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『古代アフリカ・エジプト史への疑惑』序文2

近代ヨーロッパ系学者による“古代史偽造”に真向から挑戦

はじめに

初版の序文と凡例(1974.3)

 最近は、フィールド(現地)調査が隆盛である。わたしも、一度は、アフリカ大陸の古代遺跡を自分の眼でたしかめたい、と願った。だが、事情が許さぬままに、持病の腰痛が悪化して、当分は自宅療養の身を余儀なくされた。そこでわたしは、壁に大きなアフリカの地図をはり、入手できる本をくり返しよんでみた。

 その結果、シロウトが現地にいっても、かえって現象にまどわされるのみである、と考えるにいたった。そして、謎の古代遺跡、謎の古記録、謎のコトバを追う、活字の森の探検を志した。この探検の果てに、わたしは、アフリカ大陸こそが、古代文明の母である、と確信するにいたった。また、古代エジプトは、その前進基地である、と考えるにいたった。

 あまりにも多くの誤解、そして曲解につつまれてきたアフリカ大陸の歴史を、ともかく、わたしなりの解釈にもとづいて紹介したい。さらに、より正しい理解にむけて、ひろくアフリカ史、人類文化史の、論争の門戸が開かれることを期待したい。そのためにも、わたしは諸先輩の学説に、さまざまな疑問をなげかけざるをえない。失礼の段は、先におわびしておきたい。

 わたしは、また、とりたてて専門的な予備知識を持たない人々にも、一緒になって考えてもらいたいと願うので、繁雑にわたる諸学説の紹介は省いた。新刊書店、古書店、図書館で、だれでも手に取れる本を中心に考えた。そのために誤解している点があれば、御容赦いただきたい。

凡例

1.文中、敬称は省かせていただいた。引用・参考文献は、巻末に紹介した。

2.古代エジプト史の年代は、ヴェルクテールの『古代エジプト』によることとした。

3.わたしの文章中、ただ、「黒色人」とあるのは、ブラック・ピープルの意である。ブラック・パワー運動が、「ニグロ」を拒否していることと、また、わたしの人種分類の考え方とによる。

4.個有名詞のよみ方は、できるだけ慣用にしたがったが、引用文中のものは、そのままである。

5.引用文中の《 》内は、わたしの注記である。

6.混乱をさけるために、一般に西アジア、西南アジア、小アジア、アジア、メソポタミアなどと記されているものを、オリエントに統一した。ただし、引用文中のものは、そのままにしてある。

7.参考図表は、必要な範囲の省略、補正を加え、わたしが作成したものである。

8.写真は、『黒色人文化の先行性』(カバー、129, 197, 229, 254, 256, 各ページ)、『地中海のフェニキア人』(11)、『タッシリ遺跡』(33)、『ニジェールからナイルヘ』(51)、『アフリカの古代王国』(95, 120, 239)、『大日本百科辞典』(169, 190)、『マルクス・エンゲルス全集』Marx Engels Werke, erganzungsband, 2, Dietz verlag, Berlin, 1967.(254)、『埃及美術史』(257)から、転写させていただいた。

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序章:疑惑の旅立ち
第一章:ホモ・サピエンス
第二章:ヤムのふるさと
第三章:さまよえる聖獣
第四章:鉄鍛治師のカースト
第五章:巨石文化の影
第六章:バントゥの王国
第七章:ナイル河谷
終章:王国の哲学
引用・参考文献リスト
おわりに
追加(2001.5.8)
追加(2003.6.26)