電子手紙の送信日付け順・注釈付き一般公開文書館 2001年8月

1年1,000円の有料『亜空間通信』会員募集に「試供品:靖国参拝騒ぎと歴史認識議論の意外」

送信日時 :2001年 8月 19日 日曜日 12:17 PM

件名 :[pmn 15932] 試供品:靖国参拝騒ぎと歴史認識議論の意外

 この電子手紙広場 pmn は、あと10日で閉鎖とか。発表された予定では、過渡期の空白は5日間となるようです。

 新PMNへの移行に関して、私は、別途意見を提出中ですが、いずれにしても私自身、武蔵野市の「無限空間」を拠点として、いわゆるSOHO型の産業民主制実験事業「綺羅星無限堂」を準備し、1年1,000円の有料『亜空間通信』発行を9月1日から開始します。

 この私の第5の人生の出発には、当然、最近10年の民衆のメディア連絡会の経験をも生かすことになります。しかし、ともすれば独裁と勘違いされそうな「個人責任制」とするのは、決して民衆のメディア連絡会やpmnの最近の状況を見て生まれた考え方ではありません。

 民主主義と称して衆愚政治に陥ったりする歴史は昔から分かっていたことです。成果が挙がると自分の手柄、難しくて失敗しそうな仕事には皆の意見を求めて逃げ腰、などという裸の猿の自称指導者の実態も、古くからの批判の対象でした。

 私自身は、独裁という用語を、以上のような民主主義などという建て前と本音の齟齬による欺瞞の私的権力、個人責任制とは真反対と規定し直しています。中国の格言「修身斉家治国平天下」の修身とは似て非なる自己中心、本能を抑制できない偽善系の醜い権化のことです。私は、その種の自称指導者の実態を、特に16年半の争議中、肌身に沁みて実感しました。護衛船団型の「無責任体制」は決して日本の支配層だけの特徴ではありません。

 今回、私が1年1,000円の有料「亜空間通信」発行を決めたのは、自分自身への責任負担を課したことでもあります。無料の電子手紙広場への投稿では、どうしても校正を怠け、推考の時間を惜しみ、結果として不毛な揚げ足取り議論の水準に堕落しかねません。

『亜空間通信』の記事は、国際電網通信総合雑誌『憎まれ愚痴』にも収録し、将来展望としてはこれも有料化する予定ですが、それに伴って無料の電子手紙広場への投稿は控え、時折抜粋の記事案内をするに止めます。

 pmn現管理人の土屋さんからは、過日、pmn上で、「木村さん本来のメディアの嘘を暴く探偵としての仕事を期待しています」との有り難い御言葉を頂戴しましたが、新体制への疑問がある以上、その御期待には叛かざるを得ません。その仕事は『亜空間通信』で行うこととし、土屋さんの管理人時代の最後に当る10日間、可能な限り、事後に有料とするに相応しい程度の試供品の文章を送ります。今回が試供品1号です。2号では上記の「独裁」と「個人責任」の問題を深める予定です。


(亜空間通信)試供品1号:

 歴史的経過を無視する教科書論争=靖国参拝騒ぎと歴史認識議論の意外も意外

 本日、『日本経済新聞』(2001.8.19)時事論評欄「春秋」では、6日の広島から15日の武道館までの「追悼と追憶の夏は終わる」とし、「歴史認識」に関して「今年は少し様子が違う」との感想が記されている。「酒場でも」というところが、大手紙論説委員たちの日頃の実態を正直に告白することになっていて、これまた至極結構なのだが、「十人十色、話してみると従来の右とか左とかいう区分けでは説明できない意見や見方にぶつかる」というのだ。

 少なくとも大手紙の論説委員級ともなれば、少しは予備知識があるのだろうが、それでもなお、酒場の議論では、序の口の序の口でしかない。ましてや電子手紙広場で枝葉末節の揚げ足取りをして歴史の真相を知ろうなどと考えるのは愚の骨頂である。

 折しも、引っ越し荷物の整理中、1992年7月7日、七夕というよりも蘆溝橋事件、つまりは支那事変、最近の呼び名では日中戦争開始の日を記念したのであろう発行日の小冊子、『シンポジウムの記録/日本の戦争責任とアジアの教科書』が出てきた。当時は「山が動いた」とか言われるほどの最後の徒花を咲かせていた社会党の「中央本部国民運動委員会教育文化局」の発行で、本文は74頁である。頃合いの材料である。

 私がこのところ、「つくる会」教科書の批判だけでは駄目で、現行の教科書も駄目なのだと電子手紙で記しても、まるで反応がないのだが、この小冊子の「日本の教育・略年表」にすら記されている歴史的な経過を、まるで知らない癖に喧嘩腰の議論好きの若者が激増中なのである。

「つくる会」教科書の直系の先輩に当る「日本を守る国民会議」が編集した「新編日本史」が、中国からの非難をも浴びながら文部省の検定に合格し、それが発表されたのが、1986年の7月7日だった。それ以前、つまりは目立った組織による「偏向教科書」出現以前の1982年には、中国の『人民日報』が日本の教科書を「歴史を歪曲し侵略を美化」と批判しているし、日教組らが反対運動を組織した「中央教育審議会」(略称「中教審」)の発足は1971年6月11日である。

 この小冊子の中では、私の以下の無料公開頁、『噂の真相』(1989.5)「戦後秘史/伏せられ続けた日本帝国の中国『阿片戦略』の詳報』にも出てくる江口圭一愛知大学教授が発言している。

http://www.jca.apc.org/~altmedka/ahen.html

曰く:[前略] 教科書を書くためには、大変な拘束を受けなければならない。[後略]

曰く:[前略] 私はさらに一歩を進めて、日本の学校教育における近現代史の扱いについて、是非、抜本的な見直しをしていただきたく切望します。[後略]

 しかも、この江口教授執筆の高校「日本史」だけにしか上記の「阿片戦略」は出てこないのである。

 江口教授は、むしろ、問題の「新編日本史」には一言も触れていない。「十人十色」は結構だが、団栗の背比べでは心もとない。日暮れて道遠しの感を深くする。


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