申 立 書


放送と人権等権利に関する委員会 御中

申立年月日 2001年7月24日

申立人 「女性国際戦犯法廷」国際実行委員会
共同代表 尹 貞玉
同 インダイ・サホール
同 松井やより
申立代理人 弁護士 飯田正剛
同 大沼和子
同 中村秀一
同 緑川由香
同 日隅一雄

第1 権利侵害の種類

名誉権

第2 放送倫理違反

1 正確に報道する義務違反
2 公平原則違反
3 説明義務違反

第3 発生年月日

2001年1月30日

第4 放送局

日本放送協会(以下「NHK」という)

第5 番組名と放送時問

ETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」第2回「問われる戦時性暴力」
2001年1月30日午後10時

第6 権利侵害の内容

1 申立人及び「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」

 申立人は、2000年12月8日から同月12日までの間、九段会館(東京都千代田区)等で開催された「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷](以下、「本件法廷」という)を主催するために結成された委員会である(資料第15号証の「法廷の背景と目的」及び憲章1条参照)。申立人は、@加害国代表であるNGO「『戦争と女性への暴力』日本ネットワーク」(松井やより代表。以下、単に「ネットワーク」という)のほか、A被害国6か国のNGO等及びB第三者である国々の有識者らで組織された国際諮問委員会で構成されており、共同代表者は、尹貞玉(A代表)、インダイ・サホール(B代表)及び松井やより(@代表)である。
 本件法廷では、旧ユーゴ国際戦犯法廷前所長であるガブリエル・カーク・マクドナルドら国際法の専門家5人が裁判官として、アジア・太平洋戦争中の日本軍による性暴力について、人道に関する当時の国際法を規範として、審理をし、東条英機元首相、板垣征四郎元陸軍大将及び昭和天皇等を起訴し、昭和天皇に対して有罪の判決を下した。審理は、犯罪類型や訴訟手続を定めた15条からなる憲章に基づいて行われ、日本軍「慰安婦」であったアジア及びヨーロッバ8か国の女性20数人のほか、加害兵士及び歴史、国際法の専門家等が証言をした。

2 侵害の事実

(1) 放送内容

 NHKは、本件法廷を、2001年1月29日から同年2月1日までの4日間連続で放送されたETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」(以下「本件シリーズ」という)の第2回「問われる戦時性暴力」(以下「本件番組」という)で取り上げた。
 本件番組が当初予定していた構成は、第7の3で述べるように本件法廷についてつぶさに追う、即ち本件法廷の核心部分を取り上げるものであった。しかし、実際に放映された本件番組は、@本件法廷の主催者である申立人などを紹介することもなく、A本件法廷内の様子を伝える映像をほとんど使用せず、B本件法廷がいかなる者の責任を問うものであるかを明らかにせず、C被害者や加害兵士の証言内容を紹介することもなく、D本件法廷で昭和天皇に対して下された判決の内容などを報道することもなかった。そのうえ、放映直前に急遽インタビューを受けたコメンテーターが、本件法廷に対して、@日本軍「慰安婦」問題についてはBC級戦犯裁判で裁かれており、一事不再理の原則に反するA本人の申立以外に証拠がなく、事実認定として不十分であるB弁護人がいないなどという「問題点」を一方的に批判するインタビュー映像を追加して放送した。

(2)名誉権侵害

 以上のように、NHKは、本件番組において、@本件法廷が開催された経緯、主催者及びその構成員の名称・性格をまったく明らかにしなかったほか、A本件法廷の審理の内容をほとんど放送せずかつ判決には言及もしなかったうえ、B本件法廷に関する一方的な批判意見を報道しその意見に反論する機会を申立人に与えなかった。
 このように、本件番組において本件法廷の重要な核心部分が削除・隠蔽されたまま報道された結果、視聴者に本件法廷の意義・内容が矮小化・歪曲化して伝わり、もって、本件法廷の主催者である申立人の名誉が著しく侵害された。
 なお、NHKは自ら「日本放送協会番組基準」(以下、単に「番組基準」という)を定め、「個人や団体の名誉を傷つけたり、信用をそこなうような放送はしない,」(第1章第1項2号)と名誉毀損をしないことをうたっているうえ、平成11年4月に新たに発表した「放送倫理の確立に向けて」という指針(以下「倫理指針」という)においては、「取材相手をはじめ関係者の立場に立ち、人権を尊重し、名誉毀損やプライバシーの侵害にならないよう配慮する。また、関係者の業務などへの影響にも十分注意して、コメントや編集のカットに至るまで気を配る」と定めており、自らの規範に反していることは明白である。

第7 放送倫理違反の内容

1 放送倫理違反 I (正確に報道する義務違反)

 NHKは「番組基準」において、「ニュースは、事実を客観的に取り扱い、ゆがめたり、隠したり、また、せん動的な表現はしない。」(第2章第5項2号)と表明し、「倫理指針」においては、「NHKのニュース・番組は『正確』でなければならない」と表明している。
 上記2つの表明は、報道する対象について正確に報道することを自ら定めたものである。この正確に報道するという原則は事実をできるだけ誤りなく視聴者に伝えようという趣旨から定められたものであり、本件法廷のように論議を呼ぶことが明白な催事にあっては、開催経緯、主催者の名称並びに性格を報道したうえ、その審理内容を視聴者の理解可能な程度に報道することは不可欠である。
 しかるに、NHKは、前述のごとく、本件法廷が開催された経緯や主催者及びその構成員の名称を伝えなかったうえ、審理内容の報道が極めて不十分で、審理の対象である被告が誰であるか、また審理結果である判決にもまったく言及しなかった。
 もっとも、放送時間が限定されたニュースなどであれば時間的制約から内容面の充実度が不十分となることもやむを得ない場合もあるであろう。しかし、本件番組は、本件法廷を取り上げた特別番組であり、時間的制約はなく、上記の本件法廷の核心部分を削除する必要は全くなかった。まして、本件番組の放送時間は40分で、本件シリーズの各番組中唯一4分間短く編集されており、他の番組同様の時間(44分)を充てていれば、十分に主催者の名称・内容等を説明することができたはずである。ちなみに、本件番組のみ4分間短く削除して編集する必要性はまったくなかった。

2 放送倫理違反 II (公平原則違反)

  NHKは、「番組基準」において、「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う。」(第1章第5項1号)と定めたうえ、「倫理指針」において、「公平・公正の立場を堅持する」とうたっている。もちろん、これらの規定は、意見が分かれるものについて意見を全て時間的に平等に取り扱うこと等形式的な「公平・公正」を求めたものではない。それでは、少数意見を通説と同様に扱うことになり、かえって事実を歪めることになりかねない。これら規定でいう「公平に」取り扱うとは、意見の分かれる両者に自分の言い分をいう機会を与えたうえで、NHKが自ら編成し報道することを指す。両者に言い分を述べる機会を与えない限り「公平に」取り扱うことは不可能だからである。NHKも「倫理指針」において、「公平さは、見かけ上の単純な中立性によってのみ得られるものではなく、公平さを求める厳格な姿勢によって確保されるものである。」と言明している。これは、「公平さを求める厳格な姿勢」の重要さを内外にうたったもので、言い分を述べる機会を与える必要があることをNHK自ら表明しているといえる。
 しかるに、NHKは、前述のごとく、放送直前になって、秦郁彦・日本大学教授(以下「秦教授」という)にインタビューし、秦教授が本件法廷に関する一方的な批判を述べる場面を報道する一方、申立人にはそのようなインタビューの内容を伝えず、したがって、本件法廷に関する一方的な批判に対する反論の機会を申立人に与えなかった。
 この結果、秦教授が述べた本件法廷に対する@日本軍「慰安婦」問題についてはBC級戦犯裁判で裁かれており、一事不再理の原則に反するA本人の申立以外に証拠がなく、事実認定として不十分であるB弁護人がいないCアメリカ人が主席検事と裁判長を独占しているのは不可解であるD慰安婦は当時合法的なもので、同国人の女街により従軍させられた者も多いなどの批判についての問題点を指摘する異なった見解に視聴者が接する機会を喪失させ、公平原則に違反することとなった。
 特に、本件法廷に対する批判意見を申立人に反論の機会を与えることのないままに報道する一方で、主催者の名称を報道しないことによって、視聴者は批判意見の真偽について確認する機会を失い、一方的な批判をあたかも客観的に正しいものとして受けとめることを余儀なくされた可能性があり、公平原則違反の問題は重大である。

3 放送倫理違反V(説明義務違反)

 NHKは、「倫理指針」において、「取材相手には、取材の意図・内容や取材結果の取り扱いを正確に伝える。取材の許諾を得るために、番組のテーマや取材趣旨をゆがめて伝えたり、あいまいにしてはならない」、「制作過程で、あらかじめ取材相手に伝えていた目的や内容に変更が生じた場合は、改めて、取材相手に説明しなければならない」とうたっている。
 しかるに、NHKは、ネットワークを通じて、当初予定していた番組構成(資料18参照)に基づき、本件法廷をつぶさに追う番組、すなわち、@本件法廷の主催者である申立人などを紹介して本件法廷の意義を報道し、A本件法廷の内容を被害者や加害兵士の証言内容を紹介して報道し、B本件法廷で昭和天皇が被告になったことや昭和天皇に対する判決の内容などを報道する番組を作成することを約束していたが、事前に申立人に連絡・説明することなく、当初の番組内容を大幅に変更し、本件法廷をきちんと写すことすらせず、昭和天皇が被告になったことや昭和天皇に対して有罪判決が下されたことなど本件法廷の趣旨を照らかにする内容を削除した。
 これは明らかに自らが「倫理指針」で定めた放送倫理に反する。

第8 本件の背景

1 本件において、NHKが前述したような申立人の名誉権を侵害し、放送倫理に違反した背景には、右翼グループが、本件法廷が本件番組で取り上げられることを知り、本件法廷が昭和天皇の戦争責任を追及するものであることから、本件番組の放送中止を求めて街宣車でNHK放送センターに乗り付けるなどの抗議運動を繰り返したという事情がある。
 この結果、前述のとおり、NHKは当初予定していた番組構成(資料16参照)を変更し、本件法廷の内容を紹介する時間を削減し、昭和天皇が被告になったことや昭和天皇に対して有罪判決が下されたことなどを削除して本件番組を放送したを。

2 具体的には、NHKが、昨年11月8日、「おはよう日本」のニュースコーナーで、また、同月12日には午前7時のニュースで、本件法廷の一部を報道したところ、右翼団体が報道内容に反発し、NHKに対し、執拗な抗議運動を行うようになった。
 さらに、いよいよ本件番組が放送されることを知った右翼団体は、平成13年1月25日、右翼の「国民新聞」の掲示板に「NHK反日番組に抗議デモ」という見出しで、番組放映に「抗議するため27日(土)と28日(日)の午前10時、JR原宿駅・渋谷寄り出口に集合」との記事を掲載し、動員を呼びかけた。これを受けて、27日に2回、右翼が街宣車でNHK放送センターに乗り付け、放送中止を求める抗議を行ったほか、28日以降も抗議に来た。同時に電話による抗議も連日続き、業務が妨害されるほどだった。

3 このため、NHKは、急速、秦郁彦教授による本件法廷に批判的なコメントを挿入したり、昭和天皇などが被告になっていることや被告に対する有罪判決削除するなどして本件番組を改変した。

4 このような一部政治団体の圧力により、番組内容を変更し、放送倫理に違反することは、免許制により放送を行っている放送局、特に公共放送たるNHKにおいては、あってはならないことである。NHKが倫理指針において自ら「公平・公正の立場を堅持する」と定めていることに明らかに反する。

第9 放送局との交渉経過と要求

 申立人は、本件番組放送後の平成13年2月24日、NHKに対して抗議声明を出して、本件番組の不適切な部分を指摘するとともに、番組制作の過程の公開と共に改めて本件法廷を公正に報道することを求めた。
 しかし、これに対し、NHKは何らの回答をしていない。
 また、申立人を構成するネットワークからの抗議に対しても、NHKは番組制作の方針を変更したことはなく、特定の団体等による圧力によって番組内容を変更したという事実もないと回答するのみで申立人らの抗議を真筆に受けとめ協議しようという姿勢は毫も感じられない。
 さらに、本件番組については、民主党衆院議員大出彰氏が、衆議院総務委員会で質問を行ったが、海老沢敏NHK代表理事は、真筆な回答を行わなかった。
 そこで、申立人はNHKに対し、

@本件法廷の主催者である申立人の名称・性格等を隠蔽して報道せず、かつ、本件法随について十分な報道をしなかったため、申立人の名誉を毀損したことに関するNHK会長名による謝罪文
A本件番組と同一時間帯での謝罪文の放送
B本件法廷を正確に伝える番組の制作及び放送を求める。

第10 証明方法

1        本件番組録画テープ
2        1の反訳
3の1ないし2 従前予定されていた本件番組の台本
4        ビデオ「沈黙の歴史をやぶって/女性国際戦犯法廷の記録」
5        番組提案票
6        憲章
7        女性国際戦犯法廷パンフレット
8        「日本放送協会番組基準
9        「放送倫理の確立に向けて
10        申立人作成の抗議声明
11        ネットワークによる公開質問状
12        11に対するNHKの回答
13        ネットワークによる抗議文
14        12に対する回答
15        出演者による申入書
16        NHKウォッチング(「正論」2001年4月号)
17        朝日新聞記事
18        週刊金曜日
19        衆議院総務委員会議事録
20の1ないし2  右翼のビラ
21の1ないし2  国民新聞記事
22        右翼によるインターネットヘの書き込み

第11 添付資料

1        資料各号証写し
2        委任状