(2)『週刊読書人』(1999.3.19)

ホロコースト否定論に依拠した反イスラエル論

ロジェ・ガロディ著『偽イスラエル政治神話』

臼杵陽

 私がガロディ=ピエール神父事件についで知ったのは私も同席した雑誌『世界』(1996年12月号・1997年1月号)の座談会「揺らぐ『国民統合』の神話……ショアーの現在」での席上、高橋哲哉氏が詳しく論じたことを契機としてだった。

 その後、私はガロディのフランス語原著とアラビア語翻訳版を入手した。それは旧仏植民地チュニスの中心街にある書店においてであった。日本の文庫版を一回り大きくした版型のアラビア語版は目抜き通りに面したショーウィンドウに飾られ、書店内では平積みされていた。アラビア語版はカイロで出版されたもので、解説によれば私の購したのは第7版の普及増補版で、たんに原著の仏語版を翻択したものではなく、後半はガロディがカイロを訪問した際のインタビューあるいはガロディに関するアラブ知識人の論考など14本が収められている。

 ガロディが本書において用意周到に論じたショアー否定論をアラブ・ムスリム知織人が好意的に受容しでいる事実は、対イスラエル戦争でアラブ側の敗北が残した深いトラウマを抜きには説明できないし、アラブ世界での民衆レベルでの反イスラエル・反シオニズム感情の広がりがその受容の背景にあるといわざるをえない。つまり、この翻訳から「学間的」なショアー否定論に基づくイスラエル建国神話批判の議論を知って溜飲がさがるわけである。

 私自身は本訳書の付録「イズラエルの“新しい歴史家たち”」のテーマに関しては論考で論じたことがあるので、以下、ガロディのイスラエル論に論点を絞ってみたい。結論を先取りすると、ガロディが展開しているイスラエル政治における「建国神話」に関する議論はイスラエルの言論界では取り立てて目新しいものではない。反シオニストあるいは親シオニスト的立場からのイスラエル内での熾烈な相互批判にはそれなりの伝統があるからだ。

 ガロディはイスラエル・シャバクなどのイスラエルにおける批判的知識人の議論を踏まえて執筆している。ガロディのようなホロコースト否定論に依拠した反イスラエル的議論は反ユダヤ主義にさらされる危険性のあるディアスポラのユダヤ人社会ではいざ知らず、イスラエルでは近年、比較的冷静に受けとめられる傾向がある。というのも、1980年代後半以降のイスラエルの知的世界は激変を経験しているからだ。ガロディが繰り広げている議論はイスラエルでは最近では「ポスト・シオニズム論争」としてイスラエル知識人の間でも熱い論争が闘わされている。本書を評価する際にはイスラエル社会とディアスポラ・ユダヤ人社会のこのような温度差も念頭に置かねばならない。

 渦中の人、木村愛二氏による「訳者はしがき」というにはあまりにも長い解説が本書の冒頭に置かれている。同氏はその饒舌な語りによっで読者をガロディの世界へと誘おうとする。木村氏は自身の土俵に囲い込んだガロディのホロコースト否定論に読者を強引に引きずり込もうとする。しかし私は辟易してしまった。というのも、はじめにホロコースト否定論ありき、だからである。いずれにせよ、日本におけるホロコースト否定論者あるいは反ユダヤ主義者はユダヤ人の被害者であるパレスチナ人を担保に議論を組み立てる傾向があるが、「敵の敵は味方」という論理に立っているかぎり、議論は悪循環を招くばかりである。率直なところ、現代中東を研究している私はいい加減うんざりしている。

(木村愛二訳)

(うすき・あきら氏=国立民族学博物館教授・中東地域研究専攻)

 ロジェ・ガロディ(1913~)は、フランスの哲学者。ソルボンヌに学び、20歳で共産党に入党。ナチス・ドイツ占領下でレジスタンスに参加、逮捕、収容所暮らしを経験。1970年に共産党を除名。現在、本書を理由としてフランスで有罪・罰金刑判決を受け、係争中。著書に「認識論」「20世紀のマルクス主義」「カフカ」など。


週刊『憎まれ愚痴』18号連載記事より書評部分のみ掲載

書評に論評を加えた全文はシオニスト『ガス室』謀略周辺事態(その18)参照


連載:シオニスト「ガス室」謀略周辺事態リンクへ

の週刊『憎まれ愚痴』18号目次へ

雑誌『憎まれ愚痴』総合案内に戻る

バックナンバー

バックナンバー目次一覧

連載記事一括リンク

各号の時事論評&投稿一括リンク

憎まれ愚痴総合案内

雑誌『憎まれ愚痴』

 木村書店

亜空間通信

亜空間放送局