処置に関する負担は、VA局の管轄である。しかしその負担が他の負傷形態よりも巨額であることから、論文では別項目として取り扱われている。「脳損傷に対する医療処置」についての評価として、「控えめな試算」では、今後さらに脳損傷に苦しむ退役軍人数が拡大するものとして、このグループの生存率を20年、年間270万ドルの負担、総計が140億ドルとしている。しかし共著者は、「この総額は日常生活の世話を必要とする脳を負傷した各人に対しては低すぎる」と見ている。「中程度の試算」では、年間400万ドルの負担として、さらに長いその後の人生を想定することで総計が350億ドルとしている。脳損傷といった一症例に対して今後350億ドルもの財政支出が想定されるとは、その巨額さに驚かされる。しかし想起されなければならないのは、多くの負傷兵の今後数十年にわたって続く苦しみである。
*「これまでの計算をはるかに超える医療関連の支出項目がある。それは脳損傷。イラクで負傷した20%に当たる3213人が頭部、脳に損傷を受けた。彼らが生存する期間、60万ドルから500万ドルものケアのための支出が必要となる。」(研究論文)


(4)退役軍人への負傷手当。
 イラク戦争に従軍した退役軍人は、障害手当て、給付金を受け取る資格がある。この手当として、VAの煩雑な審査を受け、最大で4万4000ドル/年を受け取ることができる。受給資格として、「従軍による負傷に対する障害手当てによって日常生活の質の低下を保証」(負傷手当の建前)、「所得の平均的不足を補償するもの」(給付金の建前)と想定されている。しかし、退役兵が熱心に就職先を求めることは前提にされており、受給手続きは非常に煩雑である。
 研究論文では「退役軍人への負傷手当」の評価において、湾岸戦争を参考に将来の支払額を算出している。ハートゥング氏による2004年の報告では、湾岸戦争において米国政府は、16万9000件に対して、一件あたり1万1834ドル、総計で20億ドルを支払っている。湾岸戦争における請求総数は20万件を超えており、従軍兵士総数の3分の1に相当する。しかし、たった4週間の戦闘で、148人の死者と467人の負傷者しか出していない戦争で、これ程の多くの兵士が「負傷手当」を申請しているのである。この理由として研究論文では、劣化ウラン弾の問題に言及している。


(5)健康被害の中で、あまりにも大きな劣化ウランの影響。
 これまで私たちは、劣化ウラン弾によるイラク人、米軍兵士への影響を、イラク戦争反対の重要な最重要の課題の一つとして取り上げてきた。UMRC(ウラニウム医療研究センター)は、米軍当局は否定しているが、米軍兵士の体内に劣化ウランを検出している。劣化ウラン弾による湾岸症候群が、イラク戦争で再発していることは間違いない。研究論文では、イラク戦争において湾岸戦争以上に劣化ウラン弾が使用された事実を踏まえ、湾岸戦争を凌ぐ割合で健康被害を訴える従軍兵士が出てくることを想定している。「控えめな試算」では、従軍兵士の3分の1に給付金が与えられ、この支払いが20年間継続するとして、総計を370億ドルと想定している。「中程度の試算」では、退役兵の残された人生分の支払いを想定し、総計を1200億ドルとしている。劣化ウラン弾に苦しめられる従軍兵士の数はあまりにも多い。米軍は劣化ウラン弾を使用したことによって、これほどのツケを支払わされることになるのである。
*「その多くが、湾岸戦争中従軍中における劣化ウラン弾によるもの。また記憶喪失、睡眠障害、ルーゲーリック病、集中力の欠如、統合失調なども含まれる。議会は、「湾岸戦争における神経症ガスや毒物と見られるものへの暴露とペルシャ湾における生物兵器戦争」と関連した健康障害を、「従軍と関連の前提」を確立している。」(研究論文)
*「湾岸戦争よりもバグダッド空爆の方に多く劣化ウラン弾が使用されている。それに曝露した結果として、より多くの健康被害者が出るであろう。健康疾患を訴えて、帰還兵の中の1/3がVAの健康システムを利用している。その中の重度の健康被害を受けた者たちは最大の障害給付金を受けるであろう。中程度の健康被害を受けた者たちは、その半分程度(2万2千ドル)を受け取るであろう。従軍部隊の1/3が、湾岸戦争退役軍人に与えられた平均的な給付金(1万1834ドル)を受け取ることであろう。この合計は、23億ドルにもなる。控えめなシナリオでは、この支払いが20年間継続するものとしている。中程度のシナリオでは、退役軍人の残りの人生の間(2045年まで)支払い続けるとしている。」(研究論文)



[4]イラク戦争はアメリカ帝国主義の新しい衰退の“序曲”となるだろう。

(1)破壊されたイラク経済とイラク人民の犠牲の「コスト」は想像を絶する大きさ。
 以上において米国経済へのイラク戦争によるコストを問題にしたてきたが、決して忘れてはならない問題は、冒頭で述べたようにイラクとイラク人民の犠牲のコストである。イラク人民の犠牲者は、米軍兵士と比較にならないくらいに多い。「イラク・ボディ・カウント」の最新の評価でさえ、約3万4000人を超える人命が、米軍の侵略戦争で命を失われこと明らかにしている。これとは別に2004年10月に医学誌「ランセット」が明らかにしたイラク全土における犠牲者の推定値10万人を元にした現実に近い推計値はもっと驚くべき数字であり、開戦から現在までで60万人もの人々がイラク戦争で犠牲になったとの報告も出されている。

 米軍を中軸にした侵略軍=多国籍軍により殺され負傷させられたイラク民衆の犠牲者や治療費のコストの試算については、全く関心が持たれていない。カウントするどころか殺しっぱなし、負傷させっぱなしなのである。あたかも彼らの命など、取るに足らない虫けらであるかのようである。しかしながらイラク人民にとっては、非常に大きな民族的・国家的損失である。研究論文の中でビルメス博士とスティグリッツ博士は、劣化ウラン弾によって多くの米軍兵士が苦しんでいること、その治療に要するコスト負担が巨額に上るであろうことを指摘した。しかしイラク人民は、劣化ウランに汚染された大地で日々生活しているのである。何百万人にも上るイラク人民がその影響を受けることになる。放射線に敏感な子供たちにその影響が集中していると思われる。彼らの犠牲に対するコスト試算などできるわけがない。米国のすべての国富を持ってしてもできない!いや、そもそも「コスト」で天秤に掛けられるような問題ではないのだ。

 イラク経済の損失も大きい。戦争による直接的な破壊と崩壊だけではない。国家そのものの崩壊によって圧倒的な位置を占めてきた国有セクターが崩壊し、産業全体が機能麻痺に陥り、未だに国家再建の道筋も見えない。失業率は60%、70%に上っており、労働者は街頭に叩き出され生活できなくなった。イラクの石油を押さえた米占領軍は、その収入をイラク人民と経済再建事業に使うのではなく、ハリバートンやベクテルをはじめとする米系多国籍独占企業にくれてやり、本来のインフラ基盤である水道、排水設備、道路等の復興にはほとんど回っていないのだ。こうした産業崩壊、労働力破壊のコストはいったいどのくらい膨大なものになるのか。想像も付かない。
ブッシュ政権:腐敗とスキャンダル、イラク占領支配の最後的行き詰まりと末期症状(署名事務局)

 
(2)イラク侵略で石油支配と軍事覇権を得ようとしたアメリカ帝国主義の没落と衰退への新たな“序曲”。
 さらに米国が永き将来にわたって支払い続けることになる、決して計算することができない「コスト」がある。いわば「政治的コスト」である。イラク戦争のような無法な戦争が、皮肉にもアメリカ自身の孤立、アメリカへの憎悪となって跳ね返る「コスト」である。イラクにおけるスンニ派の武装抵抗闘争の台頭、シーア派の台頭とイラクへの接近、イラク人民大衆全体の反米・反帝傾向の増大、パレスチナ人民の反米・反イスラエル傾向の増大と強硬派ハマスの圧勝、イラクに留まらずイランをはじめ中東全体の不安定化と反米・反帝傾向の増大、全世界の反米・反戦平和運動とこうしたイラク、パレスチナ人民との連帯、ベネズエラのチャベスを筆頭とする中南米の「左傾化」、全世界で前進する反米・反グローバリズム・反ネオリベラリズム運動など、国際政治の表舞台で新しい潮流が生まれている。これら全体の政治的地殻変動が、アメリカの「一極支配」を掘り崩し始めているのである。

 ブッシュ政権は、9・11を利用してアフガニスタンに侵略し、その勝利の余勢をかって今度はイラクに侵略した。兼ねてからの石油支配と中東支配、それを通じた世界の軍事覇権の確立がその狙い目であった。ブッシュは政権内の新旧の「ネオコン」などと共謀して、21世紀の現在に、まるで20世紀の初頭の植民地主義的帝国主義支配を復活させようと夢想したのである。しかし、調子に乗ったブッシュは、結局は、イラク人民の犠牲をものともしない勇敢な反米・反占領闘争によって躓き、占領の泥沼化を余儀なくされた。そして結局は、アメリカに対する「ブローバック」として自らに跳ね返り、クリントン政権時代に再生・復活を遂げたアメリカ帝国主義とドル帝国は、再び危機にはまり込もうとしている。このままイラク戦争の泥沼化から抜け出すことができなければ、間違いなくアメリカの「一極支配」は没落と衰退の道を転げ落ちてゆくであろう。もうすでに、その入り口に入っていると言っても過言ではない。
 ブッシュが大統領に在任した8年間は、全世界を戦争に巻き込みながらも、米国の覇権後退と没落を早めた時期として、後世の歴史家は振り返るであろう。