『湾岸報道に偽りあり』(37)

第三部:戦争を望んでいた「白い」悪魔

電網木村書店 Web無料公開 2001.4.1

第六章:謎の巨大政商とCIAの暗躍地帯 6

ジクソーパズルの暗闇の背景

 さて、ジクソーパズルのはめ絵でいちばんむずかしいのは、単調な色彩の背景部分である。ましてやそれがドブ泥色の暗闇で、断片がそろっていないとなれば、古代遺跡の壁画の復元にも似た困難な作業となる。

 CIAとブッシュの関係を追う作業で一番最近の資料は、ゴールデンゲート事件で名をあげたもう一人の元ワシントン・ポスト記者ボブ・ウッドワードが書いた『ヴェール~CIAの極秘戦略 1981-1987』だった。「ヴェール」はニカラグァのコントラ援助秘密工作の作戦名であるが、この作戦にかぎらず、二期八年間にわたったレーガン大統領時代の情報戦争関係全体を追う内容になっている。

 ブッシュもやはり、二期八年間勤めた副大統領として国家安全保障会議などに姿を現わす。ウッドワードは時のケーシーCIA長官から色々と情報を得ている。だが、この種のディープ・スロートは流行語となったものの、果たして本物の内部告発なのか、情報操作のための意図的漏洩なのか、その見極めはむずかしい。「訳者あとがき」にはこうある。

「ケーシーが何故気さくに取材に応じたのか、当のウッドワードも釈然としない口ぶりである。それがケーシーの自衛手段であって、もっと大きな秘密を隠すために敢えて情報を提供した、いわば肉を切らせて骨を切ったのだ、と解釈する向きもないではない」

「皮を切らせて肉を切る。肉を切らせて骨を断つ」……CIAの大先輩、徳川幕府の隠密一族、柳生流剣法の極意である。ケーシーはCIAの立て直しのために選ばれた元OSS(戦略情報局)隊員。大企業相手の弁護士で編著書二十数冊。すでに巨万の富を築いていた。証券取引委員会の委員長として腕をふるったこともある。そういう海千山千の古狸が、滅多なことで秘密を漏らすわけがない。

『ヴェール』に登場しない話題の方が重要なのだ。隠されたキーワード。その一つは、もしかしたらクウェイトとの密約の動き。もう一つは、ベクテルのような、背後の暗闇の大企業からの圧力なのではないだろうか。

『ヴェール』の一年後に『ベクテルの秘密ファイル』が出版された。

 ベクテルはマスコミ嫌いで通っており、公開資料は比較的少ないが、一九八八年に初めてこの暴露本が出た。原題は『 FRIENDS IN HIGH PLACES: The Bechtel Story/The Most Secret Corpora-tion and How it Engineeredthe World 』(『高い地位にいる友人たち/ベクテル物語/最も秘密に閉ざされた企業。それがいかにして世界を動かしてきたか』)であり、「 Engineered 」という単語にはベクテル社の業務である[土木工事]と「巧みに操る、工作する」の二つの意味が引っかけてある。

 ベクテル側は出版直後、「あの本は、ただ一言、まったくのゴミにすぎない」「われわれの組織および家族、そして多年にわたり我が社の成功のために尽力してきたすべての人々に対する卑劣な攻撃である」などと強い怒りをあらわにした。だが、著者レイトン・マッカートニーに対してベクテルは同社資料室を開放し、インタヴューにも応じていた。出版前の原稿段階でもチェックをし、著者と出版社は一部訂正、一部は訂正拒否という経過をたどっている。他にも多くのオフレコをふくめた情報を得ており、非常に詳しく、現実性のある内容になっている。

「CIAの一機関ベクテル」という章では、第二次大戦後のサウジアラビアにおける接触以来を描いている。ただしこれは、さらに遡る必要があり、少なくとも、第二次大戦中のOSS以来の関係を想定すべきであろう。

 あるイギリスの研究者はこう指摘している。

「銀行や石油会社は、CIAが存在するようになるはるか昔から、国際的な情報活動《およびクーデターの画策》に加わっていた」(『クーデター/軍隊と政治権力』)

「銀行」の歴史的性格を典型的に示すのは、イギリスのロスチャイルド銀行のエピソードの数々であろう。ロスチャイルド家は戦争費用をまかなうことで権力と結び、極秘の戦争情報にもとづく投機で莫大な利益を得ていた。秘密情報機関の源流をなす一家と表現しても、いいすぎではないのだ。

 ベクテルとレーガン政権の関係は、アメリカ国内でも厳しい批判にさらされた。だが、ブッシュとの関係は「不透明」であった。関係資料のどこにも満足な追及は見出せなかった。ただひとつ、ブッシュが石油成金になった採掘会社について、「ベクテル系」と記した単行本があった。『ブッシュの世界支配戦略とベクテル社』、一九九〇年六月二十五日に第一刷発行、つまり、イラクのクウェイト侵攻の一ヵ月以上前に発行された本である。ただし、その主張の根拠は、資本金や役員派遣といった明確な証拠にもとづくものではなく、取引関係などを考慮したものらしい。まだ完全に尻尾をつかめたわけではない。

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 そこで以後、冒頭にも記した通り、数ヵ月におよぶ探索の旅が始まった。最新技術のデータベースなども活用したが、本気になって探してみれば、断片的ながらも意外に多くの資料がころがっているものだ。しかも、まさに耳寄りな「耳情報」が次々に、現地からも入ってきた。

 ジクソーパズルのはめ絵の空白は、急速に埋まってきた。


第七章:世界を動かす巨大ブラックホール
(38) 百億ドルのクウェイト復興特需を開戦前に受注した秘訣