雑誌『憎まれ愚痴』1寸の虫の5分の毒針

Q1:ダイオキシン:運動に物申す

なぜ発生原因の「塩化ビニール」などの
製造禁止を要求しないのか

(1999.5.14)

 この「運動に物申す!」の結論を先に言うと、なぜ皆さんは、ダイオキシンの発生原因の「塩化ビニール」などの石油製品の製造禁止を要求しないのですか?……なのです。

 なお、これを手始めに、色々と我慢がならず、 Web週刊誌『憎まれ愚痴』からも、はみ出し、ついに、ところ嫌わず連発の「憎まれ爺さん」を買って出る決意をしました。

「いじわる婆さん」で売り出した「青ちゃん」は、東京湾の埋め立て開発に文句をつけて当選しながら、役人に取り込まれてグジュグジュ妥協を重ね、ついに都知事を辞めました。彼は、私の古巣の日本テレビでは台本書き作家でしたから、その性格は昔から、よく知っています。何年か先輩なので、直接の付き合いはありませんでしたが、仕事で同じタクシーの隣の席に載ったことがあります。そのころは皆が「青ちゃん」と呼んでいました。

 作家は裏方ですから、それで有名人になったのでなくて、漫画を原作にしたドラマ「いじわる婆さん」が当たり役だったからです。「いじわる婆さん」は「サザエさん」の作家の作品ですが、それ以前にアメリカの漫画で、確か、「いじわる爺さん」というのがありました。漫画の歴史を研究している人がいたら、「国際漫画比較発達史」でもやって頂けないでしょうか。それとも、すでに研究があるのでしょうか。

 さて、私は、若い頃から何にでも口を出して愚痴っては、諸先輩に嫌われていましたが、今では自分も、かなり先輩になったので、むしろ、この悪癖を積極的に育成することにします。「いじわる爺さん」は、多分、アメリカの新聞の連載でしたから、毎日のように、「若い者の不始末」を探し出してはガミガミ注意するのです。そこで、さらにドギツク「憎まれ役」を買って出て、本日は、「ダイオキシン:運動に物申す!」1:なのです。

 もちろん、上記のような製造者責任を追及する運動がないわけではありません。しかし、非常に弱いのです。私の住む武蔵野市には、いわゆる「環境オバサン」が沢山いて、市長が組合長になっている「日の出処分場」問題などで騒いでいます。しかし、そのほとんどのメンバーに、「製造者責任追及」の思想が欠けているのです。「だって、無理でしょ。便利なものを作るな、使うなと言っても……」などと言うのです。これは「長い物には巻かれろ」の奴隷思想です。「発泡スチロールの容器を洗ってスーパーに届けていますか」なんていう項目に丸を付けるアンケート用紙を配ったりするので、私は、「生ゴミと一緒に捨てちゃうような若者がゴロゴロいるのに、自分は良い人間だと信じていたいがための偽善の自己満足運動は、かえって傍迷惑だから止めた方が良い」などとズケズケ言うし、その他諸々なので、「過激派」とか「無政府主義者」とか、陰口を叩かれています。

 なお、過激派の英語は、radicalですが、語源のラテン語のradixは植物の根のことで、本来の意味は「根本的変革主義者」なのです。日本語では意訳してしまいますから、いよいよ本来の意味が分からなくなります。私は、本来の意味でradicalであることを信条としています。

 今回は1:ですから、理屈は抜きに、まずはドイツの実例を示します。


『日本経済新聞』1999.3.20.夕刊

「フード(FOOD)は語る」欄「ボン(ドイツ)」

 アウトバーンの時速 100キロ以下では走ってはいけないというところから外れ、気持ちのいい田舎道を走っていたら、周りでいろいろな作物を売っているのに気がついた。ジヤガイモ、トマト、ニンジン、太いネギなどの野菜を置いている無人のスタンドがある。

 ドイツが工業国だなんてことが不思議なくらいだ。麦畑が続き、牧草地が広がり、牛が放牧されている。豚まで外で飼われでいるのには驚いた。ドイツの豚がうまいのもうなずける。リンゴの木が森のように続き、さらにサクランボの高い樹木が並んでいた。そんな畑の続くところでイチゴを売っているおじさんがいた。車を止めて買ってみた。薄い板で作ったカゴにたくさん入っている。「このまま洗わないで食べていいか」と聞くと、「農薬は使っていないからそのままで平気だ」と言つた。

 食べてみると、昔のイチゴのように小ぶりで酸味が強い。あまり甘くはなかった。日本のように大きくてピカピカのイチゴとはひと味違っていた。

(写真家 西川 治)

 写真を文字で説明すると:
 両側が畑の真ん中の「田舎道」にバンが止まっている。バンの背後の扉を跳ね上げて日除けの屋根代わりにしている「おじさん」の前の木製の台の上には、「イチゴ」を「たくさん」入れた「薄い板で作ったカゴ」が並んでいる。


 この話を、ある若者にした時に、「私は、子供の頃、買い物に行くと、経木で魚を包んでくれた」と言ったところ、その若者は「経木」を知りませんでした。今浦島の気分で心配になって手元の安物辞書をめくると、「スギ・ヒノキ等の材木を紙のように薄く削ったもの。食品を包むのに使う。古くは経文を書くのに使った」とありました。どこかで、いつか、この「経木」にはフィトンチッドが含まれていて、殺菌力があるとの説を見た記憶もあります。当然、断固、「経木」復活!

 「Q1」は以上で終り。次回に続く


『1寸の虫の5分の毒針』
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