わたしの雑記帳

2008/7/31 所沢高校井田将紀くん・自殺事件 の棄却判決。

2008年7月30日(水)、13時20分から、さいたま地裁で、所沢高校井田将紀くん(高3・17)・自殺事件の判決があった。
30分ほど前に、傍聴券が配布となった。一瞬、抽選になったらまた外れてしまいそうとドキドキする(今月も1件、傍聴しに行った裁判で抽選にもれて、すごすご帰ってきてしまったので)。なんとか、抽選には至らず、傍聴券配布後に来た支援者たちも、どうやら全員が法廷に入れたもよう。傍聴席はほぼ満席だった。
法廷には、TBSテレビのカメラが来ていた。

裁判長は岩田眞氏の裁判と同じ裁判長。裁判官は瀬戸口壮夫氏、清水亜希氏(me070915榎本侑人くんの裁判=継続審議中と同じメンバー)。判決は「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」。実にあっけなく、そっけないものだった。

井田さんと弁護団が記者会見をしたあと、さいたま弁護士会館で、報告会があった。
この日のために、わざわざ遠方から駆けつけてきた同じく教師の指導で子どもが自殺した長崎の安達雄大くんのお母さん(040310)、兵庫の西尾さん(020323)、ラグビー部の顧問にシゴキのターゲットにされ自殺した金沢昌輝くんのお母さん(020325)、井田さんと同じ埼玉で、お菓子を食べたことで指導された直後に自殺した大貫陵平くんのお父さん(000930)らも参加していた。
それ以外にも、多くの子どもを自殺で失った親たちが来ていた。そして、井田将紀くんの中学、高校の元同級生たち。

報告会に参加したのは、杉浦ひとみ弁護士、高辻庸子弁護士、山下敏雅弁護士。
この裁判の主な争点は4つ。
(1)将紀くんの死亡が自殺によるものか否か。
(2)本件事実確認に関与した教諭5人の安全配慮義務違反の有無。
(3)教諭らの安全配慮義務違反行為と将紀くんの死亡との間の因果関係の有無。
(4)原告に生じた損害額。


しかし、裁判所が判断したのは、(1)と(2)。
(1)の将紀くんの自殺については、被告の所沢高校及び埼玉県教育委員会(埼玉県)は、駐車場の2階という比較的低い場所から飛び降りたこと、将紀くんが日ごろから自殺に対して否定的な考えを持ってたことを理由に、誤って落下した事故であるととして、「一貫して自殺とは考えていない」と主張していた。
しかし、裁判所は、将紀くんが母親の携帯に「ほんとほんと迷惑ばっかかけてごめんね」とメールを送っていることなどを理由に、自殺と認定。

(2)本件事実確認に関与した教諭5人の安全配慮義務違反の有無については、「本件事実確認の対象になった将紀の非違行為の内容は決して軽度なものとはいい難いところ、本件事実確認の実施に際し、教諭らが選択した場所、時間等は適切であり、その方法においても、事実確認の開始から終了に至るまで、威圧的ないし執拗に将紀を追及するものではなく、むしろ将紀の意見を尊重しながら慎重に行われたものといえ、そのため、かえって長時間を要したとさえいえるものである。教師と生徒の間には、その立場の違いから潜在的に権力的関係が存在し、また、一般的に高校生が思春期の多感な時期にあたることを考慮すると、5人の教師が同時に立ち会ったことや、将紀に休憩を全くとらせなかったことについては、結果としてみれば、配慮すべき余地がないとはいえないものの、上記のとおり、将紀の非違行為が軽度とはいえないことからすると、自己の行為について認識し、考えることもまた、成長過程にある生徒にとって必要なことであり、本件事実確認が、教師の生徒に対する指導の一環として、合理的範囲を逸脱した違法なものということはできず、本件事実確認に関与した教諭5人に安全配慮義務違反は認めない。
したがって、争点(3)及び(4)について判断する必要はない、とした。

原告弁護団によれば、通常、死亡事案の場合、
@ なぜ、その人が亡くなったのを判断する。
A @で、学校の行為と死の因果関係を判断する。
B 最後に、学校に落ち度がなかったかどうかが判断される。
しかし今回、Aの教師らによる事情聴取がなくても将紀くんは死んだのかどうかの判断はなされなかった。

そして、5人の教師が2時間にわたって、子どもへの事情聴取をしても、違法ではないというお墨付きを与えてしまった。
何も考えずに5人の教師を呼んでいる、教師間に「将紀くんが何をしたのか」という最低限の情報の共有さえないままに行われた、試験後に食事はおろか給水やトイレの休憩時間さえ与えられず、せまい部屋のなかで行われた聴取のおかしさを、もっと総合的に判断してほしかったと話した。

井田さんは、誰のための法律なのか、国民を守るためのものではないのかと、かなり悔しいと話した。
裁判官は、生徒の証言を採用せず、教師の言うことが正しいと判断した。こっちの言うことを理解してくれないと思った。
自分たちの意見がここまで通っていないとは思わなかった。
息子の死の選択をいいとは思わない。しかし、そこまで追いつめたものがある。
将紀くんの自殺の原因は、その前の言動からして、先生たちの指導以外には何もない。世間では、自殺する子はひ弱で、神経質な子どもという偏見があるが、将紀くんはまったく違う。他の教師の指導で自殺した子どもたちもそうだった。弱い子、繊細な子が自殺するのではなく、誰にでも起こり得るのだということ。
裁判で、こういう結果が出てしまったら、先生たちは、やはり自分たちのやり方に問題はなかったと思ってしまう。それが悔しいし、怖いと。


*********
私見

多くのひとは、この事件をどう見るだろう。
カンニングを疑われて仕方がないことをしながら、それを責められて生徒が自殺した。自業自得なのに、今度は母親が学校を訴えた。モンスターペアレントの典型だと。

裁判所は「将紀の非違行為の内容は決して軽度なものとはいい難い」と認定している。
ある程度予想はしていても、あまりに学校・教師の言い分に偏った事実認定に、これでは、再発防止は適わないと危機感さえ覚える。
将紀くんは、カンニングをしようとして1時限目の日本史テストにペーパーを持ち込んだことを素直に認めている。しかし、カンニング行為自体は否定。
将紀くんのペーパーが見つかったのは、2次限目の物理の時間。試験監督の教師は物理の公式が書いてあったように見えたと主張して追及した。しかし、将紀くんが制服のポケットから出したのは、日本史のペーパー。
物理のテストの時間に日本史のペーパーを見ていたことについて、将紀くんは物理のテストで時間が余ったので、日本史のペーパーを確認していたと話した。
しかし、監督した教師は、自分が見たと思っている物理のペーパーに固執し、将紀くんの説明には合理性がないとして、追及している。

将紀くんの死後も、どこからも物理のペーパーは見つかっていない。日本史のペーパーの文字は11ポイント。視力はよいという教師だが、将紀くんの弟が試したときには、文字を判別することはできなかった。
物理のテストの時間に見ていたのだから、物理の公式や記号が書いてあるはずだと思い込みがあったのではないか。
もし、その思い込みがなければ、1時間45分にもわたって、事情聴取されただろうか。
仮に、日本史で疑われても仕方がないことをしたのだからと、カンニングと認定されたとしても、もっと短時間で済んでいただろう。

原告は、実際には日本史のテストのときにも、将紀くんがカンニングしているところは誰も見ていないこと、物理のペーパーの物的証拠がないこと、将紀くんは元々、物理の点数はよく、このテストでも71点とっいることなどをもって、カンニングをしていないであろうことは主張しているが、争点はそこにはない。
仮に将紀くんが、カンニングをしていたとしても、私はやはり、5人もの教師から、長時間にわたって追及されるような事案ではなかったと思う。
将紀くんが、どのように話をすれば、先生方は納得したのだろうか。人間の行動など、必ずしも合理的に説明のつくことばかりではない。ましてや高校生だ。物理のテストで、日本史のペーパーを見ていたのはおかしいと言われても、これ以上、説明のしようもなかったのではないか。
しかし、教師が一旦思い込んだら、どんなふうに話しても信じてもらえない、納得してもらえないことに絶望を感じたのではないか。しかも、その原因を自分がつくってしまったことは十分に自覚しているだけに、怒りの矛先は自分に向かってしまったのではないか。
少年事件でも、大人の事件でも、思い込みの捜査から、どれほど多くの冤罪が生まれてきたことか。にもかかわらず、地裁の裁判官までが、判決のなかで、「将紀は上記のようなペーパーを見ながら、本件試験の解答を記入していたのであるから、同人は本件試験において、がカンニング行為を行ったか、少なくともその疑いが極めて濃厚と認めざるを得ない」と認定している。
将紀くんが生きて、もし、この裁判のなかで、「本当にカンニングはしていないんだ」と訴えたとしても、この裁判官は、「疑わしきは被告人の利益に」ではなく、子どもであること理由に、「クロ」と認定したのではないか。

弁護団のひとり、山下敏雅弁護士は、これが大人の自殺であれば、今はかなり企業側の責任が認められる流れになっているのにと話した。
将紀くんがもし、大人であったら、教師と対等の立場であったら、きっと5人もの人間に1時間45分にわたって、「やっていない」と本人が主張している内容について、これほど追及されることはなかっただろう。
多くの体罰事件、わいせつ事件でさえ、学校・教育委員会は、教師への聞き取りは甘い。生徒の目撃証言があってさえ、自分たちは警察ではないので、本人がやっていないといえば、それを信じるしかない、などと言う。

これがもし、誰かを傷つけてしまうなどの重大な非行行為をしたとしても、5人もの教師が、たった1人の生徒を追及してよい理由になるだろうか。会社でミスをしたとして、小さなごまかしをしてしまったとしして、もし、5人もの会社役員に狭い部屋で取り囲まれたら、大人でもどんなに追いつめられた気もちになるか。パワハラと呼ばれる行為ではないか。
テレビの刑事ドラマでもし、被疑者を5人もの刑事が取り囲んで、自白を迫っていたとしたら、どう思うだろうか。いくらなんでも、やりすぎだとは思わないだろうか。大人の犯罪者であっても、せいぜいが尋問役が2人、記録係りが1人だろう。
まして、将紀くんはそれまで、問題行動はなかった。裁判所も「将紀は、日常の学校生活においてはごく普通の真面目な生徒であったことが認められる」と認定している。

もちろん、カンニングは悪いことだ。子どもにもきちんと指導する必要はある。
しかし、その目的はなんだろう。子どもにやったことをきちんと報告させ、二度と同じことを繰り返さないよう、反省を促すことではないか。「見たはず」という思い込みを否定され、教師のコケンにかかわるとばかり、意地になってしまったのではないか。

裁判所は、「本件事実確認の実施に際し、教諭らが選択した場所、時間等は適切であり、その方法においても、事実確認の開始から終了に至るまで、威圧的ないし執拗に将紀を追及するものではなく、むしろ将紀の意見を尊重しながら慎重に行われたものといえ、そのため、かえって長時間を要したとさえいえるものである。」と認定している。

しかし、教室ですでに、担当教師は教室中に聞こえるような大きな声をあげている。
褒めるときにはみんなの前で、叱るときには周囲にひとのいないところでというのが、企業ならず、学校での指導の常識ではないだろうか。まして思春期。たとえそれが自業自得の行為であっても、他者を害するなどの緊急の場合ではないのだから、コンコンと机をたたいて、教師が気づいているぞというサインを送るだけで、あとでこっそり呼んで指導するのが、今後もそのクラスでやっていかなければならない生徒への配慮というものではないだろうか。

このように、場所やその後の将紀くんの立場や影響を考えることなく、大きな声をあげる教師が、密閉された部屋のなかだけでは急に、将紀くんの気持ちに寄り添い、やさしい言葉で、事実確認をしたなどと信じられるだろうか。
しかも、5人の教師の1時間45分の間の言動を裁判所はそのまま事実認定しているが、再現ビデオの結果からも、その会話の少なさは不自然だ。そのことは、再現ビデオを観た多くの教師が証言しているが、裁判所は、部屋や窓などの条件が違うことのみをもって、再現ビデオの印象を証拠採用できないとした。

5人の教師は情報の共有もなく、役割分担もなく、その部屋に集められた。こんなに無計画なものを指導と呼んでよいものだろうか。子どもが、集団リンチをするときに、相手に威圧感を与えるために仲間を呼ぶ。呼ばれたほうは、その人物がなぜリンチを受けているか知りもせず、ただ仲間意識やストレス発散のためにリンチに参加する。そんな図に似ている。
これがもし、1発2発でも殴られていたら、少しは教師の違法性が認められただろう。有形の暴力は認められても、精神的な暴力はまだまだ認められにくいと感じる。

1時間45分の事情聴取が行われたのは、試験の最終日。試験勉強で当然、寝不足が予想される。そんななかで、飲食なし、休憩なしで長時間行われた事情聴取。寝不足のときには、人間誰しも判断力や思考力がにぶる。肉体的疲労は、心理的にも影響を与える。将紀くんの自殺に多少なりとも影響があったのではないだろうか。

そして何より、3年生の1学期であったこと。高校3年生のこの時期、大学受験に向けて、内申書の点数を考えても、焦る気持ちがピークに達していただろう。だからこそ、カンニング用のメモまでつくってしまった。
いじめや教師のしっ責による児童生徒の自殺は文部科学省の統計上、毎年のようにゼロが続いてるなかでも、成績や進路の悩みによる自殺は毎年、何人かの数字があがっている。生徒の悩みのうち、「進路」が占める割合がいかに大きいかは、高校教師であれば、わかっていて当然だろう。
かつて、いじめの加害者が、いじめたことではなく、そのことを内申書に書かれたら、推薦を受けられなくなると絶望して自殺した事件もあった。
勉強や受験をめぐっての悩みもピークに達する中学3年生、高校3年生はの時期はなおさら、教師はその言動の生徒に与える影響について十分な配慮しなければならないと思う。

その日、将紀くんの処分について、ペーパーを持ち込むこと自体は問題とされたが、本件試験については、日本史に関する内容を記載したペーパーを持ち込んだという将紀くんの説明に従い、いずれもカンニング行為とは認定せず、試験に不必要なものを持ち込んだものとして認定。そのうえで、将紀くんの処分を生徒指導委員会の原案として、「校長注意」とするのが妥当であるとの結論に達したという。まだ、決定事項ではないとはいえ、もしそのことが、予測であってよいから、将紀くんの耳に入っていたら、死なずにすんだのではないか。
「当時は、カンニングとは認定されず、試験に不必要なものを持ち込んだものとして認定。」だったものが、裁判になるといきなり、「カンニングをしていた」と断定することの矛盾もある。


年中、いろいろな問題行動を起こしている生徒であれば、このくらいの内容であれば、このくらいの処分と予測がつくだろう。大したことにはならないだろうと腹をくくることもできる。
しかし、そのような経験のなかった将紀くんにとって、この先、自分の将来がどうなってしまうのか、見通しがまったく立たずに、絶望的になってしまったのではないか。まして今は、大学入試も内申書がものを言う。全科目0点にされたり、カンニングをしたなどと書かれてしまったら、将来の夢が断たれてしまうと思ったのではないか。
教師は、少なくとも、今後の見通しについて、話しておくべきだったと思う。

1985年3月23日、岐阜県恵那市の岐阜県立中津商業高校の竹内恵美さん(高2・17)は、期末試験で追試だったことに対し、陸上部顧問や担任教師から計4時間45分に及ぶ訓戒を受け、参加予定だった陸協主催の強化合宿にも、「お前は連れて行かん」と言われて、自殺した。(850323)
恵美さんの死後に顧問は「合宿には参加させるハラだった」と説明しているが、本人には伝えていなかった。

しっ責された子どもにとって何が一番辛いことなのか、その子の夢はなんなのか、配慮する義務が学校・教師にはあると思う。
一番辛いことをされれば、大人だって自殺したいと思う。子どもならなおさら、視野狭窄(しやきょうさく)になってもおかしくはない。


将紀くんは、母親ひとりの手で育てられていた。将紀くんの夢は、「大学に進学し、将来は公認会計士になり、母親の面倒をみること」だった。それが、将紀くんにとってどんなに切実な夢であったかは、在学して2年以上たっているのた゜から。高校教師にわからないはずがない。
ところが、ペーパーを持ち込んだだけで、カンニングを疑われ、しかも、日本史だけでなく、物理に関してもカンニングをしたと教師たちには思い込まれてしまった。場合によっては大学進学も、公認会計士になる夢も挫折してしまうかもしれない。そして何より、母親に苦労をかけたくない、苦労してきた母親に少しでも楽をさせてあげたいという夢が費えて、母親をがっかりさせ、悲しませてしまうと思ったら、いたたまれない気持ちになったのではないか。


「子どもが悪いことをしたのだから、教師の行為は当然で、文句をつけるほうが悪い!」と批判する人たちへ。
子どもというのは未熟なもので、いろいろと間違いをおかしながら成長していく。しかし、その間違いが許されなかったら、ひとつの間違いに対して、大きなペナルティを課せられるとしたら、絶望的になるだろう。
子どもだけでない、大人だって間違いもある、失敗もある。でも、やり直しがきくと思えば希望も持てる。自分で心底、バカなことをしてしまったと後悔し、落ち込んでいるときに、寄ってたかって責められたら、私だって死にたくなる。落ち込む気持ちを、「大丈夫!」と支えてくれるひとがいて初めて、人生に希望をもてるようになる。

「本人がいじめられたと思えばいじめ」。その相手が大人だったとしたら、教師だったとしたら。理論的に正しければ、何をしてもよいのか。
もし、町の本屋で万引きの疑いをかけられたら、みんなの前で大声で呼び止められ、それを近所の人たちが見ていたら。考え事をしていて、ついうっかり本を手にしたまま、売り場を出てしまっただけだとどんなに言い訳しても信じてもらえなかったとしたら、ほかにもやっただろうと疑いをかけられたら。もしかして、このまま信じてもらえず、職場や家族にまで伝わってしまうと思ったら、どれだけ絶望的な気持ちになるか。
その気持ちを思春期の子どもたちに背負わせてしまってもよいのだろうか。教師の指導に傷ついて、子どもが何人死のうが、教師は悪くないとされるなら、ますます配慮のない、心と体を傷つける言動がまかり通ってしまう。
チカン冤罪には共感的な人たちが、子どもたちに対する冤罪には、疑われるほうが悪いとばかり冷たい目でみる。
子どもたちの死を、本当に子どもたちやその親の責任にだけしてしまってよいのだろうか。また、同じことがおき続けてもよいのだろうか。少しでもわかってもらいたいと思う。


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