Political Criminology

デジタルデバイド、ジキルとハイド

(アムネスティ日本情報定期便巻頭言2000年7月)


最近、デジタルデバイドという言葉が新聞や雑誌をにぎわせている。デジタル格差、つまり、情報通信技術を使える環境にある人々と使える環境がない人々との格差という、情報通信技術から見た南北問題のことなのだが、いまやこれは世界的な問題となっているようだ。5月には国連事務総長からの報告書が経済社会理事会に対して出され、今月開催された国連情報通信シンポジウムのメインのテーマになった。今度の沖縄サミット(先進8か国首脳会議)でも注目が集まっている。

このデジタルデバイドを根拠に、たとえば日本などは、情報通信技術が進んだインドの技術者を日本に呼び込むために入国管理システムを変更するといったことにまで言及しているようだ。難民認定制度には大きな改善が見られないにも関わらず、こうした点には迅速に対応している。国連事務総長報告も、その題名が示すとおり、「グローバル経済」を問題にしたもので、実際には民衆が情報通信技術を必要とするという視点を十分に汲み取ったものとはいえない。

情報通信技術は、別にそれ自体が普及したからといってみなが幸福になるとは限らない。従来からの生活を続けるほうが幸せという人もいるだろうし、かえって生活を壊されて不幸だ、ということもあるだろう。しかし、その一方で、やはり情報通信技術を必要とする民衆の声というのはある。

東ティモール、1999年8月。独立を問う住民投票の直後、首都ディリで吹き荒れた軍と武装民兵による暴力の中にあった現地から、電子メールが届く。「民兵たちが今すぐそこを歩き回っている....大勢が殺された....」。「昨日まで届いていたAさんの電子メールが不通になっている....無事が心配だ....」。大規模な人権侵害の真っ只中からの生の声。テレビやラジオなどの既存のメディアが撤退を余儀なくされた中、最後まで続いたのはこうしたコンピュータ・ネットワークを使った草の根からの情報発信だった。「民衆にネットワークを手にさせることが大切なんだ」。暴力の日々をかろうじて生き延び、今は東ティモール国内のネットワーク環境の整備に忙しいAさんは強調する。

ブラジル、リオデジャネイロ。ストリートチルドレンに対して警官などによる組織的な暴力が続いている。その一方で、支援組織の人々は彼らに生きるための場所と教育をおこなおうと実際にスラムに住見込んで活動している。そうしたNGOの一つであるCDIは、面白い試みを世界規模ではじめている。海外で余ったり捨てられようとしているコンピュータを集め、それを整備して子どもたちに情報通信技術を教えるというものだ。これに呼応して日本で立ち上がったPASSOプロジェクトが集めたコンピュータが、2000年2月ピースボートの船でリオ港についた。今後、世界各地で同じような活動を広げていきたいと関係者たちは語る。「コンピュータに触れることから、社会で生きていくための技術、職を手に入れることができる。そして世界中の人々とつながることもできる。子どもたちには、そうした実感が必要なんだ。」

「コンピュータに触れる」、「ネットワークにつながる」ということ自体、深刻な人権侵害が起こっているような地域では生き抜くための有力な手段となっている。デジタルデバイドというのが見据えるべき現実は、そういったところにこそある。グローバル経済に立脚させる議論には、その点で主客が転倒してしまった印象がある。まさにデジタルデバイドには、民衆に向けた顔と、グローバル経済に向けられた顔の二つがあるのだ。そう、まるでジキル博士とハイド氏のように。NGOという立場がどちらの側に立つべきなのか。それは自明だろう。

一方で、コンピュータネットワークでつながっているがゆえに、そこから派生するプライバシー侵害や、当局による介入などの危険に直面するところもある。米英が開始した「エシェロン」というデジタルスパイ網の問題が最近取りざたされているが、各国で似たような話が出ているのが現実だ。

日本、1999年。与党が提出した「組織的犯罪対策法案」に含まれていた「通信傍受法」、いわゆる盗聴法案が国会で強行採決された。捜査当局が本人の知らないうちに本人の通信内容を記録してしまう、犯罪とは無関係な通信内容まで記録できてしまうという点からプライバシー侵害ではないかという疑念が出された。アムネスティ日本支部も、そうした危険に対する懸念を表明した。「特にインターネットを利用した通信などの場合、サーバが差し押さえられたりすると、あらゆる個人情報が取り出されてしまう危険性すらある」。野党側は、現在この盗聴法の廃止を目指す動きを起こしている。

英国、2000年。捜査権限法(RIP)案が議会で審議中だ。この法案が成立すると、インターネットに接続されたサーバを当局が押収、捜査することができる。そこを通過した無数の個人情報を捜査当局が入手できるようになるわけだ。アムネスティは6月13日、議会あてに公開書簡を送り、捜査当局による捜査権の濫用で多くの事件がおきている背景を考えると、今回の法案により人権が侵害される危険性は高いと指摘している。

一方でデジタルデバイドが問題視され、一方で人権の侵害がネットワークを通じて進んでいく。その現実の中で、各地のNGOが自分たちの道を模索しつつある。アムネスティもまた、人権侵害の現場と活動の現場を直接つなごうという目標のもとに、情報通信技術の安全かつ有効な利用を進めようとしている。安全性と有効性は必ずしも一致はしない方向だが、それを確保しなくては、アムネスティのような人権侵害の被害者とともに歩む、という活動は展開しがたい。

この原稿を書いている最中、再び軍による暴力にさらされているインドネシアのアンボンの人権団体から、「包囲された。何とか脱出する!」というSOSの電子メールが届いた。その切迫感の中で、グローバル経済とデジタルデバイドの話が、何かかすみのかかった向こう側の世界のことのように聞こえてくる。

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