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(第3次提言・その4)
7) 所有森林の「計画公示制度」と「保続対象森林制度」の創設
林業基本法においては、林野の所有者等の責務として、第8条において「林野の所有者又は林野を使用収益する権原を有する者は、その林野が、農業上の利用その他林業の用以外の適切な用途に供される場合を除くほか、林業の生活基盤として効率的に利用されるように努めなければならない。」とされている。
また、森林法第8条においては、地域森林計画等の遵守として「森林所有者その他権原に基づき森林の立木竹又は土地の使用又は収益をする者は、地域森林計画に従って施業し、又は森林の土地の使用若しくは収益をすることを旨としなければならない。」とされている。
このように、法律上は、少なくとも森林所有者は、森林を林業的に利用することを責務として定められているのであるが、現実は、自分の所有する森林の所在さえ判別できず、森林の管理に関心のない者が増えているのが実態である。これらの森林所有者においては、森林を「森林」としてではなく不動産とみなす傾向が強まっており、それが林業の収益性の悪化を受けての施業放棄の増加の遠因になっているのは否めない。
そのような視点に立てば、林業基本法の所有者等の責務においても「・・・その林野が、農業上の利用その他林業の用以外の適切な用途に供される場合を除くほか・・・」とされていることから、まず、森林から不動産としての性格を剥ぎ取らなければ、本来の「森林」になり得ないのではないかと考えられ、現行の法制度のもとでは限界がある。少なくとも、森林に包含される公共財としての環境を全市民の共通財産として担保する仕組が必要とされている。つまり、最も基本となるフォレスト・ミニマムとして、森林を森林として維持することが求められているのではないだろうか。
森林を所有することは、公共の財産を私的管理下におくことでもある。そうである以上、森林を所有することは一定の義務を負うことでもある、という社会的ルールをつくる必要があるだろう。その義務として、私たちは次の二点を考える。
そのひとつは、自分の所有する森林を将来どういうかたちの森にするのかを所有者は考え、それをそれぞれの森の「森林計画」として、市町村などの機関に届ける義務を負う、という考え方である。ただしその「森林計画」は、たとえば50年程度の短伐期での伐採を予定しているスギの人工林、100年以上の長伐期型ヒノキの人工林、萌芽更新による天然林、択伐以外は考えない天然林というようなゆるやかなものでよく、また計画が変わったときは、新しい計画を届ければよいという程度に変更可能なものであってよい。
実際には、この程度にゆるやかな「計画」であっても、(1)所有者が自分の森林の将来計画を自分で決め、(2)その「計画」を各地の担当機関が公開する制度をつくることによって、(3)所有者は自分の森の将来に責任を負わなければならず、(4)地域の森がこれからどのように変わっていく、あるいは維持されるのかを誰でも調べることができ、(5)さらに「計画」を提出できない所有者の森林を「管理放棄森林」として認定し、その手入れを所有者に頼らず別のシステムで実行する途が開けるだろう。
現在では、相続したものの自分の所有する森がどこにあるのかも知らない「不在村地主」や、将来の開発のために購入したものの放りだされている企業所有の森がふえており、その結果生まれた膨大な「管理放棄森林」が大きな問題になってきている。このような「管理放棄森林」を明確にし、森林所有は公共の財産でもある維持するうえで必要な森を所有することであり、そうである以上、最低限の手入れを所有者は目指さなければいけない(手入れのすべてが所有者の負担にならないシステムをつくる必要があるとしても)ことを明確にするためにも、各自の「森林計画」の策定と公開制度の創設は必要であると私たちは考える。
そして、ここに述べた森林維持のための最低限の手入れ(「フォレスト・ミニマム」)を目指すことが、森林所有者のもうひとつの義務である。もちろん現実には、意欲はあっても、それが実現できないときもある。だがそのときも所有者は、自分の所有する森林の管理を放棄するのではなく、「フォレスト・ミニマム」を実現するにはどうしたらよいのかを、地域、流域の人々や関係する行政、森林関係機関などと一緒に検討していくべきなのであり、そのような努力さえしないことは、公共の財産という面をももつ森林の所有者として適切な行動であるとはいえないだろう。
なお現実には、このような「森林計画」制度をつくっても、森林組合が計画策定を代行し、所有者は判を押すだけという事態が生まれる可能性がある。とすれば、このような「代行」を禁止する措置をとる必要性があることは、いうまでもない。
しかしながら、この制度においては、確かに森林所有者の森林の取扱についての意思は確認できるものの、すでに述べたように、林業の用以外の用途への転用への歯止め装置は現在無いに等しいのであるから、積極的に「森林」として活用できる森林を確保できるかどうかは不透明である。そこで、この表示制度と合わせて、「保続対象森林制度」を創設することを提唱する。
森林には、絶対的に正しい管理の手法は存在しないことから、その利用においては、少なくとも将来にわたって森林として維持される必要がある。そのため、新たに「保続対象森林」という制度を創設する。この「保続対象森林」は、森林以外への転用を制限するものとするが、保安林のように施業要件は特に定めず、自由に林業活動ができるようにする。そして、この森林の指定を受けるかいなかは森林所有者の任意に任せることにすれば、法的な制度としての創設を容易にできる。ただし、任意であるため、この森林への指定を促進する必要がでてくるが、その促進策として、この森林に指定されたものは固定資産税を免除し、指定されない森林は宅地並み課税とするようにするなどの誘導策を講じる。
このような制度により森林の利活用における不動産利用という動機を排除できることとなり、少なくとも森林利用における経済的な動機は空間利用を含めた林業というものに限定されるようになる。つまり、純粋に森林が林業政策のフィールドとして明確に確保できることになるのである。
現在、森林における「所有」と「利用」を分離することが課題となってきているが、このときの「所有」が「利用」を阻む大きな原因は、この不動産所有であると考えられるので、この課題においても、この「保続対象森林制度」という手法は有効であろう。
なお、この「保続対象森林」は実質的には保安林と同等のものになることから、現在の保安林制度における治山事業などの森林整備については、現在検討されている持続可能な森林整備という新しい目標実現のためにも、そのシステムの構造及び運用について改編を余儀無くされることになるだろう。
このような制度の実現性について議論する前に、私たちは、本来、森林は森林として維持されなければならないという「森林権」というべきものが必要と考えている。この森林権は、土地利用に係る「環境権」あるいは「自然享有権」に類するもので、森林の有する環境機能は、「環境権」でいう比較的狭い地域に限定されるものでなく、「自然享有権」がいう一般的な性向よりは、ある限定的な広域になると考えられ、その中間的なものと想定しており、森林として維持すべきという権利である。このような権利が認められないのであれば、上記のような対応が必要だと考えているのである。
8) 「管理放棄森林」の第三者への管理権委譲
今日では、事実上の「管理放棄森林」が数多く存在する。相続したものの自分の所有森林がどこにあるのかもわからない、といったケースは今日ではけっして例外ではないし、開発目的で森林を購入したものの、そのまま放置されてしまった森も存在する。さらに所有者が地元にいる場合でさえ、森には全く関心がないという人々も多数存在している。そしてこれらの森は、手入れがおこなわれないがゆえに、年々荒廃していっているのである。
このような事態を解決するために、私たちはまず「管理放棄森林」を公的に認定すべきだと考える。その方法としては、所有者に自分の森林の将来計画を提示してもらい、この提示がなかった森や、提示したものの、そのために必要な最低限の手入れ(「フォレスト・ミニマム」)を実行する意欲のない所有者の森を、「管理放棄森林」として、後述する「森林委員会」が認定する制度をつくるべきだと考える。そのうえで「管理放棄森林」を、意欲のある林業家や、地域の森づくりをめざす機関やグループ、さらには森林管理に責任をもつ森林ボランティアなどの都市や流域の機関、グループに、管理権、利用権を貸与する仕組をつくるべきであろう。
今日では仕事の都合や居住地が森から離れているなどの理由で森の手入れができず、公的な機関が責任をもって仲介にあたり、誰かがきちっと管理してくれるならば、森林からの収入は放棄してもよいと考えている所有者も数多く存在する。そして森は所有者だけのものではない以上、森を守る意欲のある人が森を管理していくという体制を築くためにも、私たちは「管理放棄森林」の確定と、その管理権、利用権の貸与を可能にしていくシステムの創造とそれを可能にする法整備をするように私たちは提案する。
現在の森林法においても、公益的機能を著しく損なうような森林について市町村長が間伐を勧告し、その後必要であれば都道府県知事の調停により所有権の移転等をすすめることができるようになっている。しかしながら、この行政措置は非常に権力的に強いものであり、第一に市町村長が著しく公益的機能を損なっている状況を判断するのが難しいと推察され、ほとんど実績はない。このような法的な仕組みを持つことは最終的な手段として評価できるが、より現実的な対応が必要である。
そのため、所有森林の「計画公示制度」や「保続対象森林制度」の創設などをとおした取り組みにより、「管理放棄森林」の第三者への管理権委譲を実質的にすすめることが重要であると考える。
9) 森林保全に要する経費の「直接支払い制度」について
「フォレスト・ミニマム」を考えるときには、その担い手の範囲は行政だけでなく従来の市場経済の中に包含されていた林業従事者にまで広がると予想される。その際、公共サービスを供給する担い手としての公務員労働において、労働基本権の問題とか、人間の尊厳を保持する上で譲れない一線などをいかに確保するかが問題となるように、林業従事者においても森林社会として共有しあうべき水準とは何かを決めていかなければならないだろう。
そういう視点にたてば、当然、公共サービスの担い手としての林業従事者に対する最低限の所得補償ということが俎上に上ることになる。今までは、林業従事者、特に森林整備に携わる担い手は、その所得を市場経済という林業という経済行為から捻出していたと位置付けられるが、現在の林業の状況は、もはや経済行為のみでは森林整備の担い手を支えきれず、その結果林地の荒廃など森林におけるシビルミニマムを維持できなくなりつつあることを示している。あるいは、森林における林業領域の縮小により、その背後に隠されていた環境問題がストレートに社会問題として露出するようになった結果、改めて「フォレスト・ミニマム」の確保について考えさせられるようになっているといえよう。
また、仮に林業における経済状況が好転したとしても、今後は生態系の保護など環境的な観点を無視した森林整備はありえないであろうことから、どちらにしても、森林整備に携わる担い手を森林公共サービスの担い手とする視点がでてくるのは必然である。
ここにいたって、「フォレスト・ミニマム」の担い手として、森林整備の担い手を対象とした直接所得補償という手法がクローズアップされることになる。森林公共サービスの担い手に対しても最低限の所得補償としての措置が必要なものとなってきているのである。
しかし、森林政策においては、すでに造林補助制度として、森林整備における環境保全部分に対する助成が存在することから、直接所得補償制度の導入は難しいとする意見がある。しかし、逆にこの制度の改革をもってすれば、実質的な直接所得補償制度の導入の可能性は高いと考えられるのである。
また、これまでの森林組合を中心とした林業政策における担い手対策はまさに賃金労働政策であり、今後の対策においても、これをどのように評価し、賃金雇用システムをどのように再構築するかが問われてくるであろう。ここにおいても、造林補助制度は、その雇用に大きな影響を持つものとして、あるいは雇用の底支えをしているといっていい存在であることから、その改革の意味は大きい。
この造林補助制度は、森林施業には公益性と経済性が同時に包含されているとし、助成はそのうちの公益性に相当するものとなっていると考えられる。そして、その助成額の積算・算定方式においては標準単価方式が採用されており、標準事業費をもとに各種の森林施業の内容により一定の割合で助成額が決定される。
それでは、造林補助制度がすでに直接所得補償的な存在であるならば、現在なぜ「フォレスト・ミニマム」は確保できていないのだろうか。それは単純な理由ではなかろうが、現在の木材市況から派生して、補助制度の基本的な性格が大きく影響しているのは間違いないだろう。
現在の造林補助制度の課題としては、森林所有者自身が整備を行う場合は、助成額を自身の労働に対する対価としての割安の賃金として納得すれば、補助部分だけで所得補償的な解釈はなりたつが、現在造林事業の中心になっている森林総合整備事業のような施業委託による場合は、あくまで森林施業の経済性の部分である補助残をもらわなければ事業が実施できないことである。
つまり、森林整備の担い手に林家の自家労働を想定しているうちは、この造林補助制度はかなり有効に働く可能性はあるが、森林組合等への施業委託などによる、いわゆる請負事業体を想定した場合には、その状況は大きく変わる。この場合、補助残の部分は森林所有者から負担を求めることになるが、現状のような採算性の悪い状況では森林所有者の森林への投資意欲が減退し、新たな投資をしても回収の見込みがないため、その負担をきらって森林施業自体を手控えるといったことから、森林整備が進まないのが現状であろう。林業の担い手対策の対象を自営林家から森林組合へ変更した時点で、造林補助制度の基本的な性格は変わってしまったといえるのではないか。
しかしこのような場合においても、仮に森林組合が補助残の部分を森林所有者からもらわないで、何割かの割安労働として施業を行うことができるならば、事業量の確保はできることになり、このときの労賃を最低補償金額と考えれば、所得補償的な考えは成り立つ。
しかし、その地域での森林施業における労務単価は、割安で実施した結果、実勢単価としては安くなる。そうすると補助制度の算定基準となる標準単価は、その地域の実勢単価を基準に算定されているわけであるから、次節には標準単価も下がらざるを得ず、結果的に補助金額が下がり、さらに労働単価を下げていくという悪循環になる。そのため、現行の造林補助制度では実質的な直接所得補償制度としての賃金労働対策の最低補償とはなりえない。
今後も賃金雇用システムを主な手法として、山村における林業労働者を維持するという戦略をとるのであれば、現在の造林補助制度の補助部分のみで最低賃金的に支えるシステムが必要となってくるのである。
そこで、この造林補助制度を改善することで実質的な所得補償制度を創設することを考えてみよう。現在は実施された森林施業の中には経済性と公益性が包含されているとして、その公益性にあたる部分の助成を行っているのであるが、これを、森林整備における公益性のみに注目し、補助ではなく公益性相当部分を給付金として交付する方式に変更すればよいのではないか。すなわち「森林保全に要する経費の直接支払い制度」(以下「直接支払い制度」という)の創設である。誰が行うか、何の目的で行うかは問わず、認められた森林整備を行う場合には全てこの給付金を交付するのである。
現実的には数年間の移行期間を経て変えていくのが妥当であろうが、できるだけ改編の影響を少なくするためには、予算的な対応、認定・査定システムの対応に工夫が必要になる。
予算的な対応としては、まずは、現在の規模、内容をそのままに移行することで足りるのではないか。給付額の認定・査定におけるシステムでの激変をさけるためには、現状のシステムにおける補助部分を公益性部分とし、現在の補助金査定方式をそのまま給付金査定方式とすれば、ほとんど実質的に影響なく移行できるのではないか。システム移行後、その予算規模、認定・査定基準を順じ変更していくことで「直接支払い制度」に完全移行する。そして、この給付額の認定・査定基準の設定において、今後の森林・林業の在り方を踏まえて、施業の種類により給付額の多寡を操作すれば、現在と同様の政策誘導の考え方が成立する。
このような給付金に近い制度は過去にも間伐総合対策における定額補助としての制度があったが、これはその補助額が現場の実勢単価と乖離したことで不評であったため、事業の計画期間の終了とともに制度も廃止された。これは、積算の根拠に問題があったわけであるが、この「直接支払い制度」における給付額の算定については、従来どおり標準単価方式により平均的な賃金水準、物価に対応して算定するようにしておくことが、山村側にとっても、また都市側にとっても算定基準を透明にするのに役立つ。
このとき、いわゆる以前の補助残分に相当する費用をもらわないことから事業実施主体においては森林整備をすればするほど赤字になると思うかもしれないが、そのときの算定基準となる標準単価の積算において所得補償の意味合いから都市での労務単価を使えば、山村部との賃金格差により、現状の実質的な補助率からすれば、ほとんど100%補助に相当するものになるのではないかと考えられる。
このような制度になると、森林組合や林業事業体が森林所有者に施業の実施を働きかけて、今までの補助残にあたる経費をもらわずにやれば、事業量の獲得も容易になり、やればやるほど事業収入はあがることから、森林整備事業を計画的に獲得・実施できるようになる。その結果、所得補償にはあたらないかもしれないが、森林組合等はどのような事業をどれぐらいやれば雇用をどれぐらい確保できるか計算できることとなり、実質的に所得補償に近いものになると思われる。このような制度改革を行えば、現在の賃金雇用システム政策をも変えずに済む可能性をもっている。
この制度のもう一つの意義は、現在の流域管理システムにおいて進められている山元での製材・加工等の産業と一体化するという方策をとらずとも森林の整備が可能になり、先導的流域以外での森林・山村対策が可能となることである。現在は、実質上、先導的流域といわれる地域のみが生き残る可能性が高く、その他流域に属する多くの民有林が、このシステムのもと地域に取り組む意志がないとして切り捨てられる可能性がある。現在の外材主導のシステムに対抗しうる木材産業との連携を持ちえない民有林は対象からこぼれてしまう。この民有林を今後どうしていくのかということが現在の緊急の公共政策の課題であると考えているが、この制度はそれを可能にするものである。
つまり、どこの地域においても森林整備を進めることができるようにすることは、国が保障すべき「フォレスト・ミニマム」であると考えられ、この制度はそれを実現する手法である。
また、森林組合や林業事業体以外の受け皿についても、例えば森林ボランティアをはじめとする市民活動も対象にいれることができ、森林NPOの育成にもつながることが期待される。
なお、このような「直接支払い制度」の認定・運用は後述する「流域森林委員会」で行うことにより、流域の森林整備と連動した対応が可能になる。
10) 市民参加による新しい「森林地図」の作成を
森林についての「地図」は、現在では、「所有者地図」と、林相の違いによる「地図」(天然林、人工林、人工林の年齢)が存在している。しかし、たとえば天然林にしても人工林にしても、そこにどのような樹種があり、間伐の遅れがどのような状態になっているのかを詳細に調査したものはつくられていない。まして今日多くの人々が関心をもっている、その森の中にどのような植物があり、どんな小動物が暮らし、いかなる大型動物や鳥類などが生息しているのかなどは、たまたま貴重種に指定されたものがわずかに調査されている以外には、正確な調査は全くおこなわれていない。
また森林の保水能力が主張されているにもかかわらず、地域、流域の森と川の水量の関係も調査されてはおらず、森と川の生物との関係も、地域ごとの調査は存在しない。保水能力は、森の能力と土壌の能力の総合であるにもかかわらず、土壌調査さえ満足にはおこなわれていない現状では、森の保水能力も不明なままであるばかりでなく、土壌と生物の関係も、森と土壌の違いによって河川や地下水の水質がどのように変わるのかも、明確にはわかっていない。
さらに、これからの森のあり方を議論するときは、その森が歴史的にみて、どのように人とかかわってきたのか、つまりその地域の森と人との伝統的なかかわりをみながら検討する必要があるにもかかわらず、ひとつひとつの森ごとの、伝統的な森と人の結びつきがどのようなものであったのかも調査されていない。
その結果、今日では森への関心が高まっているにもかかわらず、森についての議論は、基礎データを欠いたままで、抽象的、あるいは公約数的な議論に終っているのが現実である。
これからの森の守り方を検討するためには、私たちは、所有地図や簡単な林相地図だけでなく、森と土壌と河川の関係についての、その森の中で暮らすさまざまな生物に関する、その森と人の歴史についての、詳細な「地図」をもつ必要があるはずなのである。
といっても、このような「地図」を、各地域のそれぞれの森ごとに作っていくことは、専門家の力だけでは不可能である。それは継続的なデータの収集と膨大な人員を必要とする。とすると、このような「地図」の作成は不可能なのだろうか。
私たちは、大量の市民、地域の人々、さらに各地域の学校の参加をえて、「森林地図」をつくることを提案する。このような方法がとれるなら、これからの森林のあり方を議論するときの基礎データを手にすることができるばかりでなく、自分たちが調査した森への親しみを媒介にして、都市の人々と森との関係を親密にすることもできるし、学校教育のなかに新しい森林教育のかたちを導入することも可能になる。また調査をとおして、所有者、地域の人々、参加したさまざまな人々の間に、森とともに暮らす社会をつくるための新しい交流と違帯も生まれる。
このようなシステムを創造するには、@こうして作られた「森林地図」を公的資料として、市町村などが保管、公開し、つねに利用する体制をつくること、A各地の「地図」間の整合性を確保するために、全国の統一的な調査マニュアルをつくり、調査に参加する人々の講習機関をつくる必要性があるだろう。前者は、これからの参加型社会づくりを、森林の領域において先取りするものであり、また後者のシステムをつくるにあたっては、森林ボランティアとこの活動に賛同してきた各分野の専門家は、関係機関と協力して、これを実現させていく用意がある。
11) 「流域森林委員会」の創設
地域が主体となって地域の森林計画をつくり、各森林所有者間の調整をし、管理放棄森林の管理をすすめる、さらにこの過程に地域住民や流域市民の参加を求める、そのような森林と人間の関係全体を司る機関は今日存在しない。確かにそのような役割の一部、ときに大部分を司っている森林組合や地域自治体も存在するが、日本全体をみるならそれはむしろ例外であるといったほうがよい。
森林管理はまずその地域が主体になるべきであるという立場に立つなら、農山村、都市を問わず、その地域に存在する森林と人間の関係を総合的に把握し、計画し、調整するとともに、森林資源の有効な活用をすすめる新しい機関として、流域全体の森林計画を調整・策定し、流域の最低限の森林整備のあり方(「フォレスト・ミニマム」)を各森林所有・利用者に提示していく、「流域森林委員会」を創設することを求める。
特に、市町村森林整備計画の中で森林の取り扱いに関係の深い事項が決定されるようになったことから、今度は逆に市町村の圏域を越えた森林の働き、広域的な森林整備の視点が重要になってきている。具体的にこれは都道府県の役割になるが、地域森林計画においては具体の森林についての処分性が低いため、その役割は十分ではないと考えられることからも、「流域森林委員会」のような存在が必要になってくる。
また、森林法の改正により、市町村が森林行政の最前線とされたが、現実的には専属担当はほとんどおらず、今までの森林行政の蓄積もほとんどない状況では、しばらくの間実質的には従来どおり都道府県主体で推移することはいなめない。ただ、様々な分野での地方分権により全般的な業務の増大を抱えて、今後市町村が積極的に森林整備に取り組めるかどうかも不透明である。実質的な権限を持つ主体の積極性のいかんはすぐに森林整備に反映される。今後も、ただちに市町村での体制が整備されるとは考えにくいことからも、現実的な対応として、流域内の市町村の森林行政事務をもちより、行政事務の一部事務組合や広域連合という形での「流域森林委員会」を創設することを考えるべきではないだろうか。この時、同様の流域を対象とした組織に森林・林業流域活性化センターが存在するが、組織の目的としてはほとんど変わらないと判断されることから、この「流域森林委員会」は現在の森林・林業流域活性化センターを充実したものとして位置付けることもできる。しかしながら、現状のままの移行は市民参加の視点からは評価できない。
本来であれば、「流域森林委員会」のような性格を持った組織は、私たち森林NPOにこそふさわしい役割だと考えており、そのために努力を惜しまないつもりであるが、現在の日本の森林に関する市民活動の現状においては、まだその実力はほど遠いものがある。そのため、現実的な対応として、「流域森林委員会」を行政組織の一形態として提案するものであるが、流域市民や森林ボランティアが積極的に参加できることが必要であり、単なる行政や「林野一家」間の調整団体であってはならないことはいうまでもない。
「流域森林委員会」の構成は、国有林、民有林をあわせた視点を持つこと、また、市民参加を可能にし具体の森林への管理を司ることから、(1)流域全体の森林計画を策定し、そのために必要な地域の森林計画やゾーニングの調整をおこなう。(2)森林をほとんどもたない流域の都市の行政、市民の参加をえて、流域の森づくりをすすめるときの都市の役割を明確にする。(3)森づくりへの都市の人々の参加を促進する役割をはたす、といった任務をもつ必要があるだろう。
そのため、後述する次のような組織を下部組織として持つことを想定している。
まず、市町村ごとに「流域森林委員会」の実務を行う「森林委員会」、次に、後述の国有林、民有林に設置される「森林官」による「森林官連絡会議」、そして、国有林に関しての意見調整機関としての「国有林管理委員会」で構成されるものとする。また、市民からのチェックシステムとしての「森林オンブズマン制度」を設ける。
12) 「森林委員会」と地域森林管理
今日の森林管理の問題点のひとつは、地域の森づくりに責任をおうシステム、人々がどこにも存在しないことである。市町村にその部門はなく、森林組合は拡大造林時代の補助金の受け皿と労働組織であるという性格を克服していない。所有者が林業をしていれば森は守られるという「予定調和」的森林観によってつくられたのが戦後の林野行政の仕組みであり、それの破綻が明らかになった今日では、新しい視点をもちながら責任をもって森づくりをすすめる主体が、どこにもいなくなってしまったのである。
このような状況は、早急に克服されなければならない、ゆえに私たちは、市町村単位で「森林委員会」をつくり、これからの地域の森づくりに責任をもつ体制を整備すべきであると考える。
「森林委員会」は次のような役割を担う必要があるだろう。(1)前記した森林の「所有地図」、「計画公示地図」、「保続対象森林地図」、「森林地図」の製作と、一元的管理、その閲覧体制の確立。(2)地域の森林調査をすすめ、調査ボランティアを導入する窓口であり、指示機関としての役割。(3)「保続対象森林」の認定と各所有者が公示した将来計画に沿って森林管理をすすめているかどうかをチェックし、必要に応じて計画変更の勧告、第三者による施業代行の承認を得るための活動。(4)各所有者の計画と保安林との調整。(5)不在村地主などの「管理放棄森林」の管理代行とその森林の整備・施業の第三者への依頼。(6)地域全体の森林整備計画の策定やゾーニングを行い、所有者自身によって整備をすすめる森林、森林組合、第三セクター、民間事業者などの手で整備、施業をする森林、地域住民のボランティア活動によって整備する森林(新たな学校林の創設、青年会、女性会、老人会、商工会、観光協会などが担当する森林の創設なども考えられる)、流域市民のボランティア活動によって整備する森林といった「主体別整備計画」を策定する。(7)森林ボランティアの地域への受け入れ機関としての役割。(8)地域の保安林計画や後述するように治山計画を作成し、都道府県、国との調整をおこなう。(9)森林に関する各種助成金の申請、受け入れ機関としての役割、などを果たすものとして、「森林委員会」は考えられる必要がある。すなわち、これらの役割を担う中で地域における「フォレスト・ミニマム」を設定していくのである。
そしてもっとも重要なことは、常勤の職員だけではなく、非常勤の委員を置くことによって、所有者をふくむ地域の人々が参加する「森林委員会」として創設することであり、その地域の森づくりに参加する地域外の人々や、森と村の関係、森林の生態系や森と川の関係についての専門家、農山村と都市を結ぶコーディネーター的な役割をはたせる人々を委員として積極的に内部化していくことであろう。
13) 新たな「森林官制度」の創設
現在の森林管理においては、国有林と民有林の間に統一的な連関がつくられているとはいえない。しかし森に暮らす動植物にとっても、また森林を所有しない人々が森をみる視点のなかにも、国有林、民有林の区別は存在しないのである。
とすれば国有林と民有林は、協力し合って地域の森をつくりだしていく努力をすべきであろう。
ところで国有林には一定面積の森林を管理する森林官がおかれているが、民有林には所有者以外の統括的な管理者が存在しない。あえていえば森林組合がその役割を代行しているともいえなくもないが、現実には森林組合は人工林への対応に追われているだけの場合が多く、地域の森林の「支配人」的役割を担えているとはいえない。
私たちは、民有林にも「森林官」を設置することを提案する。もちろん国有林と違って民有林にはさまざまな所有者がいる以上、「森林官」が自由に地域の森林の将来的計画を考えるわけにはいかない。しかし、地域の森林全体の様子をたえず把握し、前提で述べた各所有者の「森林計画」づくりの相談にのり、今日の森林に求められているものを視野に収めながら、所有者とこれからの森林整備の方向性を話し合い、同時に地域、流域のさまざまな人々の森林への希望と森づくりへの参加を調整していく、地域の森の総合的な「支配人」を置くことは重要である。
このような制度がつくられるならば、民有林の「森林官」と国有林の「森林官」はたえず相互に連絡をとり合い、国有林、民有林一体で地域の森をつくりだしていくことが可能になる。
もちろん、今日の国有林の森林官制度には、(1)一人の森林官の担当する面積が広すぎるために、受け持つ森林の実態さえ十分に把握できない森林官が多い。(2)2〜3年単位で森林官が変わるために、継続的な森林管理ができない、という問題点があり、このことの是正も同時におこなわなければならないが、市町村に民有林の総合的な「支配人」とでもいうべき「森林官」を置くことによって、国有林と民有林の一体的な管理を実現させる道を開くべきであると私たちは考える。
この「森林官」は、国有林においては現在の森林官をあて、民有林における「森林官」は、都道府県行政との連携や実質的な意味からも、現在の都道府県の林業改良指導員制度を改善しこれにあてることを提案する。
ただし、この「森林官制度」は単に地区担当をおくというシステムではなく、これに権限と責任を与え、権威のあるものとすることが必要である。
そして、先述した「流域森林委員会」のもとに、国有林と民有林の「森林官」による協議機関としての「森林官連絡会議」を創設することにより、現場の声を直接反映できるシステムを構築する。
14) 地域・流域の「国有林管理委員会」の創設
1950年代までの国有林では、多くの地域の人々が働いていた。しかしその後の機械化、トラック輸送の拡がり、国有林の人員合理化などによって、次第に国有林は地域の人々にとって「不在地主の森」のようなものになっていった。しかも最近までつづいた国有林の官僚的で硬直した態度が、ますます地域の人々の国有林離れを促進した。
現在では、国有林を村とは関係のない「霞ヶ関の森」とみなす地域の人々が大多数であるといってもよい状況になっている。
一方で、森林のもっている特有の性格を理解しない国の財政制度のもとで、国有林の財政赤字は巨大化し、1997年に国有林の累積債務の一部を国が肩代わりする制度がつくられたものの、今日の国有林は破綻の危機上にある。この過程で大量の人員合理化がおこなわれ、かつて8万人いた国有林の労働者は、最終的には5千人まで減らされる方向性が決定している。
こうして国有林は、自らの森を、自らの手で管理する能力をも失なった、といってもよい。このような事態を克服するために、国有林は官民一体の「流域管理システム」づくりにのりだしたが、それは、(1)木材の生産と流通についての流域管理システムでしかなく、(2)つまり森を守る流域管理システムになっておらず、(3)減少した国有林の現場の労働力を民間で確保しようとする意図がみえていたために、多くの流域では十分に機能する「流域管理システム」をつくりだしえないでいる。
こうして国有林は、1990年代にすすんだ開放政策(自然保護グループをふくむさまざまな地域、市民グループとの話し合い、官民一体の流域管理システム創造への行動、保護を中心とした森の積極的な設定など)がおこなわれたにもかかわらず、地域から見捨てられた状態のなかで、破綻を深刻化させている。
このような事態を克服するには、(1)国有林といえども、それぞれの地域の森であることを一層強く確認し、(2)国有林、民有林一体の地域の森づくりをすすめ、そのためには、(3)地域の人々が参加する「国有林管理委員会」を創設する必要があると私たちは考える。
国有林は、明治時代の成立過程において、そもそも地域の森を国家が収奪して成立したという「負の遺産」をおっている。この「負の遺産」はいずれ返済しなければならず、ただし国有林という所有形態は変えずに、その管理、計画、造林、育林などの過程に地域の人々が参加するシステムをつくることによって、実質的に国有林を地域の人々に返していくことが必要だと私たちは考えるのである。
現在の管理、計画の部門は国のもとに残し、不足した造林、育林、伐採、伐出などの労働力だけを地域、流域の人々から補充しようという姿勢だけでは、かえって地域の人々の反発を高めてしまうだろう。
国有林を実質的な地域の森へと変えていく。そのために地域の人々が参加する「国有林管理委員会」を各地につくり、現場では国有林の「森林官」と民有林の「森林官」が協力して、地域の森の管理にあたる。それが今日の国有林の危機を克服する道であると私たちは考える。
また、この組織を「流域森林委員会」の中におくことによって、民有林の計画、調整をすすめる「森林委員会」と「国有林管理委員会」が協力し、真に「官・民一体」の森林管理が実現するのである。
15) 「森林オンブズマン制度」と森林認証制度について
かつて林業に対する不信が高まった背景には、とりわけ国有林において、伐採などの施業計画と実際の施業とが異なっているという問題があった。国有林の人員合理化に伴う民間業者への作業発注がふえるにしたがって、たとえば本数で10パーセント、蓄積で20パーセントの択伐(木の本数で10パーセント、ただし太い木を切るので森の木の蓄積量に対する割合いは20パーセントとなる木を、間引きするように伐採する)という計画でおこなわれた施業現場に行ってみると、計画どおりなら妥当な伐採(つまり森の基本的なかたちはこわされていない伐採)であるはずなのに、実際には計画量をはるかにこえる伐採がおこなわれている、というようなケースが多発した。こうしたことが、国有林が伐採すると聞いた瞬間に森林が破壊されるというイメージを高めたことは否定できない。
林道工事でも、森林を守る道であるはずの林道が、現実には森林に悪影響を与える観光用道路として建設されていたり、ずさんな工事によっておびただしい土砂が河川に流入してしまうようなことが度々起った。
こうした出来事は、十分に環境にも配慮しながら林道をつくり、林業をすすめていた人々をも「悪玉」とみなす風潮をつくり上げ、真面目な林業家をも圧迫してしまったのである。
このような事態を防ぎ、林業のもつ社会的役割への認識を全社会的に高めていくためにも、私たちは、林道工事や施業後の森林が計画どおりになっているかどうかをチェックする、新しいシステムが必要であると考える。それを私たちは「森林オンブズマン制度」と呼ぶが、私たちはこの制度を林業を監視するものとしてのみ考えているのではない。むしろ、地域、流域の森林計画づくりに多くの人々が参加し、ときに森の労働にも地域、流域の人々が参加する。そのうえで、さらに林道工事や施業後のチェックにも多くの人々が参加することによって、地域、流域のすべての人々の力でこれからの森林を守っていくのだという社会をつくりだすためにこそ、このシステムが必要だと考える。そして、この制度は、「流域森林委員会」、「森林委員会」、「国有林管理委員会」のそれぞれにおいて、委員会自体を監査する役目を持つものであり、それぞれの委員会に設置する必要がある。
また、「流域森林委員会」、「森林委員会」、「国有林管理委員会」を通じた幅広い、透明性のある市民参加を求めるものであり、特に具体的な森林の取り扱いへの参加を期待しているが、現在の森林計画制度は具体の森林施業への処分性は低い。そのため、最も具体の森林施業に近い民有林における森林施業計画、ならびに国有林の施業実施計画において、森林認証制度を活用した参加手法を提案する。
最近、森林認証制度の可能性について議論がなされているが、その認証事例において、経営林の森林施業マニュアルについて、経営者の方針としてはしっかりしたものがあるがそれを文書化したものがなかったことが指摘された。
このようなマニュアル化が実質的な林業経営に必要かどうかは別にして、このマニュアル化は、これまではきわめて技術的な専門性のもとに林業家などに独占されてきた森林の取扱を、素人の市民を含め外部から容易にチェックすることを可能にすることに意味がある。つまり、森林の取り扱いにおける専門性がわかりやすく分解された手続として明示されたことにより、その分解された一つひとつの手続がなされているかどうかをチェックするだけで、技術的な判断を行なえるようになり、具体の森林の取り扱いについての市民参加が可能になるのである。
具体的には、民有林においては森林所有者が作成する森林施業計画において、現在の単なる施業の種類と数量、時期だけの計画認定から、その施業内容までを明示したものに改編することにより、その管理の質まで問うことができるようになる。国有林においても施業実施計画における計画内容をこのように明示すれば市民によるモニタリングがしやすくなる。
特に、民有林における森林施業計画については、現在の認定基準において、一定の年齢になった時には伐採をしなければならないようになっているが、今後の森林管理においては、伐採をいかに促進するかではなく、また、いかに単位面積当たりの収穫材積を大きくするかでもなく、いかに高ストックを実現するかということが経済的にも環境的にも望ましいと考えられる。このことから現状の認定基準等については改善が必要であり、「保続対象森林制度」や「直接支払い制度」、森林認証制度と整合性を持ったものとすべきである。
また、このようにマニュアル化された手続きが実現されれば、森林施業を市民がモニタリングしやすくなるだけでなく、例えば、「保続対象森林」において、このような手法により施業認定された森林を「直接支払い制度」の対象とすれば、公的支援の担保としての施業内容の履行が確認しやすくなるのである。
この手法の有効性は、具体の森林の取扱に限ったことではなく、森林計画などの全ての過程において、市民参加を設定する時に重要な手法である。すなわち「森林オンブズマン制度」にとっても必要なシステムである。また、この過程において、市民が森林の状況を把握しておくことは非常に有効であることから、「森林地図」の製作への調査ボランティアの大量動員をはかるべきことは、このようなチェックシステムの運用にとっては大変重要であると考える。
なお、FSCによる森林認証制度そのものは、国外の森林を対象に開発されたものであり、人工林施業の歴史や気候・風土、生態系の異なった日本の森林にその判断基準をそのまま持ち込むことは無理があるようである。そのため、この制度自体の実際の運用においては、日本の状況を踏まえた日本版スタンダードの創設による森林認証制度の構築が必要であろう。
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