2000年9月分
| 9.1.(金) | ロフトプラスワン9.2.(土)「希代の国際怪物・康芳夫」ヴィデオ準備完了! |
| 9.4(月) | ロフトプラスワン9.2.「希代の国際怪物」康芳夫主役の司会・企画は大成功。 |
| 9.16.(土) | 言霊の国ならずとも祭事トリックの騙しのキーワード「民主主義」 |
| 9.23.(土) | わがユーゴ特集を見た写真家から嬉しいメールで「リンク大歓迎」の返事 |
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わがユーゴ特集を見た写真家から嬉しいメールで「リンク大歓迎」の返事
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一昨日、下記転載のメールが届いた。早速、申し入れられたリンク歓迎の返事と同時に、わがホームページに匿名でも良いから転載させて貰えないかと問い合わせたところ、本日、実名で結構との返事がきた。実は、同時期に、いきなり、自分も水泳が趣味だが私のガス室問題の記事を見て失望などという変てこメールもきたので、またぞろ、インターネットお宅に嫌気が差していたのだが、これで、十分に釣り合った勘定である。人生、楽あれば苦あり。苦あれば楽あり。以下、転載。
Web雑誌『憎まれ愚痴』編集長
木村愛二 様突然のお便りをお許しください。
いつも国際戦略コラムで、木村さんの文章を拝読している者です。
検見崎と申します。写真撮影を仕事としているものです。たまたま今回、木村さんのHPの方を拝見させていただき、その中のユーゴ問題に関する部分を興味深く拝読いたしました。
私も、コソボの「民族浄化」なるもの、またNATOの空爆について、疑問を感じていました。
それというのも、たまたまセルビア人の女性が書いている日記のホームページに出会い、それに触発され、ベオグラード市民としての彼女の「戦争日記」なるものを昨年6月より、自分のホームページに邦訳掲載しております。
http://home.att.ne.jp/yellow/mkenken1102/Yugoslavia/seekatarina belgrade.htmその縁あって、今年NATOの空爆一周年の3月24日にベオグラードを訪れ、彼女をはじめ、レスキュー隊の人や、ジャーナリスト、小説家、駅員さんなど、20人ほどの市民に会い、インタビューをして帰ってきました。
その際に感じた事は、悪魔とは程遠いセルビアの市民の顔、彼らの理性、NATOの空爆の根拠に対する疑問、コソボとユーゴの関して、巷間報道され信じられているこ to
は、どうも真実とは違うのではないか、という漠然とした感じでした。じぶんでも極力資料集めをやり、報道にも目を通すようにしていますが、今回木村さんのサイトを拝見して、とくに河合洋一郎さんのルポを読んで、いろいろな事が繋がった感じがしました。
ベオグラードのカタリーナという女性の「戦争日記」は、先の8月13日にNHKさんが報道特集で、『空爆の下の対話』という番組にして放送になりました。
ご覧になられたかもしれませんね。
これは、NHKの取材チームが、ベオグラードに彼女を取材して制作されたものででし
た。
NHKにしては、はじめてセルビア人の側に入って作られた番組だったのですが、私の目には、悪魔のセルビア人のなかにも、心を痛め必死に対話をしようとしているこころやさしき人間がいる、という先入観以外からの何物でもないように映りました。彼女の痛烈なアメリカ批判、アメリカをリーダーにした新しい秩序への異議、グローバリズムとバルカンの地域性に引き裂かれている自国セルビアへの共鳴と反発、日記の中のそういった部への及言がなかったのが残念でした。
ユーゴはこの9月24日が大統領選挙だそうで、ベオグラードにいるセルビア人の友人からのメールによれば、ミロシェビッチ側の工作による圧勝と言われているそうですが、モンテネグロの問題で、内戦になるかもしれない、と心配していました。
私は、10月20日過ぎに、ベオグラードを再訪する予定です。
ということで、これといって私の方で木村さんのお役に立てるような事は、なにひとつ無いんですが、とりあえず、これからも一読者として、応援しております、
というメールでした。
なんだかとりとめの無い内容で、申し訳ありません。おっといけない、肝心のことを申し上げるのを忘れるところでした。
私のホームページ
http://home.att.ne.jp/yellow/mkenken1102/
に木村さんのページへのリンクを貼ってもよろしいでしょうか?
お忙しいかとは存じますが、どうぞご検討ください。それでは、失礼いたします。
検見崎 拝
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言霊の国ならずとも祭事トリックの騙しのキーワード「民主主義」
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別途掲載中の「武蔵野市不祥隠し事件独自捜査」シリーズでも、市議会と「民主主義」に関する問題が続出している。この捜査シリーズを含む「仰天!武蔵野市『民主主義』周遊記」の最新記事では、「民主主義」の1変種としてのオンブズマン運動への批判を記した。できれば、そちらも見て頂きたいが、これと並行して、政治改革問題を論ずるとの主旨のメーリングリストにも、誘われまま参加し、いささか波紋を投げ掛けた。まさに八方破れのインターネット剣法、武者修行中である。
教室「民主主義」優等生が教員で優等生増殖の恐怖に対抗
私に直接メールを寄越して、上記「政治改革」メーリングリストに参加を呼び掛けてきた主宰者は、「政治学」専攻の教員と称している。いわゆるオンブズマン運動のOmbusmanjapanメーリングリストにも同名で同文メールを投げているから、おそらく、そちらの方で私の存在を知って呼び掛けてきたのであろう。インターネットの世界では、相手が本物かどうか確かめることは不可能に近いから、適当に相手になって様子を見るしかない。これまでのメールの内容で診断すれば、この「政治学」専攻の教員は、民主主義について、教科書通りの教条主義的理解、実は誤解の固まりの優等生のようである。
メーリングリストと称する井戸端会議には、これまでにもいくつか参加してみたが、ほとんどが、昔は女子供と言ったが、それは遠慮するとして、子供の遊び程度で、まるで物の役に立たない。しかし、1%ぐらいは私のホームページに誘い込めるかもしれないので、適当に付き合ってみて、面倒になれば、さっさと通り抜けてきた。それ故か否か、最近は特に宣伝しなくてもヒット数が1日40を下らず、100突破に迫っている。道場破りならぬメーリングリスト破りなどと陰口を叩かれているかもしれないが、優等生増殖の恐怖に怯える常識人よ、わがホームページにきたれ! 呵々。元の元のフランス語のParlementは「諸侯会議」
その「政治改革」メーリングリストでも、「民主主義」に関する青臭い議論が展開され始めたので、私は、このところ痛感することの多い武蔵野市議会の実態とも合わせて、この際、長年の懸案に取り掛かろうかと思い立った。
私の結論、または否応なしの立証の目標を先に言うと、天皇制のトリックが崩壊した敗戦後の日本で、いとも恭々しく学ばされたアメリカ式「民主主義」なるものも、その本質は、ブルジョワ独裁の隠れ蓑、ゼニゲバ祭事トリックの騙しのキーワードに他ならないということである。
言葉だけではなくて実態として存在する「物」は「議会」であるが、日本の「議会」の手本の英語、Parliamentは、フランス語のParlementの田舎訛りであり、語源はparler(話す)、parlor(客間)である。王家の客間でペチャクチャしゃべるのが、事始めである。手元の安物仏和辞書でも、Parlementの冒頭の訳語は、「[史]諸侯会議」となっている。何のことはない。「並び大名」の熟語は現在も使われているが、日本でも徳川幕府時代には、江戸城の大広間で「諸侯会議」が開かれていたのである。最新の研究によると、平安朝後期には「陣定め(じんさだめ)と呼ばれる公卿会議をはじめ、かなり合理的なシステムが敷かれておたことがわかってきている」(『日本経済新聞』2000.9.16.「文化」欄)ようである。物理的存在としての議会は、それらの[史]の範囲を超えていない。
次は中身の検討だが、封建時代の「諸侯」が宮廷貴族となる経過が、近世の中央集権確立の歴史として語られている。封建諸侯出身の宮廷貴族に、金権ブルジョワ貴族が加わり、労働貴族が加わった。イギリスでは労働党の幹部が「サー」(sir.騎士爵、準男爵)になるのは日常風景である。労働党出身のトニー・ブレア首相が、アメリカのユーゴ侵略に悪乗りし、地上戦を煽ったのは、つい昨年の夏のことだった。やってることは中世の十字軍による東方侵略と何ら変わらない。それなのに、「民主主義を守るために戦う」と叫べば、結構、通用してしまうのが現代なのである。ミイラ取りがミイラになる「ブルジョワ独裁の外被」
上記のやうな私の表現は、いささか露骨に述べたに過ぎないのであって、今や日本共産党のシンデレラ・プリンス上がりの党首、フワフワ頭の不破哲が批判を始めたとか漏れ聞くレーニンの自称「概略」パンフレット、『国家と革命』にも、議会制度は「ブルジョワ独裁の外被」とあった。不破哲がズルケンこと宮顕の個人秘書だった頃、日本共産党は、とりわけ、餌場を同じくする社会党を批判する目的で、この「ブルジョワ独裁の外被」論を日本の実情に合わせて具体化し、『国家と革命』よりもさらに薄いパンフレットを発行した。総評の労働貴族、社会党の議会貴族、などなどの「取り込まれ」実情を、それなりに鋭く批判した面白い論文だったのだが、日本共産党自身が議員数を増やし、社会党は自民党に抱き付く政権入り後に雲散霧消し、日本共産党も後追いで民主党に媚び、政権入りを狙う醜態を演ずるに至った。
資本主義国における社会党や共産党の政権入りは、イギリスの労働党の歴史の繰り返しに他ならない。フランス、イタリアでは現在、共産党が政権入りしている。このラテン国家群を典型として、ソ連崩壊後の今、共産党も、「ミイラ取りがミイラになる」人類史の一幕を、悲劇か、はたまた喜劇か、後追いで繰り返しつつあるのである。大はソ連から日本共産党に至るまで、ミイラ化の基本的条件は、組織維持の「経営問題」にあるが、この「経営問題」の実情は、別途、詳しく論ずることとする。
労働党、社会党、共産党、そして今、武蔵野市周辺では、大衆党から護憲リベラルを経て「市民の党」へとカメレオン改名を続けるパフォーマンス好きの若者集団が、新たな「ミイラ取り」志願者を集めている。武蔵野市議会では、一時は6名の議員を抱えていた日本共産党が3名に減り、日本共産党から近親憎悪に激しい攻撃を受けていた大衆党の1名が改称「市民の党」の3名へと増え、拮抗関係にある。市民の党も、経営問題を抱えるようになるのは理の当然なので、今後は、どうなることやら………。『自由原論』と民主党と共和党と自由党と民本主義
私自身は、何時も先に身体が動いて何度も騙された方である。1960年安保闘争で「民族派」を自称してアメリカの占領継続に反対する立場から参加して以来、いくつかの曲折を経て、30年も日本共産党の党員になっていた。
しかし、私の好きな山に関連する格言がある。手元の安物『ことわざ辞典』には載っていないのだが、「山に入り、山を出ずる者にして、はじめて山を知る」、と記憶している。なにごとも経験である。労組と争議団と日本共産党と市民運動を経験して、「はじめて組織運動を知る」想いである。
アメリカ式「民主主義」なるものについては、福沢諭吉が日本語訳題『自由原論』で知ったとされるフランスの貴族出身、トックヴィル(1805-1859)の大著『アメリカの民主主義』を必読文献として推奨する。トックヴィルは、1830年代のアメリカの実情を視察して、その政治制度が「民主主義」と呼ばれたり、「共和主義」と呼ばれたりしていると記した。今、アメリカでは、民主党と共和党が大政党で、大統領選挙に血道を上げている。どちらも「デモクラシー」の擁護者と称している。『自由原論』では、当然、デモクラシーを自由と理解したのである。民本主義の訳もあった。自由、民主、共和、民本、すべて「デモクラシー」、以上、言葉、キーワードの問題である。歴史的実態としての「デモクラシー」についての「憎まれ愚痴」は、またの楽しみとする。
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ロフトプラスワン9.2.「希代の国際怪物」康芳夫主役の司会・企画は大成功。
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2000.9.2.(土)、新宿歌舞伎町「情報発信基地」ロフトプラスワン、Night timeのTalk開始定刻、19:30、正面客席は満杯。スタッフ専用にした別室も、入れ替わり立ち替わり、立ち飲み状態の賑やかさ。店長の加藤梅造が舞台に上がり、いつものように、飲み代が入場料、その一部が出演料、だからジャンジャン飲んでくれという決まりの台詞に続いて、「本日は怪しい人物が客席にも沢山いる」などと述べた後、「怪しい」司会者として私を呼び出す。
私は、店長の質問に答えつつ、舞台の背景の映写幕に、わがiMacのソフト、iMovieで編集した音声無しの映像、後ほど紹介のテレヴィ番組から康芳夫の映像部分だけを抜き出した[ヴィデオ=1]、題して『康芳夫の百面相』を流しながら、主役の康芳夫との関係、企画のきっかけを要約して物語った。
最初に知り合ったのは40年前、極悪人を輩出する「怪しい」大学の東京大学である。康芳夫と同じ学部の同期生には、リクルート・スキャンダルの主、江副もいた。康芳夫の初印象は、現在の用語で言うと、「存在感」の強さで一番だった。具体的には、「何か、とんでもないことを、しでかしそうな危険人物」だった。
私の役割は、この「とんでもない危険人物」、しかし、「同世代の英雄」というと堅苦しくなるが、「ヒーロー」「半神人」「神話の主人公」「伝説の人物」、具体的には「すさのおの命」、または「石川五右衞門」を、同世代として理解し、翻訳し、その「フリー」の先達としての意義を、特に若い世代に伝えることであろう。部分だけだと矛盾だらけで、ますます分からなくなるので、まずは康芳夫の「全体像」を確認するために、「化けの皮を剥ぐ」基礎作業をする必要がある、などと語った。
多少の手違いはあったが、結果は、おおむね大成功と言って良いだろう。詳しくは別途記すが、ロフトプラスワン店長、加藤梅造も、主役の康芳夫も、大変に喜んでいた。その勢いで、打ち上げは、康芳夫一家の溜まり場と思しき「骨歌」(こっか)、歌舞伎町ゴールデン街こと裏町の目下改装中のバー(元「さつき」の看板の灯が消えたままだが、10月6日には「手古奈」に改名披露予定)に及び、朝6時過ぎまで続いた。
次回のテーマ別では、「文芸評論家」の肩書きで登場した元「一水会」代表、鈴木邦男が特に食いついて展開され、途中で打ち切らざるを得なかった「家畜人ヤプー」の評価から「三島由紀夫」「大江健三郎」論に至る部分に、店長の加藤梅造も興味を示していたので、いずれ企画したいと願っている。
ロフトプラスワンの当面のわが企画としては、別途、「元日本共産党『二重秘密党員』の遺言」で記した国鉄闘争のヴィデオを中心に、取材者、争議団OB、宮崎学らも加わる勝手連的国労闘争団プラスアルファなどの激論が、日程調整に入っている。
明日は、武蔵野市議会の秋の定例会が始まるので、朝9時から市役所前で、2万円の「メガフォン」(商品名)を、5千円の特売三脚の上に乗せ、廃物利用の映写幕を「立て看板」に使い、「ガイセン」(街頭宣伝)する。ああ、物好きが高じて休む暇がない。
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ロフトプラスワン9.2.(土)「希代の国際怪物・康芳夫」ヴィデオ準備完了!
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いよいよ明日に迫った「わが企画・司会」の本番、「希代の国際怪物プロデューサーの仮面を剥ぐ」の準備に追われ、いや、悪乗りして、ホームページの更新をさぼってしまった。しかし、昨晩、6本のヴィデオの準備が完了した。
悪乗りの基本的原因は、我がiMac搭載のiMovieにある。
早くも7年前の昔話となってしまったが、1993年1月、カンプチアPKO出兵の取材で、ビデオプレスのカメラを借りて、といいうよりもむしろ、緊急特訓を受けて持たされて、共同制作の『軍隊の影に利権あり』(30分)を作り、それが200本以上売れ、毎週のように講演を頼まれた。ヴィデオの速効性については、『電波メディアの神話』にも記した。
それ以後、何度もヴィデオ撮影をし、短い作品を作ったが、編集が大変だった。費用も、いくらビデオプレスが安いからといっても、万単位は掛かる。共同作業だから準備にも、編集そのものにも、時間も掛かる。それが、自分の家で、いわゆるデスクトップで、たったの一人で、可能になったのだから、これは病み付きになりそうである。
さる6.15.、同じくロフトプラスワンにて、「1960年安保闘争40周年記念・激論・右も左も掛かって来い!」を企画、出演した際には、途中でヴィデオ制作を思い付いて、前日は徹夜の悪乗りとなった。今回は、それに懲りて、準備を早めたが、やはり、欲が出て、時間が掛かった。それでも、一度も深夜の悪遊びにはならず、前々日に完成できたのだから、悪乗り技術の進歩である。
6本に分けたのは、現場で間違えが起きないように、すべて頭出しで持ち込むためである。以下の区分である。
1.康芳夫の百面相」(下記の5,6.から抜粋。最初の企画紹介場面の背後に音無しで流す。その後に実物登場)
2.インターネット未来空間徹底捜査による.康芳夫の「成れの果て」(内容は極秘)
3.雑件としての欠席裁判「ネス湖探検隊長・石原某」(フォーカス記事)
4.『家畜人ヤプー』(諸々。舞台のさわり紹介。私の絶妙な原作解説)
5.モハメッド・アリ招聘の「ハッタリ」(テレビ朝日番組『ターニング・ポイント』「渋谷に怪人現わる」抜粋)
6.その他、諸々の「嘘、偽り、邪教、カリスマ」(フジテレビ番組『平成日本のよふけ』抜粋)
以上、これを読んで、明日、土曜日の夜、午後、7時30分、歌舞伎町にくる読者が増えれば望外の喜び。その際には、声を掛けてほしいものである。私の席の前には「司会・『憎まれ愚痴』編集長・木村愛二」と張っておく。人手をわずらわすのが嫌いな私は、この張り紙を自分で用意した。他の人の分は、お芝居の『家畜人ヤプー』を演出した高取英が、現場で書くと言っている。多士済々で、誰が舞台に上がるのかも、ビックリ箱の状況である。
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