自閉症児転落事件


事件概要:
2004年11月26日、東京都小金井市立第二小学校で、自閉症のNくん(小3)が、校舎2階の体育館倉庫への出入りを叱られ、倉庫内に閉じ込められたことにパニックを起こし、窓から約5メートル下に転落。下あごに全治1か月のけがをしたほか、奥歯5本が欠けた。

平成181214
母親の陳述書

私たちの息子(次男)は自閉症という障害を持って生まれてきました。
 独り言は沢山話しますが、人と言葉でコミュニケーションを取ることはなかなかできません。何があったのか伝えることもできません。何かを理解するとき、言葉を聴いて理解するよりも、絵や文字などを見た方が理解できるような子どもです。

 息子が自閉症と診断されたのは歳半の時でした。
 当時は、昼間は走り回る息子を追いかけ、夜は泣きながら一晩中起きている息子をおんぶし続けている生活に疲れ果て、この先どのような希望を持って子育てしていけばいいのかわからずに絶望感すら感じていました。
 そんな時、病院から紹介された療育先の先生や通園施設の○○学園の先生方に出会いました。先生方は自閉症について噛み砕いて説明して下さり、今まで持っていた価値観からでは見えない子どもの成長について教えて下さいました。何より、息子に対しての温かいまなざしが嬉しかったことを覚えています。
 また、息子には4人の祖父母がおります。障碍(しょうがい)があるとわかってからも、それ以前となんら変わりなく一人の孫として愛情を注いでくれ、時には将来を心配し、何かできたときには素直に成長を喜んでくれました。
 このように息子は多くの人の愛情に包まれ、私たちは親として本気で息子に幸せな人生を歩んでもらいたいと願うようになったのです。


 息子が就学を迎えた時、息子には人とかかわりたいという気持ちが育っていることを感じました。私は同年代の子どもたちと一緒に生活をしていく中で、息子にかかわり方を学ばせ、興味や関心を育ててあげたいと思いました。また、周りの子どもやその保護者に息子のことを知ってもらうことも大事なのではないかと思うようにもなりました。
 学校は、将来、歩いて通学することができる絶好の場所にありました。6年間かけてひとりで通学できるようになるかもしれないと夢は大きく膨らみました。私は、先生方に息子のことを理解してもらえるよう最大限の努力をしようと心に決めて、心障学級への入学希望を出しました。


 入学当初は、まだ若いG先生に息子のことを良く知ってもらおうと、私もいろいろな事を伝えました。
 先生の日ごろの接し方が、言葉に頼っているように見えたので、自閉症は一人ひとり違うことを知って欲しかったのです。そして、息子を見ていただいて3年経った頃には、息子の性格についても十分理解していただけるようになったと思っていました。そんな頃にこの事故は起こりました。


 息子は、体育倉庫の中で、言葉で激しく叱られた後、泣きそうな顔で「アーアー」と言いながら、手を前に出す仕草をしていたそうです。でも、G先生は扉を閉めました。すぐには開けなかったのです。「閉めないで」と言えない息子の最大級の表現を無視して閉じ込めたのです。息子はその場から何とか逃げようとして、窓から落ちてしまった、その時息子が感じた恐怖を思うと胸が絞めつけられます。5メートルを超す高さから落ちた息子には、死の危険さえあったのです。

 G先生は、そのことを知っていながら子どもを捜すことよりも先に、隠蔽工作をしていたのです。さらに、養護の先生やお医者様に「倉庫の中で転倒した」と説明し、いかにも倉庫の中で転倒したかのような証言を繰り返していたのです。
 私は、G先生のこのような行為を知ったとき、ショックの余り身体の震えが止まりませんでした。息子は、校舎の2階から落ちて血だらけになっているのに救急車も呼んでもらえなかったのです。


 事故後の対応という点では、学校長や、教育委員会も同じでした。
 納得のいく説明を求めれば「これ以上は裁判だ」と言われ、彼らが決して動かないと言っていた警察は、私たちが相談に行くとすぐ捜査に入りました。
 さらに、教師が「外に落ちた」と証言をしてもなお、落ちたことを認めない態度。裏切られる度に受けた私たちの心の傷は容易に癒されないほど大きなものになりました。私は動悸が止まらずに、心療内科に通うようになり、深い悲しみはやがて強い憤りに変わっていきました。


 自閉症の子どもが通院するということは、普通では考えられない苦労がたくさんあります
 息子の場合、幼い頃からの掛かりつけの歯科医でもその治療は困難なものになりました。
 息子の口の中の状態は想像を越える程の損傷で、抜歯しようとした歯は、手をつけると細かく割れ、抜ききることはできませんでした。ある時には、出血がひどく、その血を見た瞬間、息子の表情は私が今まで見たことのない恐怖の顔つきに変わっていました。診察室から待合室まで血を流しながら暴れて泣き喚き、大きなパニックを起こしたのです。その姿を見て、私はこれ以上苦しめることはできないと思い、全身麻酔での治療を選択しました。もちろん、全身麻酔の治療にも様々なリスクはありましたが、あの事故を思い出すような精神的な苦痛を与えたくないという思いから、やむを得ず全身麻酔治療を行なっている病院を捜すことにしたのです。麻酔の副作用から、嘔吐を繰り返す息子をさすりながら入院の夜は明けました。
 治療した歯の周辺は、事故から半年以上たってもまだ顔の形が変わるほど腫れることもあり、2年以上経った今も完治していません。


 また、顎と脳のCTスキャンを撮るのも大変な苦労でした。息子はじっとしていることなどできないので、睡眠誘導剤を使わなければなりません。それでもなるべく薬を少なくするために、予約時間に完全に眠れるよう夜中の時には息子を起こし寝不足の状態で病院に向かいました。規定分量の薬を飲みきるために水分不足にし、眠るまで病院の廊下で息子を抱きかかえていました。
 全身麻酔の時と合わせて、合計三回も、「この薬で万一のことがあっても責任を問わない」という誓約書にサインをしました。


 このような治療や検査は、健常の子どもであれば、危険を伴う薬などを使って眠らせる必要などなく、ほんの数分じっとしていればいいものばかりです。障碍のある子どもだからこそ、このような大掛かりなことになるのです。本人はもちろんのこと、親の負担は同じような子どもを育てている親にしか分からないものですが、当然、心障学級の先生でもご存知のはずです。
 それだけに子どもに何かあった時には、その状況を正しく伝えてもらうことが重要で、そうでなければ、適切な診察をしていただくことができません。このことも十分ご承知のはずです。
 こんな事故が起こらなければ、息子も私たちも心身ともに激しい苦痛を受けることはなかったし、こんなに長く辛い日々を送らずに済んだのです。


 今回の事故は、「人としての心」を持っていれば、起こりえなかったことではないでしょうか。「学校」という場所で「先生」という教育者が起こしたこととはとても信じられません。
学校長や教育委員会のこのような対応がまかり通っては、安心して子どもを預けることなどできません。どこの学校に行っても不信感が募るばかりです。


 子どものお手本となるべき教師が起こした、防ぐことができた事件としてきちんと反省してもらい、学校長と教育委員会には子どもの障碍を理由に責任逃れをするような対応を二度として欲しくないと思っています。

私たちは今回、同じような思いをしている自閉症の子どもが少なくないことを知りました。息子のことをうやむやにしてしまっては、またどこかで繰り返されると感じたのです。

裁判を起こすことには戸惑いがありましたし、正直なところ大きな決断でもありました。それでも、裁判所の判断を伺いたかったのです。どうか、自閉症の息子の未来に希望が持てますよう、ハンデのある子どもたちが不利益をこうむることの無いよう公正なご判断をお願い申し上げます。


父親の陳述書

 裁判官の皆様、今回の私たちの裁判にあたって、ぜひとも自閉症児に対する認識をより深めていただき、ご理解のある判断をいただきたく、以下の三点をお願い致します。

 第一点目ですが、言わば障碍(しょうがい)児教育のプロフェッショナルとも言える心障学級の先生とそれを育てた学校長、さらに学校を指導する立場の教育委員会の起こした、とても深刻な事件だということを改めてご認識いただきたくお願い致します。
 
G先生は、年間、同じ心障学級で教えていましたこの長い間に、G先生が障害児教育の専門知識を十分持つことができなかったこと、また学校や教育委員会が指導することができなかったことが問題ではないかと思います。

 第二点目ですが、これまで数多くあると思われます健常児の学校事故の裁判例とは全く違う判断基準をもってご審議いただきたくお願い致します。一般の子どもはこうだからとか、一般の指導はこうだからといった基準ではなく、自閉症児はこうである、自閉症児教育はこうであるという基準をもってぜひともご審議ください。
 今回、学校長や市の教育委員会が“健常児なら話せるからいいけど、自閉症児は話さないから事故原因がわからない”と言って事故原因を曖昧にしたことこそ、大いなる差別だと私たちは思っています。こんなことが、常識と判断されるようでは、障碍児やその保護者たちは学校で起こった理不尽な出来事に対して、いつまでたっても泣き寝入りを繰り返さなければいけなくなります。


 さらに、第三点目としては、今回の先生の行為は教育委員会が報告書で書いている「不適切な指導」などというものでは絶対にないということを認めていただきたいということです。
 今回の先生の行為は、自閉症児である息子が言葉による指導を理解しづらいということを知っていながら、強い叱責を繰り返し、パニックを起こさせた上に倉庫に閉じ込めるなど、自閉症児を持つ親にはとても信じられない、あってはならない行為です。
強い叱責は、息子にとっては「言葉」ではなく「暴力」となったのです。閉じ込めた行為自体、なんら「指導」の意味も意図もない「虐待」と言えるものです。

 密室から逃げようとして階から落ちた息子は運良く生きていましたが、心身ともに深く傷つきました。もう誰にもあのような痛い思い、怖い思いはさせたくありません。

 私たちのような障害のある子どもの親は、普通の子どもの親よりも、学校に対して「預かってもらっている」という意識を強く持っています。極力、学校とはトラブルを起こさないようにと思っている親は多いのではないでしょうか。
 でも、何も言わないことが子どもたちのためになるとは思えません。私たちにとっても大変な裁判になるかもしれませんが、この裁判でしっかりとしたご判断をいただくことが、私たちの息子のためだけでなく、多くの障碍を持つ子どもたちのためになると思っています。どうぞ、この思いをご理解いただいて、ご審議いただきたくお願い申し上げます。









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