2000年10月分
| 10.1.(日) | またもや10.11.ロフトプラスワン「大揉め国鉄闘争」激論を企画・司会 |
| 10.4.(水) | 極右虐殺者シャロンの人物紹介を欠くパレスチナ内戦報道に怒り心頭 |
| 10.8.(日) | 『噂の真相』襲撃に本多勝一が老醜のペンクラブ意見書で拙稿出版を決意 |
| 10.14(土) | イスラエル軍本格攻撃と同時発生した米駆逐艦爆発に相似形の歴史などなど |
| 10.19(木) | アラファト議長の事務所を爆撃したイスラエルはアメリカそこ退け虐殺集団 |
| 10.22(日) | 国労置き去り日共系全労連結成への批判を書けと唆す争議仲間の日共党員 |
| 10.25(水) | 来年のことを言うと鬼が笑うのだが杉花粉症恐怖の予報が的中で不機嫌なり |
| 10.28(土) | 医は算術、薬九層倍、鼻糞丸めて萬金丹、それを買う奴ぁアンポンタン、再論せずんば寝られず |
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医は算術、薬九層倍、鼻糞丸めて萬金丹、それを買う奴ぁアンポンタン、再論せずんば寝られず
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アンポンタンについては、確か、「王八蛋」のようだったような、中国語の罵り言葉だという記憶があるのだが、聞いてみると、子供の頃に、鼻糞丸めて、を大声で歌った経験者は意外に多いようだ。
なぜ再論したいかと言うと、前々から頭に来ていた「水中遊歩」の流行による被害への怒りの告発が、本日、あわや、体育館の管理課長らとの乱闘直前に達し、これを書かねば眠られぬ気分になったからである。
私は目下、最大の健康法に水泳を選んでいる。いかに遅く泳ごうとも競う相手がいなくなれば達成できるはずの年齢別世界新記録の夢を描きつつ、それでもやはり、速度の低下を食い止めようと励み、限界に挑んでいる。練習には水温、室温の適正化が必要である。オリンピックのみならず、生涯水泳の大人の遊びの競技会でも、水温は27度以下である。文部省の体育関係のマニュアルでも、普通の市民水泳プールの水温は27-29度、室温はそれより1度上ぐらいを適当としている。
隣の三鷹市、少し離れた小平市の市営プールは、ともに、この基準の上限、29,30度を守っている。ところが、肝心の地元、武蔵野市の市営プールでは、何度も私が、市長、生涯学習部長、体育課長らと、この29,30度以下の基準を確認しているのに、水温が33.5度まで上がったことがあり、[以下、2000.10.30.若干補正] 室温はいつも高く、一昨日と本日も32.8度だった。熱源はゴミ焼き場だから、目下、土地の買い過ぎで財政困難の武蔵野市でも豊富に使える。時折は29度以下に下がることもある水温も、室温に連られて、また上昇する。水中では汗を出ても蒸発するのは不可能だから、水温も室温も高いと、暑い、苦しい。私の場合、流して泳いで50メートルが55秒以下のところ、2-3秒も遅くなる。爽快感も味わえない。
プールの構造自体にも、不必要でゼネコン丸儲け設計の動く天窓(温室化)など、決定的な欠陥があるのだが、最近、整形外科医が腰痛患者に勧める「水中遊歩」が激増し、その内の贅沢な馬鹿爺、婆が、「水が冷たい」「寒い」などと勝手な訴えを起こしているそうなのである。お前らは風呂にでも行けと怒鳴りたくなる。冗談ではないのだが、年寄りは、あの大嘘付き市長の重要な票田だから、ごますり管理課長への影響力が強い。本日は、プールの若い監視員の頭が、「体育館から室温32度、寒いと言う客がいたら上げろと言われている」と弁解するので、このおっ、と怒鳴り込んだ。
ああ、あんな下らないごますり課長、下っ端役人相手に、腹を立ててみても、馬鹿馬鹿しいだけ、と思いつつ、ここに、決定的な原因を作った整形外科医たちへの恨み、つらみを記す。まず、簡単に言うと、開業の整形外科医は、50人の腰痛患者を抱えていれば商売繁昌と言われている。私も、かつては何回も通ったものだが、電気で痺れさせたりして、痛みが取れたような錯覚に陥るだけで、直りはしない。最後に運動療法に到達して、運動を続けていれば医者いらず、腰を中心とする筋肉が丈夫に保てて、普通に暮らせるようになった。「水中遊歩」は、気分が良いかもしれないが、「生かさず殺さず」の患者確保策である。しかも、地元の医師会は市長支持派が握っている。畜生!
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来年のことを言うと鬼が笑うのだが杉花粉症恐怖の予報が的中で不機嫌なり
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以下のごとく、今春の「杉花粉症は行政=産業公害だ!」シリーズの継続になるが、秋の季節物でもあるで、まずは、この「日記風」で発表する。
(その22)「元から絶とう」不勉強な杉花粉症「根治療法」新聞記事
またぞろ、「杉花粉症」に関する不勉強で不愉快なデタラメ記事が、目に付くようになった。
わがホームページの読者からも切抜きが届く。理由は簡単である。科学技術庁などの予算にたかる御用組織が、抜本対策を覆い隠したまま、予測のみを発表したからである。
唯一の希望は近畿地方の杉花粉「悲惨」が4倍になる可能性
『朝日新聞』(2000.10.21)「来春の花粉/全国で多め/記録的猛暑の影響」「気象協会は昨年までの天候と花粉量の関係をもとに……試算……。東北、関東、中部、中国、四国、九州では平年の1.5〜3倍、近畿は1.5〜4倍になるとみている」。唯一の希望は、今春は関東よりも花粉の飛散(悲惨)が少なかった近畿地方が4倍になる可能性である。おお、ガメツイ近畿の同志諸君、決起せよ!
上記のように、気象協会の試算は「天候と花粉量の関係」による机上のシミュレ−ションだが、東京都は毎年、近隣の杉林に入って雄花を数える作業をしている。東京都の衛生局環境保健課の担当者に聞くと、作業の実施予定は11月だそうである。これでさらに予測の材料が増える。雄花の数が増えれば、来春には花粉が増える。当然、雄花は、ドッサリ付いているはずである。冬の積雪が少なければ、枝折れが減り、さらに効果が上がる。そして、冬来たりなば、春遠からじ。春風よ、心あらば伝えてよ、ああ、あの恐怖の季節が到来する。
私は、すでに今年の5月、「2001年の恐怖の予報」を発表した。今年の夏が暑くなる長期予報があったからである。その通りだった。いや、上記の朝日新聞記事のごとく、予想以上の記録的な猛暑だった。普通のことなら予想が当たると嬉しいものだが、極めて不機嫌になっている。さらに、これも予想通り、国からも東京都からも、雄花が付かないように杉の枝打ちをした気配は伝わってこない。私は、このシリーズの前回、(その21)「主犯を匿った学閥が花粉飛散予測の首魁という皮肉」の結論部分で、「枝打ち」の試算、全国でも国家予算1,428億円、東京都なら僅か132億円、1桁違っても1兆円と記した。安いものだが、これで解決してしまうと、儲け損なう業界が巨大だから、予算が付くわけがないのだ!
一回の治療費総額が5,090円、国保の掛け金が全部でいくら?
しかも、さらに不機嫌になることには、本日、耳鼻科に行かざるを得ない状態になった。杉ではなくてブタクサの季節とか、稲とか、諸説あるが、自宅の冬物を出した時に吸ったハウスダストが原因だとすると、損害賠償を求める相手がない。町の耳鼻科医では精密検査は不可能。どうせ治療法は同じ。掛かり付けだから、何も聞かずに、お鼻にシュシュシュ、はい、あちらでとなる。ネブライザーなどと、カタカナ語で呼ぶ自動噴霧器の箱の前の丸い背無し椅子にチョコンと座り、黒ボタンを押すと、ガラス容器の中の液体状の薬が気体になって、シューン、シューンと、お鼻の穴に吹き込まれる。終わるとすぐに受付の女性から、「木村さん、今日は1,527円です。お薬は食後に2錠飲んで下さい」と優しい声で薬袋を手渡される。消費税のヤラズブッタクリ開始以降、1円玉と5円玉の復活と相成り、安物皮財布が膨れて、痛みの激しいこと。探ると丁度、27円あった。千円札を2枚添えて出し、500円玉のお釣り。財布からチャラチャラ、サラサラ、はい、おさらば、また、ちょっとジャラの、お戻りとなった。国民健康保険は30%自己負担だから、逆算すると治療費と薬代の総額は、5,090円になる。習慣で領収書はくれない。請求しにくい。
しかも、私の場合、国民保険の掛け金は人並みで、治療を要する病気は鼻アレルギーだけなのだから、一回の料金だけで考えるわけにはいかない。儲かるのは誰だ?
薬九層倍、医は算術、鼻糞丸めて万金丹、それを呑む奴ぁアンポンタン
以上、クドクド記したのは、杉花粉などのアレルギー源の氾濫が、ある種の商売の源になっていることを、悲しい実体験で裏打ちし、だからこそ、根絶への政策が実現しないのだということを、何としてでも、何度でも、強調したいがためである。そのためにこそ、「主犯を匿った学閥が花粉飛散予測の首魁という皮肉」が生じているのである。
さて、上記の『朝日新聞』記事と同日、私が宅配を受けている唯一の日刊紙、『日本経済新聞』(2000.10.21)「プラスワン」欄にも、「元から絶とう/杉花粉症/まずアレルギー源特定/体質改善へ免疫療法」と題する記事が載った。見出しを見ただけで、ゾーッとしたが、やはり、予測通りの「思い込み」、「はじめに結論ありき」の「優等生」記事だった。
私は、すでに本シリーズでも簡略に記したように、鼻アレルギーが直接のきっかけという特種な不当解雇事件の当事者だった。杉花粉症などが一般に知られる以前だったので、組合員の理解を得るためもあって、治療に専念する必要があった。そこで、免疫療法と称される治療を、注射方式、塗り薬方式、2種類も受けた経験者、または被害者なのである。どちらも効かなかった。面白いことに、上記の『日本経済新聞』記事を逆に読むと、私が被害者になった当時と、免疫療法の治療効果の水準に変化はない。写真まで載っている「東京・練馬の小山耳鼻咽喉科医院の小山副院長」は、以下のように語ったらしい。
「免疫療法は根治療法に近い。これで50〜60%の患者が根治に近づく」
つまり、逆に読むと、残りの40〜50%の患者は、根治に近づきさえしないのである。念のために、一回30円の104番で練馬の小山耳鼻咽喉科医院の電話を聞いて、「取材」を申し入れたが、インターネット総合誌などは相手にしないらしくて、受付の女性の声で、簡単に「治療中」と門前払いになった。患者が門前に市を成しているだろうのか、儲かっているようである。大阪弁で「儲かりまっか」と挨拶すべきだったのかもしれない。
つまみの電話取材で薬九層倍のスポンサーにゴマスリ記事
私が、この春の本シリーズ記事で紹介し、電話取材までした斉藤洋三医師の談話も載っている。この種の記事は新聞社の名前で電話一本、30分ぐらい聞いた話の内から、都合の良い部分だけを使うのが常識である。
「1964年にスギ花粉症を報告した神尾記念病院(東京・千代田)の斉藤洋三顧問は、「『スギ花粉症は予測のもとにきちんと対応できる病気になった』と強調する」
となっているが、この部分だけを評価すれば、まあ、それはそうなのである。私が昨年、酷い症状になったのは、予測を小耳に挟みながらも事態を甘く見て、マスクを、ほんのちょっと使っただけだったからである。2月初頭から、外出時には防塵眼鏡、マスクを二重、ガーゼを濡らして二重、それだけ完全防備すれば、発症は防げる。万が一、防備に失敗しても、抗ヒスタミン剤と抗生物質の投与で、悪化を防せげる。
しかし、しかし、お金も掛かるし、苦しいし、しかも、赤ん坊も、犬も、罹患するのでございますよ。優等生の科学部記者、様、様は、赤ん坊にも、犬にも、アレルギー源の「血液検査」をし、「約2週間前から抗アレルギー剤」を用い、などなどを、お勧めになるのですか。さぞや、商業新聞の必須の資金源、大手広告主の製薬会社、様、様が、お喜びになることでしょう。
斉藤洋三にも、医者の限界がある。しかし、本シリーズで紹介した著書を読めば、杉の存在が問題だと考えていることが分かるはずだ。だが、電話一本取材の「はじめに結論ありき」記者たちは、専門書どころか、教養書も読まない習慣なのである。どうせ、短い記事しか載らないのが、新聞の宿命なのだから、苦労する気にはならないのである。
折りしも、『日本経済新聞』連載記事「教育を問う/第1部/日本が沈む」(3)「プロが危ない/もの考えぬ“受験王”」(2000.2.25)の冒頭に、聞き慣れた話が載った。
「『有罪と無罪。どちらで書きましょうか』。関東地方のある地裁。新任の判事補の質問に指導係のベテラン判事はがくぜんとした。[中略]結論を聞き、それに合わせて判決文を作ろうとする。『自分の仕事がわかっているのだろうか」と判事は不安にかられる」
私は、しかし、この「ベテラン判事」の方が、「なんぼ」かを知りたい衝動に駆られる。これまでの日本の裁判官のほとんどが、同じように、「はじめに結論ありき」の権力追随の判決文を書き殴ってきたのである。後輩は、先輩の背中を見て育つのである。
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国労置き去り日共系全労連結成への批判を書けと唆す争議仲間の日共党員
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2000.10.11.ロフトプラスワンでは、いろいろと面白い裏話が出たが、そのなかでも最も鋭い本音の指摘は、労働戦線と「飯の種」の問題だった。
概略を私なりに整理すると、表面上の建て前の裏で、毎年千名規模の組合員減少による財政難に悩む国労の専従執行委員たちは、他のJR労組への合併を志向している。つまりは連合への後追い参加を目指しつつ、その前提条件として、争議団を切り捨てを図っているとの憶測である。これは実にリアルな、私の実際の体験にも合致する話である。同じ現象は、総評の解体から連合の結成に向けての時期に、多くの主要「業種別」労組の全国組織で発生した。専従の組合幹部にとって「飯の種」は決定的な問題である。
その一方で、別途、わがホームページにも入れた日本共産党員運営の「さざ波通信」の日本共産党中央批判には、「右」の連合に対抗して結成されたとされている「左」の全労連執行部への批判が含まれていた。こちらにも「飯の種」の問題がある。
私は、この連合と全労連のほぼ同時結成の時期、東京争議団の筆頭副議長だった。当時の先輩で、配偶者が日本共産党の現在は落選中の県会議員のMが、この春、最後の桜見の写真を残して死んだ。私は、昔の仲間の知らせを受けて、4月26日、そぼ降る雨の中、通勤帰りで満員の電車の吊り革にぶら下がり、神奈川県の田舎町での通夜の席に連なった。唯物論者のはずの共産主義者の葬式で、なぜ坊主が経を読むのか、などと悪口を言いながら、昔話に花を咲かせた。
その時期は、国労の「4党合意」押し付け臨時大会が行われた7月1日よりも2ヶ月以上前のことだった。Mは、配偶者の選挙の実質的な事務局員を、嬉しそうに勤めていた。つまりは半ば公然状態の日本共産党員だったのだが、その葬式の二次会で、これまた半ば公然状態の日本共産党員ばかりの争議団関係者たちが、しきりと私を唆した。「書け」と言うのである。
具体的には、当時、日本共産党中央が全労連結成に走ったことへの批判である。
当時の労働戦線の混乱期に、日本共産党中央は実に積極的に労働組合運動に対する発言を強めた。官僚的な支配介入も多発した。決まり文句の「総評=社会党・反動ブロック」攻撃を強め、連合に対抗すると称して、全労連結成に向けて日本共産党系の労組幹部を締め付けた。
東京争議団などが苦労して、思想信条の別を問わず、総評などの支援を得て展開していた争議解決の総行動にも、「自由と民主主義の実現の闘い」とか題する我田引水のキャンペーン題目を張り付け、あたかも、日本共産党中央の指導で争議が勝利し続けているかのような宣伝を開始した。このキャンペーン記事の「エゲツナサ」に対しては、争議団きってのオッチョコチョイの「単細胞」日本共産党員で知られる日立争議のTまでもが、『赤旗』編集部に抗議に行ったほどであった。
当時の労働戦線の右傾化なるものは、国鉄の民営分割化と裏表の関係にあった。主要な民間の大手業種別労組の御用化、マスメディア関係労組の弱体化に成功した日本の支配層は、その最後の仕上げとして、総評と、いわばその本丸の国労の解体を目指した。だから、労働戦線の右傾化阻止、戦闘的な再生への道は、国労の位置付けを抜きにしては語れない問題だったのである。
話を簡単にするために結論めいたことを先に言うと、結果として、国労は当時、連合に膝を屈することはなかったものの、さりとて、全労連に加わるわけにもいかず、いわゆる新左翼の全国一般などと一緒に、全労協という弱小全国組織を形成するに至った。私は、この状態を「置き去り」または「置いてき放り」と形容する。簡単に言うと、日本共産党の中央官僚は、かねてから自分の言いなりになる労働組合全国組織が欲しくて堪らず、国鉄の民営分割化と国労解体の攻撃と言う不幸な事態を、そのもっけの幸いの口実に利用したに過ぎないのである。
日本共産党中央は、全労連結成に向けて、それ以前から活動していた「統一戦線労組懇談会」を利用した。私が所属していた民放労連は、この懇談会に参加し、世話役を出していた。しかし、この懇談会を労働戦線問題に利用することには反対して、世話役を出すのを止めた。私は、世話役を担当していた役員と、昔から、組合幹部同士として以上に日本共産党員同士として親しい関係にあった。彼は当時、私に、「あれは大変な間違いだ。もっと皆が積極的に反対意見を出さないといけない」と語った。しかし、その声は曇っていた。あまり元気がなかった。
日本共産党員の労組幹部には、官僚型と、いわゆる生真面目型のミックス・タイプが多い。生真面目の面が強い方の型は、その上に乗っかって威張っている官僚的な日本共産党の中央幹部とは、相入れないことが多いのだが、なかなか、率直な批判を展開しないのである。規約の民主集中制とか、党内のことを党外に出してはならない、などが、この傾向の根底にある。当時も、日本共産党員の組合幹部の中に、いかにすればて総評を残せるか、御用組合が出ていった後に踏みとどまって主導権を握ることができないか、などの作戦を真剣に検討した仲間がいた。総評に関しては、結果的に不成功だったが、総評の規約に基づく地方組織の内、東京地方労働組合評議会、略称「東京地評」などは残った。東京地評の存続に関しても、日本共産党中央は、様々な圧迫を加えたのである。
私の実体験を記すと、それまでは「洟も引っ掛けなかった」東京争議団に対しても、日本共産党に東京都委員会の労対部が積極的に働き掛け、「日本共産党員グループ」を結成した。「飴と鞭」という表現があるが、私個人に対しても、「君の争議を応援したい」との「飴の攻撃」が加わった。邪魔になりこそすれ、実際の役には立たない連中のことだが、その程度のことなら、適当にあしらっていれば済んだ。だが、かつては私が「総細胞長」を勤め、組織拡大に私生活を放棄して尽くした足元の経営支部の一部幹部までが、私の足を引っ張り始めた。全労連結成を「左派分裂の誤り」、「国際的にはプロフィンテルンの大失敗と同然」などと主張する私に対して、争議支援の関係での嫌がらせに走ったのである。これには、唖然で済む問題ではないので、怒り心頭に発した。
上記の葬式の二次会の仲間も、似たような経験をしている。だから、「自由の身」の私に、「書け」と言うのである。とりあえず、以上、概略のみを記して置く。
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アラファト議長の事務所を爆撃したイスラエルはアメリカそこ退け虐殺集団
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このところ、わが家で唯一宅配の『日本経済新聞』にも、読者から送られてくる『朝日新聞』と『しんぶん赤旗』の切抜きにも、パレスチナ内戦の記事が多い、しかし、すでにこの欄にも記したことだが、各紙とも、「挑発者」のアリエル・シャロンの人物紹介を欠いていた。私は、自家撞着、傲慢、官僚的なヒステリー患者の多い『しんぶん赤旗』は無視して、『日本経済新聞』と『朝日新聞』にだけ電話で注意して置いた。そのせいかどうか、その後、『日本経済新聞』(2000.10.19)の連載「中東/薄氷の合意」(上)に、「かつてレバノンでパレスチナ人虐殺事件のきっかけをつくったといわれるシャロン氏」という表現が出てきた。
「敗軍の将」が兵を騙って極右の牙城を維持
まあまあ、の出来だが、当然、まだまだ、不満足である。
周知の重要な歴史的事実を指摘すると、そのレバノン侵略自体が、20年の虐殺の歴史を経て、「敗走」に終わっているのだ。総指揮官だったシャロンは、「敗軍の将」なのである。そのシャロンには、「兵」(戦争)を語る資格がないのに、今、騙っているのだ。
また、今、「中東和平の仲介者」を装うアメリカの正体の暴露も重要だ。「アメリカは連合国[安保理]で1972年から1996年の間に、イスラエルに対するあらゆる非難決議に反対して30回もの拒否権を行使した」(拙訳『偽イスラエル政治神話』p.47)のである。にもかかわらず、イスラエルは、自らが育成したレバノンの傀儡軍を見捨てて「敗走」したのである。シャロン自身も、彼が党首を継いだ極右政党、ヒトラーとの協力者たちの系譜、史上最悪の政治的シオニストの虐殺集団、リクードが生き残る道は、内戦の挑発以外にないのだ。今こそ、「ヒトラーとの協力」と「ガス室の嘘」の暴露が、最も有力な極右退治の手段なのである。この事実は、アラブ諸国には急速に浸透し始めているのだが、極右に反対と称する日本の自称左翼には、極めて傲慢な癖に、薄ら馬鹿が多いのである。
「ガス室の嘘」の暴露を恐れるイスラエルは、自国が世界で最も危険な極右国家なのに、石原慎太郎程度の人気取り政治家、オーストリアのハイダーを、「極右」と罵って、欧米の世論を煽った。ハイダーとその仲間は「ガス室の嘘」を語っていたのだ。だから、イスラエルにとっては、最大の敵だったのだ。しかし、この詐術も長くは続かず、最近、オーストリアへの経済制裁は解除された。真の極右の牙城は、今、無理やり維持されているだけなのである。
最近の米軍放送傍受によれば、アメリカでは今、西部侵略時代に原住民を騙した歴史の発掘が続いている。私は、戦後の映画好きの悪餓鬼なので、いかに「インディアン」が残虐であり、白人のアメリカ人の騎兵隊が紳士的であったかというデタラメ西部劇映画を、何度も何度も見てしまった。だから逆に今、アメリカ人と、その仲間でもあり頭脳支配者でもあるユダヤ人が、自分の敵を悪魔化し、嘘を付き捲る構図の裏を、すぐに理解できるのである。ところが、行儀の良い優等生だった自称左翼たちは、きっと、下らないハリウッド製映画などは見なかったのであろうから、かえって、現実の裏を見抜く目を鍛える機会を逃したのであろう。
イエメン政府は米駆逐艦爆破を「テロではない」と表明
もう一つ、私が急遽、疑問を発して置いたのは、10.12.発生、イエメンのアデン港におけるアメリカの駆逐艦爆破の犯人探しである。もちろん、長年の恨み骨髄からアラブ人が決死の覚悟で行った作戦の可能性もある。私は、自称「嘘発見」名探偵だが、この件では、まだ情報不足で、断定はできない。
だが、実に面白いことに、米軍放送傍受情報によると、米軍当局は、まだ、テロと断定していない。現地のイエメン政府は、直後に、「テロではない」と声明したそうである。私の手元の日本の活字情報には、この声明は載っていない。だが、その後、『日本経済新聞』(2000.10.16)の下段ベタ記事に、「イエメン政府当局は15日までに容疑者数十人を逮捕」とあった。さらに同紙の本日の夕刊には、「イエメン大統領がカタールの衛星テレビ『アルジャーラ』のインタビューに答えた」とする伝聞の「カイロ」発情報が載った。「ボートを運んだ車やエンジンを組み立てたと見られる作業場、実行犯らが住んでいた家などを発見した」そうである。
同じく同紙の本日の夕刊には、意地っ張りで仲の悪いアラブ諸国の独裁者たちが「呉越同舟」の状態に至ったとの観測も載った。今回の内戦挑発に関してアラブ諸国の連帯強化が急速に進む状況下に、「テロではない」と声明した当のイエメン政府が、自国内での事件だから当然、捜査権を持つにしても、なぜか熱心に捜査し、「実行犯ら」に迫っているのである。私は、もしかすると、「モサドの謀略」と睨んでの捜査活動ではなかろうかと期待し、当たらなくてもドキドキしただけ得と心得え、「ベタ記事恐るべし」の無料独自捜査を続けている。
少なくとも、この件では、米軍の鑑定結果もなしに、アメリカのメディアが、こぞって、テロと断定し、お定まりの悪役ラディンの介在を疑い、「明らかに」(apparently)と力んでいることを、指摘しなければならない。この「明らかに」という形容に関して、私は、面白い経験を持っている。私の不当解雇事件の裁判の東京地裁での最終準備書面作成の際、この表現を使った若手の弁護士に対して、老練の弁護士が、「立証が不十分な時ほど、明らかに、と書いてしまうんだよね」と諭したのである。
「スラップスチック」(どたばた喜劇映画)並の鬼婆外交
これも米軍放送傍受の情報のみだが、失敗に終わったパリでの和平工作について、国務長官の鬼婆、ユダヤ人、オルブライトの必死の形相が伝わってきた。アラファトが席を蹴ってアメリカ大使館の会議室から出ると、オルブライトが追っ掛けて、叫び、門番に扉を閉めるように命令し、アラファトを閉じ込めたのだそうである。
現地では、イスラエルの兵隊がパレスチナ人に殺されると、即座にイスラエル軍は、アラファトの事務所をミサイルで爆破した。アラファトは、連合国[国連、United Nationsの正しい訳]で元首の扱いを受けている。このミサイル爆撃の場所を、かつての日本に置き換え、さらに最近流行のSF風に、そこがアメリカの軍事占領下にあると想定すると、そこでアメリカの兵隊が日本人の少女を強姦して殺し、その種の行為の連続に怒り心頭に発した日本人が、アメリカの兵隊を捕らえ、報復の処刑をしたら、アメリカ軍が、いきなりヒロヒトの仮住まい、あの江戸城跡(私は現在の通称を使わない)を爆撃するようなことになる。(この段落の記述は、深夜の怒りに満ち、疲れ果てたわが頭脳の中で状況設定に誤りが生じていたので、2000.10.20.7:30.やや冷静に改訂)。
相手が弱ければ、何をやっても平気なのは、別にアメリカ人に限ったことではないが、実に野蛮極まりない。途端に、なぜか、「スラップスチック」という英語が頭に浮かんだので、辞書を引いてみた。slap-stick.先の割れた打棒(道化芝居用)とある。叩く音はビシャリと響くが、それほど痛くないのであろう。それがcomedyに続くと、「どたばた喜劇映画」になる。私は、その方を知っていたのだが、辞書には「どたばた(道化)芝居」に意味もあって、そちらには、(knockabout)とある。そちらを見ると、「騒々しい」の意味から発展したようである。
「騒々しい」「どたばた喜劇映画」は、アメリカ文化の下品さの象徴のようだが、その映画の世界はユダヤ人支配である。映画だけなら許せるが、現実に、鬼婆外交、半世紀を超える虐殺の歴史として展開されるのは、許すわけにはいかない。糞!婆!
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イスラエル軍本格攻撃と同時発生した米駆逐艦爆発に相似形の歴史などなど
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いささかどころか、手を広げ過ぎの昨今、Act-Locallyとしては、地元の武蔵野市の税金横領事件の背後に潜む政治犯罪、国鉄闘争の大揉め状況、Think-Globallyとしては、ユーゴ政変、パレスチナ内戦となると、とてもじゃないが、文章化する時間がない。早く光ファイバ−が全国に敷かれて、1時間ほど自宅キャスター番組のiMovie編集で速報できるようになることを切に念願しつつも、とりあえず、上記表題の問題および「パリ郊外でもユダヤ教寺院が放火される事件」(『日本経済新聞』2000.10.14)などについて、お定まり謀略の可能性への疑いを喚起し、拙訳『偽イスラエル政治神話』からの引用によって、しかし、決して「お茶濁し」ではない決定的な指摘を行う。
[イスラエル支持報道による事件の意味の逆転](p.286)
著者のガロディは、様々な具体例に基づいて、「イスラエル支持報道による事件の意味の逆転」を指摘している。今の今、パレスチナ内戦を挑発し、挙国一致政権に加わることに成功する寸前の極右、アリエル・シャロンが総指揮官を務め、「サブラとシャティラのパレスチナ人キャンプで、史上空前の虐殺が繰り広げられた」レバノン侵略に関して、つぎの項目で『ル・モンド』(82・9・22)の寄稿記事を引用し、「われわれは歴史の前例から、教訓を引き出さなくてはならない」と記している。
[反ユダヤ主義の妖怪で世論を煽る常套手段](p.299-300)
従来と同様に、シオニストは常に、反ユダヤ主義の妖怪を持ち出しては煽り立て、イスラエルに対する絶え間ない脅威が存在しているのだから、イスラエルには援助が必要なのだと、世間に信じ込ませ続けている。イスラエルの不当な請求に仮面を被せるためには、新しい挑発行為を重ねる努力も怠らない。手口は、いつも似たようなものである。[レバノン侵略で]サブラとシャティラの虐殺が起きた時、作家のタハル・ベン・ジェロームは、つぎのように記した。
《別の場所で同時に発生することが、何度も繰り返されると、ついには重要な兆候として理解されるようになる。現在、人々は、ヨーロッパにおける反ユダヤ主義的な暴行事件が何に奉仕し、その種の犯罪が誰の特になるのかを良く知っている。それは今、パレスチナやレバノンの民間人の住民に対する計画的な虐殺を、巧みに隠蔽する役割を果たしている。この種の暴行事件が、ベイルートでの流血の惨事に、あるいは先行し、あるいは続いて起き、あるいは同時に発生していることが確認できる。このテロリストの作戦は、彼らが追求している政治的な目的を、直接的または間接的に成し遂げる能力を見せており、現在までのところでは完璧に、その目的を果たしている。その目的とは、パレスチナ問題についての理解が、いささかでも高まり、同情を呼び始める度毎に、その関心を、そらすことである。この種の組織的な作戦によって、事件の意味が逆転し、犠牲者の方が逆に、残忍な殺人者やテロリストに仕立て上げられている。パレスチナ人を“テロリスト”に仕立て上げることによって、彼らから歴史を奪い、その結果として権利を奪っているのだ。
八月九日のロジェル街での虐殺事件が起きたのは、ありとあらゆる種類の爆弾の豪雨が、ベイルートに降り注ぐ数時間前ではなかっただろうか?
ベヒル・ゲマイエルの暗殺事件が起きたのは、イスラエル軍がベイルートの西部地区に侵攻してから、二時間後のことではなかっただろうか?
しかも、この侵攻作戦は、その一方で、ヤセル・アラファトの法王訪問という画期的なニュースを、片隅に押しやってしまったのである。
カルディネット街で爆弾を仕掛けられた車が爆発し、その翌日には、ブリュッセルのユダヤ教会堂の前で銃撃戦が始まったのは、サブラとシャティラのパレスチナ人キャンプで、史上空前の虐殺が繰り広げられたのと、時期が合致するのではないだろうか?》
アメリカで報道されたユーゴ大統領選挙への内政干渉「予算」
ユーゴ大統領選挙の報道状況については、別途、詳しい批判を記す予定だが、日本の大手メディア報道でも少しは臭っていた内政干渉の「ゼニゲバ」情報源だけを指摘する。手元の資料の中では、日本共産党の山口県委員会の主流派が独立した「日本共産党左派」の機関紙、『長周新聞』(2000.10.10)が、「アメリカ議会が認めただけでも7700万ドルの資金を拠出」と報じているが、東京のユーゴ大使館からの手紙によると、この情報源は、ワシントン・ポストの9.22.号のようである。ユーゴ大使館は以下のように記している。
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Prior to these elections, the US Administration paid US$ 77.2 million to Yugoslav opposition, a public fact also confirmed by a daily close to US Administration, The Washington Post, on 22 September 2000. The same was also confiromed by sources in US Congress, the Department of State and others.
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US$ 77.2 millionは円で約100億円になる。ユーゴ連邦共和国の人口が約1千万、日本の10分の1以下であることを勘案すると、日本の総選挙で外国から約1千億円の政治資金が流れたことに等しい。日本でもアメリカでも、選挙への外国からの政治資金投入は、違法この上ない事件であるが、相手が小国なら、何をやっても許される世界なのである。
丁度、本日、武蔵野市の中央図書館に注文して置いた新刊本が、やっと届いた。題名は『アングロサクソンは人間を不幸にする』、著者は1942年にカリフォルニア州で生まれたアメリカ人、経済学博士、日本で株式会社アシストを設立して代表取締役、出版社は松下財閥の肝煎りのPHP研究所。なのに、「世界一の偽善国家・アメリカ」などと過激な項目ばかり。
2000.9.18.初版1刷、10.6.2刷発行。売れてる。ああ、羨ましい。
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『噂の真相』襲撃に本多勝一が老醜のペンクラブ意見書で拙稿出版を決意
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『噂の真相』(2000.11)「日本ペンクラブ『声明』に噛みついた本多勝一の呆れた“イチャモン精神”/本誌と決裂後も相も変わらぬ卑劣な独善体質は健在だった!!」を読む。これにて、ようやく、懸案の仮題、『“朝日”本多勝一“噂の真相”体験記/記事捏造から経歴詐称までの常習犯が花形記者だった!!』を出版する決意が固まった。
すでに「復讐するは我にあり」と宣言してはいたが
上記の『噂の真相』記事を思いっきり要約すると、本多勝一は、『噂の真相』への右翼の襲撃を批判した日本ペンクラブの『声明』に対して、「『ウワシン』は悪質なテロ雑誌」とする「意見書」を提出したのである。『噂の真相』記事の最後の締めは、「ホンカツの老害恐るべし、という他はない」となっているが、私は、「老害」よりも「老醜」、「恐るべし」よりも「哀れむべし」の方が、適切だと思う。上記の『噂の真相』記事には、すでに私が、同誌への投稿で記した「カンボジア・ポルポト派虐殺」の自己記事改竄問題が再録されている。この本多勝一の自己記事改竄問題は、本多勝一ファンが始めたインターネット以前のパソコン・ネットによって、世に出たものだった。実に醜い行為である。
私は、その自己記事改竄問題を知る以前、すでに3年半前の1997.3.25.発行の『歴史見直しジャーナル』で、本多勝一の行為を「とりわけ醜かった」と表現していた。本多勝一が、初代編集著の和多田進を追い出して社長と編集長を兼ねていた時期の『週刊金曜日』の誹謗中傷記事に関して、私は、カンカンに怒り、名誉毀損の損害賠償の訴訟を起こしたのだが、その際にも、まさか、「罪を憎んで人を憎まず」などとは気取らないものの、本多勝一を「哀れむ」と言明した。しかし、実に実に、哀れな言論詐欺師でしかないのだが、元『朝日新聞記者』の垂れ流す言論公害を、そのままま放置して置くことはできなかったのである。問題の根本は「朝日エセ紳士」にもあるのだ。
その後、上記のように本多勝一は、『噂の真相』と「決裂」の関係になった。事実は、個人名コラム追放である。『週刊金曜日』の読者会で質問を受けた本多勝一は、『噂の真相』編集長の岡留安則を「ゴロツキ」と呼び、「いずれ復讐する」と語った。その情報を私は、メールで受け取り、『噂の真相』にファックスで送ったところ、『噂の真相』の得意の一行情報に載った。私は、その時、「復讐するは我にあり」という名文句を思い出したのだが、その出典は旧約聖書のはずなので、その前後の文脈を確かめようと考えたまま、忘れていた。
ナレアイを排する決意も実行は難しいのだが
「本多勝一“噂の真相”」に関して、『噂の真相』編集長の岡留安則からブランド使用許可を得ている経過については、すでに、何度か記した。それでいて、出版作業への実行の気合いが入らないのは、個人相手の喧嘩の水準と見られるのが不愉快だからでもあるのだが、その問題についても、私が本多勝一と決裂する以前に、以下のように記していた。
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『電波メディアの神話』
(緑風出版、1994.7.18, p.136-137)
周知だった「ナレアイ性」マスコミ研究の弊害
[中略]
マスコミまたはメディア関係の世界は、意外にせまく、ナレアイ的風潮をそだてやすいのである。近代的なようにみえるがやはり、議論をきらう村社会ニッポンの風土を逃れられないのだ。のちにのべるように私自身が十数年前にペンネームで、この種の「マスコミ研究者」の一人の見解にたいして批判的な文章を書いたことがある。その際、執筆者が私だということを知った別の「マスコミ研究者」から、「味方にすべき人だから、批判して敵においやってはいけない」という趣旨の忠告をうけて唖然としたものである。私はそれまで、世間一般の常識にしたがい、うすらぼんやりと、学者というものは理論をきわめるために厳しい論争をするものだと思いこんでいた。批判すると敵においやるというのなら、その相手が右であろうと左であろうと、隣の人をおいやらないため、そのまた隣の人、そのまた隣、そのまた隣と、とどのつまりは一番はしっこまでつづいて、金魚の糞のような無批判の連鎖ができあがってしまうではないか。それでは厳密な学問などができるわけがない。
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これも要するに、夏目漱石の名文句、以下、現代語訳で、「とかく、この世は住みにくい。知に働けば角が立つ。情に竿させば流される」である。この曖昧模糊の典型の「マスコミ業界」の商売人の弱みを百も承知の悪餓鬼が、本多勝一なのである。
「ジャーナリズムの再生」まで語らせる朝日新聞「閥」に唖然
そこで、またまた敵が増えるのを覚悟の上で批判すると、私は、1993年以来、すでに7年間、カンプチアPKO出兵反対で現地取材したヴィデオ『軍隊の影に利権あり』の上映会で知り合った若者を通じて、市民運動組織の「アジア記者クラブ」と付き合ってきた。その初代代表だった菅原秀を日本ジャーナリスト会議に入れたのも私だった。
ところが、その初代代表の菅原秀の預かり知らぬところで、新しい代表に朝日新聞外信部の記者、伊藤千尋が就任した。伊藤は民衆のメディア連絡会の年末例会のパネラーになった時、本多勝一がヴェトナムで捏造記事を書いた件で会場の参加者から質問を受けて、烈火のごとく怒った。「戦場の危険に身を晒した記者に対して東京で安楽に暮らしていた者が何を言うか」という主旨の怒り方であった。これは論ずるまでもなく、論理的に矛盾した怒り方である。質問の主旨は、「戦場の危険に身を晒した」振りをして「捏造記事を書いた」と言う批判なのだからである。伊藤の正体は、やはり、朝日新聞記者でしかないのである。いや、朝日新聞「閥」である。罰点を付けるしかない。
その伊藤の最近の仕事が、「ジャーナリズムの再生」を語る「アジア記者クラブ」の例会に、本多勝一をパネラーに迎えることだった。私は、早速、菅原秀に電話をして、事情を確かめた。菅原も非常に不機嫌で、出席しないと言った。この事件もまた、私の上記、「拙稿出版を決意」の新しい要因となっている。
ああ、いやだ、いやだ。筆が汚れる。しかし、言論公害を防止するためには、水に落ちた犬を打つ必要もあるのだ。
号外:たまには普通の親馬鹿も演じてみたい。2000.9.26.長女の夫婦に子供ができて、初孫誕生となった。隆一と名付けたそうだ。メールで写真を送ってきた。ここに入れてみる。
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極右虐殺者シャロンの人物紹介を欠くパレスチナ内戦報道に怒り心頭
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9月28日にパレスチナ紛争の当面の焦点、いわば傷口に塩をなすりこむような行為として、エルサレムの神殿の丘にシャロンが現われたことに端を発し、死傷者激増、イスラエル軍の戦車がパレスチナ警察の施設にミサイルを発射する事態となった。事実上の内戦である。
ところが、手元の『日本経済新聞』『朝日新聞』『しんぶん赤旗』の切抜きを見る限りでは、そのどこにも、フランスなどが厳しく批判している挑発者シャロンの人物紹介がない。『しんぶん赤旗』では比較的に早くから「右派のリクード党」の党首と記していたが、『朝日新聞』では、やっと10月4日になってから、記者が書いた記事ではなくて、薄味の中東研究者、現防衛大学校教授の立山良司の寄稿によって、やっとこさ、「イスラエル右派リクードのシャロン党首らがこれ見よがしに入った」と報じたのみである。『日本経済新聞』では未だに「野党」だけである。これが自宅で取っている唯一の新聞だから、一応、日経に国際部に電話をして「シャロンの人物紹介」を申し入れ、少し説明し、多分若い記者から御礼は言われたが、見込み薄である。
以下、とりあえず、拙訳『偽イスラエル政治神話』の中から、挑発者シャロンに関わる記述の一部を紹介する。パレスチナ人なら知らぬ者はないスターリンやヒトラー以上の人物である。
パレスチナにとっては悪魔以上の極右虐殺者シャロン
[前略]長期にわたってアリエル・シャロン[元国防大臣]の指揮下にあった“一〇一部隊”による“ポグロム”などの場合には、常に広大な土地が“解放”され、所有者または労働者のアラブ人がいなくなり、ユダヤ人の占有者に与えられたのである。
[パレスチナ人“ポグロム”の共犯者が入植地拡大]
一九九三年三月二〇日付けで、アメリカの議会のある委員会に提出された国務省作成の調査報告には、こうある。
《二〇万人以上のイスラエル人が、現在、ゴラン高原と東エルサレムを含む占領地区に定住しており、占領地区全体の人口の“およそ”一三%に達している》
その内の九万人ほどは、ヨルダン川西岸の一五〇の入植地に住んでおり、《そこではイスラエル当局が土地の半分近くを自由に処分している》。
《東エルサレムと同市に接するアラブ人地区の郊外にも》、と国務省作成の調査報告では、続けて記している。《一二万人近くのイスラエル人がほぼ一二の入植地に定住している。ガザ地区では、すでに人口過密の土地の百分の三〇をヘブライ国家が没収し、一五の入植地に三千人のイスラエル人が住んでいる。ゴラン高原では、三〇箇所に一万二千人が分散している》(『ル・モンド』93・4・18)
イスラエルの世論の牽引者としては最強力の日刊紙、『イディオット・アハロノート』には、つぎのような論調が見られた。
《ここ七〇年来、このように領土建設が加速された時期は、いまだかつてなかった。アリエル・シャロン(住宅大臣兼建設大臣)は、わがイディオットの論調に従って、熱狂的に、新しい入植地を建設し、既存の入植地を発展させ、さらに新しい地区建設に向けての準備と道路開設のために、目下奮闘している》(『ル・モンド』91・4・18からの再引用)
アリエル・シャロンに関しては、以下の事実を思い起こしてほしい。彼は、レバノン侵略の際の総指揮官だった。彼は、サブラとシャティラのパレスチナ人のキャンプに対する“ポグロム”を行った国粋党の民兵に、武器を供給した。シャロンは、この不当な行為に目をつむったが、事実が発覚した以後には、いかなイスラエルでさえも設置せざるを得なくなった虐殺事件調査の委員会に、共犯者として喚問された。
これらの占領地区の入植地が維持され、それを保護するためのイスラエル軍が出兵し、入植者たちが、かつてのアメリカ西部フロンティアの冒険者たちのように武装している現状の下では、パレスチナ人が実際の運営に当たる“自治”なるものも、すべて幻想でしかない。事実上の占領が続く限り、本物の平和の実現は不可能である。
入植地への移住の努力の中心には、エルサレム全体の併合を不退転の決意で確保しようという、すでに自ら告白した誓いの目標がすわっている。しかし、この併合宣言に対しては、連合国の加盟国(その中にはアメリカも加わっているのだ!)が、異口同音に非難の声を挙げているのである。
占領地区の入植地への移住は、明瞭に国際法、とりわけ、一九四九年八月一二日に採択されたジュネーヴ憲章を踏みにじる行為である。ジュネーヴ憲章は、その四九条で、つぎのように規定しているのである。
《占領国は、その占領地区に、自国の民間人口の一部の移住を行ってはならない》
ヒトラーでさえも、この国際法に背きはしなかった。彼は、決して、フランスの農民を追い出した土地に、ドイツの民間人の“植民者”を移住させたりはしなかった。
[中略]
踏みにじられっ放しの国際法は、まさに“反古”同然であるが、イスラエル・シャハク教授の著書によれば、事態は、それ以上に悪い。
《なぜならば、これらの入植地は、その性質上、当然のことながら、略奪、差別、アパルトヘイトの組織と化していくのである》(前出『イスラエル国家の人種主義』)
シャハク教授は、イスラエルの神をイスラエル国家に置き換える偶像崇拝について、つぎのように証言する。
《私は、イスラエルに住むユダヤ人である。私は、自分自身を、法を守る一市民だと考えている。私は、四〇歳になるまでに、すべての兵役期間の勤めを果たした。しかし私は、イスラエル国家に対しても、他のいかなる国家に対しても、または、いかなる組織に対しても、絶対的な服従は誓わない![中略]》(同前)
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またもや10.11.ロフトプラスワン「大揉め国鉄闘争」激論を企画・司会
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毎日が忙しく過ぎて行く。最近のわが愚痴は、「インターネット通信が電子空間でいかに早く伝わろうとも、調査して文章を綴る時間の方は同じで、短くならない」である。その上に、街頭演説まで始めてしまったので、ますます時間の余裕がなくなる。それなのに、またもや、なのだ。
すでに12日前の9.19には日程が確定していた下記企画を、わが日記風に綴るのが遅れた。この件に関しても、出演者などの手配の方を優先せざるを得なかった。
以下は、昨日、9.29.不破執行部に批判的な日本共産党員の一団が運営しているらしい「さざなみ通信」に送ったメールである。文中の「貴通信の国鉄闘争問題」は、別途、わがホームページ「元日本共産党『二重秘密党員』の遺言」シリーズ(その20)に全文掲載してある。21世紀を展望する不死鳥の蘇りへの激論を提起
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木村愛二です。
貴通信の国鉄闘争問題を関係者に流し、その後、7.1.臨時大会ヴィデオなどを材料にして、下記の場を企画しましたので、匿名でも結構ですから、御参加、発言下さい。
事前に当方に連絡下されば幸いです。会場で、貴通信とそれに答えたかのような赤旗論文のコピーをも配付します。
下記ロフトの企画は、10.10.発売の『噂の真相』『創』11月号に1頁広告が載ります。そこに地図も載っています。参加者の多くは、当日の新たな判決でも負ける可能性が非常に高い国労闘争団や関係者になるでしょう。21世紀を展望する不死鳥の激論を意図しています。記:日時:10.11.(水)19:30〜23:00
場所:新宿歌舞伎町コマ劇場横・林ビル地下2階ロフトプラスワン
題名:今世紀最後の闘争・どうする大揉め国鉄闘争
「7.1国労臨時大会」ヴィデオ&激論
出演:松原明(ヴィデオ上映)、国労闘争団、設楽清嗣、宮崎学、東京争議団(元議長・渡辺清次郎)、他
司会:木村愛二
(63歳。元民放労連日本テレビ労組、千代田争議団議長、東京争議団副議長など歴任)以上。[署名略]
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この10.11.ロフトプラスワン激論の企画については、上記のメール発信以前の9月27日にも、わが家から100メートルほどの「ふじ公園」で開かれた「白木屋分会」支援の集会に向けて、つぎのような書き出しのチラシを作り、百数十枚を配った。その場で、必ず参加しますと約束してくれた未知の若い男性もいた。
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やあ、やあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは武蔵野市西久保の住人、木村愛二なるぞ。この度、下記の酒河原にて決戦の場を企画・司会する故、21世紀に不死鳥の蘇りを期す武者修行者は、孫子曰く「正を以て合し、奇を以て勝つ」、オリンピックならぬ実戦なれば規則なし、いかなる得物にても、いかなる形相にても結構、客席参加あり、どこからでも掛かって参れ!
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ついでの折り込みで地元激辛情報、これも別途、わがホームページ連載中の「武蔵野市不祥事隠し事件独自捜査」のハイライト、小金井市での同種税金横領事件の処理と武蔵野市のそれを比較し、土屋武蔵野市長を政治犯罪者、かつ詐欺共犯者と決め付けた『武蔵野市・野人1号』改題創刊号外を配布した。その都合上、「野人1号」の主旨を説明するために、上記のチラシでは、前出メールの自己宣伝の文句の「63歳」と「元民放労連日本テレビ労組」の中間に、「自他ともに独立人宣言を徹底するため本年の広島原爆投下記念日を期して『野人1号』に改号」、と入れた。この改号宣言については、「野人」の定義を含めて、多くの知人友人から質問を受けた。これは受けるぞ!
モンテローザの経営分析を引き受けてしまった
「白木屋分会」とは、今や世界で5,000店舗を目指す和風酒場、「白木屋」「魚民」チェーンを経営する成り上がり企業、「モンテローザ」の従業員の内、女性だけで結成した労働組合である。
なぜ女性だけだったのか、などの詳しい事情は知らないが、私も、これまでに何度か、三鷹駅北口で共同の支援ビラ撒きに参加したことがある。最近見たビラには「西部一般白木屋分会」とあったので、商業サービス関係を中心に組織してきた全国一般の系統かと思っていたが、それにしては不思議なことに、顔見知りの元全国金属の争議団の仲間が一生懸命に動いている。何と、全国金属の日本共産党系を中心とする「JMIU」が、従来の縄張りをはみだし、「JMIU東京西部一般支部」を結成していたのだった。
これもまた、左ギッチョンチョンの「JMIU」結成や、その上部団体の全労連結成などの事情を棚に上げれば、結構なことである。昔、イギリスでは、あらゆる職種を組織対象とするグランド・ユニオン、ワーカーズ・ユニオン、ジェネラル・ユニオンなどが、爆発的な成長を遂げたことがある。日本の全国一般はジェネラル・ユニオンの流れである。
「白木屋分会」支援組織の事務局長、松尾洋は、私が不当解雇され、1975年頃、東京地方争議団共闘会議の副議長になった当時、その東京地方争議団共闘会議でも、事務局長を務めていた。いかにも事務局長向きの気配りの良い男である。上記集会後、三鷹駅北口のモンテローザ本店の横を通るデモ行進、お定まりの二次会となった。二次会があるよの一言で私が誘った地元住民の仲間もきた。そこで、松尾は私の隣に座ったが、昔話になると、「俺の方が9日前に生まれている。兄貴なんだ」と胸を張った。25年も前に覚えた互いの生年月日を忘れずにいたのだった。松尾は理科系なのである。機械的な記憶力にも優れている。
松尾は、確か、何とか電子ソフトウェアというような社名の当時の先端産業で解雇され、その後、闘争に勝利して復帰したのだった。電算機関係の技術者だったのに、聞くと、案の定、インターネットしていない。労働組合は遅れているのだ。古いのだ。「JMIU」だなどと気取って、「金属」の狭さを広げて見せたからって、中身が変わらなければ駄目である。私は「お前は文盲だ」と言ってやった。
かなり酒が入ったところで、松尾は、昔の仲間の習慣で私を「愛ちゃん」と呼んだ。この親しげな呼び方には、やはり、魂胆が潜んでいた。「あんたは調べ屋だろ。モンテローザの経営分析やってくれないか」と言う。私は、日本テレビで調査課員だったこともがある。だから、「調べ屋」なのだ。当然、酔った勢いで、気軽に引き受けてしまった。争議団の当時にも、三菱重工など、いくつかの大企業の経営分析を、関連争議団から頼まれて引き受けたことがあるのだ。
ああ、また忙しくなるが、これも人生である。
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