木村愛二の生活と意見 2001年6月 から分離

ヨーロッパでは政治学の祖とされるマキァヴェルリは「流血を見ず」に変革の事例を考察

2001.6.20.(水)(2019.8.7分離)

 過日、大阪の小学校の流血事件との関係で、電子手紙での世相批判の対象の中に「半気違いの赤軍派」を加えた。そこで、かなり以前から気になっていたマキァヴェルリの主著の中の考察に触れた。以下、関係部分のみを引用する。

 いわゆる「世直し」の歴史について、ヨーロッパでは政治学の祖とされる500年前のマキァヴェルリが、「ローマ史論」とか「政略論」の題名の訳書がある「ティツス・リーウィス初篇10巻論叢」第3巻の中に、非常に短い「第7章」を設け、「自由から隷属状態へ、また隷属状態から自由へと変革するに当って、あるときは流血を見ず、あるときはその苦しみを受けるというのは、どうしてそうなるものなのか」を、実例を挙げて考察しています。

 要点を言うと、「危害を加えて」変革した場合には、「敵討ちをするのは理の当然」であり、「国民全体の合意によって成立した」場合には、政体が変わっても流血を見ないということです。

 このマキァヴェルリの考察以後に、王の首を刎ねた革命には、イギリスの清教徒革命、フランス革命、ロシア革命があり、いずれも血みどろの崩壊の道を辿りました。中国革命では、日本が偽満州の傀儡に利用した元皇帝を殺さなかったので、少しは、裸の猿の歴史が、穏やかになるかもしれません。

 以上で引用終わり。

 私が直接読んだカール・マルクスの文章の中には、マキァヴェルリは出てこなかった。旧ソ連が崩壊した直後、当時は私も加盟し、企画部員とか運営委員とかをやっていた日本ジャーナリスト会議 (JCA) が、いわゆる社会主義に関する連続の市民集会を開いたので、そこに出てきた「マルクス経済学」の教授に、この二人の関係を質問した

 ところが、その教授は、まるで、この関係を知らなかった。質問と意見交換の時間だったので、参加者が答えてくれて、どうやら、マルクスの書簡集の中に、言及があるらしいことが分かった。

 ヨーロッパの政治学と経済学の関係など、もっと広い視野からの見直しが必要であろうが、少年老い易く学成り難し。