編集長の辛口時評 2006年7月 から分離

ホロコーストの嘘分からずに議論しても何の役にも立たぬ

➡ 偽ユダヤ人カザール(Khazar・ハザール)問題

2006.07.21(2018.3.29分離)

http://asyura2.com/0601/holocaust3/msg/324.html
辛口時評060721 ホロコーストの嘘分からずに議論しても何の役にも立たぬ

 イスラエルのレバノン侵略問題で、緊急講演会があり、ホロコーストの嘘分からぬ偽の友の時間潰しの議論ばかり、疲れた。

 下記の案内に集会に参加したのは、アラブの通信社から、レバノンの問題で何らかの運動はないかと問い合わせを受け、電網(インターネット)検索し、それを教えたから、案内役を買って出たのである。


緊急講演会「時計の針を24年戻す?--イスラエルの対レバノン攻撃をめぐって」
日時:7月21日(金)午後6時から8時まで
場所:明治大学リバティタワー1階リバティホール
   千代田区神田駿河台1-1
   JR中央線・総武線・御茶ノ水駅より徒歩3分
    http://www.meiji.ac.jp/campus/suruga.html
主催:日本学術振興会人社プロジェクト「地域研究による
   『人間の安全保障学』の構築」
    http://www.aa.tufs.ac.jp/humsecr/
   +明治大学軍縮平和研究所
    http://www.gunsyuku.org/
   +東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト
    http://www.tufs.ac.jp/common/prmeis/
内容:
趣旨説明:黒木英充(東京外大AA研)
講演:マスウード・ダーヘル(レバノン大学/東京外大AA研フェロー)
   「イスラエルによる対レバノン攻撃の真の動機」
コメント:酒井啓子(東京外大大学院)他
司会:佐原徹哉(明治大学政治経済学部)

入場:無料
問合せ先:「人間の安全保障学の構築」事務局(東外大AA 研内)
電話042-330-5665
明治大学軍縮平和研究所 電話03-5875-0850
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(趣旨)
7月12日から開始されたイスラエル軍によるレバノン攻撃は、ヒズブッラーによる人質作戦への反撃をきっかけとしつつ、急速に展開してレバノンに対する一方的かつ全面的な武力行使の姿を見せています。これにより、多くの市民が殺傷されるのみならず、内戦後15年にわたって築き上げられたレバノンの社会基盤が根底から破壊されようとしてい ます。
これはアメリカの「対テロ戦争」をイスラエルが下請けしているものといえますが、果たして中東に安定した秩序をもたらすでしょうか。一方で、イスラエルはガザのパレスチナ政府に対してもハマース打倒のために猛攻を加えています。中東のみならず地球全体に深刻な影響を及ぼしつつある今回の軍事行動について、滞日中のレバノン人研究者による分析を中心に、中東全体と欧米・日本を視野に入れながら考える機 会を提供します。


 終わりには、会場からの質問も受ける時間が30分ほどあったから、何度も手を挙げたが、ついに差されなかった。

 質問予定の要旨は、イスラエルが悪いことは分かるが、イスラエルという国自体がおかしいことを議論しないのはなぜか。いわゆるユダヤ人の9割はユダヤ教に改宗したカザールであること、ホロコーストは嘘であることを、多くの人が理解しないと、イスラエルの侵略は終わらないと思うが、ということであった。

 集会の締めには、司会者が、ナチのホロコースト云々とまで言うから、たまりかねて、「ホロコーストは嘘だよ。ホロコーストの嘘が分からずに議論しても何にもならない」と、大声で不規則発言したら、壇上のパネラーが震え上がっていた。

 特に明瞭に震え上がったのは、予定外で参加したパネラー、臼杵陽(うすき・あきら、日本女子大教授)であった。彼は、私のことを知っている。「中東専門家」の肩書きであるが、本人自身が正直に「イスラエル側からやってきた」と白状した。集会の目的とは相反する人選である。

 臼杵陽は、拙訳『偽イスラエル政治神話』に関して、以下のような曲がりくねった書評を書いていた。いわゆる中東業界の商売人である。


http://www.jca.apc.org/~altmedka/shohyo-nise-2.html
(2)『週刊読書人』(1999.3.19)

ホロコースト否定論に依拠した反イスラエル論
ロジェ・ガロディ著『偽イスラエル政治神話』
臼杵陽

 私がガロディ=ピエール神父事件についで知ったのは私も同席した雑誌『世界』(1996年12月号・1997年1月号)の座談会「揺らぐ『国民統合』の神話……ショアーの現在」での席上、高橋哲哉氏が詳しく論じたことを契機としてだった。

 その後、私はガロディのフランス語原著とアラビア語翻訳版を入手した。それは旧仏植民地チュニスの中心街にある書店においてであった。日本の文庫版を一回り大きくした版型のアラビア語版は目抜き通りに面したショーウィンドウに飾られ、書店内では平積みされていた。アラビア語版はカイロで出版されたもので、解説によれば私の購したのは第7版の普及増補版で、たんに原著の仏語版を翻択したものではなく、後半はガロディがカイロを訪問した際のインタビューあるいはガロディに関するアラブ知識人の論考など14本が収められている。

 ガロディが本書において用意周到に論じたショアー否定論をアラブ・ムスリム知織人が好意的に受容しでいる事実は、対イスラエル戦争でアラブ側の敗北が残した深いトラウマを抜きには説明できないし、アラブ世界での民衆レベルでの反イスラエル・反シオニズム感情の広がりがその受容の背景にあるといわざるをえない。つまり、この翻訳から「学間的」なショアー否定論に基づくイスラエル建国神話批判の議論を知って溜飲がさがるわけである。

 私自身は本訳書の付録「イズラエルの“新しい歴史家たち”」のテーマに関しては論考で論じたことがあるので、以下、ガロディのイスラエル論に論点を絞ってみたい。結論を先取りすると、ガロディが展開しているイスラエル政治における「建国神話」に関する議論はイスラエルの言論界では取り立てて目新しいものではない。反シオニストあるいは親シオニスト的立場からのイスラエル内での熾烈な相互批判にはそれなりの伝統があるからだ。

 ガロディはイスラエル・シャバクなどのイスラエルにおける批判的知識人の議論を踏まえて執筆している。ガロディのようなホロコースト否定論に依拠した反イスラエル的議論は反ユダヤ主義にさらされる危険性のあるディアスポラのユダヤ人社会ではいざ知らず、イスラエルでは近年、比較的冷静に受けとめられる傾向がある。というのも、1980年代後半以降のイスラエルの知的世界は激変を経験しているからだ。ガロディが繰り広げている議論はイスラエルでは最近では「ポスト・シオニズム論争」としてイスラエル知識人の間でも熱い論争が闘わされている。本書を評価する際にはイスラエル社会とディアスポラ・ユダヤ人社会のこのような温度差も念頭に置かねばならない。

 渦中の人、木村愛二氏による「訳者はしがき」というにはあまりにも長い解説が本書の冒頭に置かれている。同氏はその饒舌な語りによっで読者をガロディの世界へと誘おうとする。木村氏は自身の土俵に囲い込んだガロディのホロコースト否定論に読者を強引に引きずり込もうとする。しかし私は辟易してしまった。というのも、はじめにホロコースト否定論ありき、だからである。いずれにせよ、日本におけるホロコースト否定論者あるいは反ユダヤ主義者はユダヤ人の被害者であるパレスチナ人を担保に議論を組み立てる傾向があるが、「敵の敵は味方」という論理に立っているかぎり、議論は悪循環を招くばかりである。率直なところ、現代中東を研究している私はいい加減うんざりしている。

(木村愛二訳)(うすき・あきら氏=国立民族学博物館教授・中東地域研究専攻)

 ロジェ・ガロディ(1913~)は、フランスの哲学者。ソルボンヌに学び、20歳で共産党に入党。ナチス・ドイツ占領下でレジスタンスに参加、逮捕、収容所暮らしを経験。1970年に共産党を除名。現在、本書を理由としてフランスで有罪・罰金刑判決を受け、係争中。著書に「認識論」「20世紀のマルクス主義」「カフカ」など。


http://www.jca.apc.org/~altmedka/s911-6.html
『9・11事件の真相と背景』
第6章 「イスラエル・CIA説」から逃げた「中東通」の中東蔑視

 中東情勢に関する状況認識の日本における主体となるべき専門筋の「中東通」の間には、右も左も区別なく、中東蔑視があり、いわゆる右の体制べったりは当然としても、いわゆる左も似たり寄ったりの体制依存、共生状況に成り果てていたのである。

 日本は、もともと国際情報音痴で、特に中東情報の過疎地帯なのであるが、それでもなお、9・11事件発生直後には、日本国内のいくつかのメディアで、アラブ・イスラム圏の事件に対する反応が、少しは報道された。その中には、9・11事件はイスラエルの秘密情報機関モサドやCIAなどのアメリカ国内の極右の仕業ではないか、との声もあり、これも少しは報道された。

 ある程度、中東、イスラエル、アメリカの実情を知る者なら、このモサドやCIAなどの犯行、謀略の可能性が高いことは、すぐに感じるはずだし、徹底的に調査すべきところである。犯罪事件には動機が付き物だが、事実、9・11事件直前には、前出のスターン・インテル記事にもあったように、イスラエルはダーバンで開かれた「国連」(正確な訳語は「諸国家連合」)の国際会議で、人種差別国家と非難を浴び、イスラエルとアメリカだけが退席するなどして、国際社会の世論の中での孤立を深めていた

 日本国内で、モサド・CIAの謀略を疑う意見を、「陰謀説」として退け、または逃げ、無視したのは、いや、それどころか、その無視と言論抑圧の論調の先頭に立ち、しかも、アラブ情報を歪めさえしたのは、何と、「中東専門家」として飯を食っている連中だったのである。私の手元には具体例の資料が山ほどある。

 その状況は、他の分野でも同様で、もう一つの関連業界、大手メディアは、「中東業界」に見習った

 日本の戦後初期のアラブ・イスラム研究者たちは、いわゆるアジア・アラブ連帯の立場から、アラブ・イスラム圏に接したはずである。ところが今では、彼らの弟子たちが「就職」する「業界」は、中東向けODAの金の生る木の商売になったのである。

 以上のような状況下、事実上の情報封鎖または情報操作を受けながら、どうすれば事件の真相と背景に到達できるか。要は事実の再確認であるが、その虚心坦懐な観察を妨げる主体的な条件として、昔からの表現、「目の鱗」の存在を重視すべきである。真相や真理に到達した時の気持ちの例えとして、「目から鱗が落ちる思い」と言うが、特に中東、イスラエル、パレスチナ、アメリカの問題に関する決定的に重要な「目の鱗」としては、「ホロコーストの大嘘」がある。湾岸戦争後に私は、そのことに気づき、1994年に発表して以来、すでに8年間、さまざまな妨害と戦いながら主張し続けてきたのである。