越境の文学/文学の越境

文学が現実の国境を越え始めた。日本文学といいフランス文学といい、「文学」の国籍を問うこと自体の無意味さが、誰の目にも明らかなほど、露呈してきた。

「自国と外国」の文学を、用いられている言語によって区別することが不可能な時代を、私たちは生き始めている。思えば、この越境は、西欧近代が世界各地で異世界を植民地化した時に不可視の形で始まっていた。

世界がさらに流動化し人びとが現実の国境を軽々と乗り越えつつある五世紀後のいま、境界なき、この新たな文学の誕生は必然である。

文学というものが、常に他者からの眼差しと他者への眼差しの交差するところに生まれ、他者からの呼びかけに応え自己を語るものであるとするならば、文学を読む営みはこれらの眼差しの交わるところに身を置き、この微少な声に耳を澄ますことでなくてはならない。本シリーズが、そのための第一歩となることを切に願う。


引き船道
ジェズス・ムンカダ 著/田澤佳子・田澤耕 訳/有賀強 装丁/46判・上製・384p/ISBN4-7738-9911-5/定価3500円+税
植民地の喪失、内戦、フランコ独裁、近代化……19〜20世紀のスペインの波瀾万丈の近・現代をカタルーニャの片隅でひっそりと生きた村人の、ユーモアとペーソスとエロスに満ちた物語として描く現代の語り部、ジェズス・ムンカダ。世界各地の言語に翻訳されたカタルーニャ現代文学最高の話題作が今秋、日本で初紹介!
【作家紹介】
ジェズス・ムンカダ
Jesus Moncada (1941〜 ) スペイン、カタルーニャ地方のマキネンサ村で生まれる。最初はイラストレーターとして働いていたが、40歳の頃から小説を発表しはじめた。以後着実に作品を書き続けきているが、一九八八年に発表された『引き船道』は、カタルーニャの由緒あるジュアン・クラシェルス文学賞を受賞、これを契機に多くの外国語に翻訳された。現在ではカタルーニャ語で表現する文学者のなかで、世界的に最も注目される作家となっている。本書の舞台は、作家の故郷で、水没する以前のマキネンサ村。アラゴン山中に源を発するエブロ川に面するこの地域に住む人びとの精神世界は、内陸民の閉鎖性にも海洋民の開放性にも偏しない、独特のものとなって形成されているが、本作品は19世紀から20世紀にかけての変転めまぐるしいスペイン/カタルーニャを時代背景に、その村固有の精神史を語ることで世界的な普遍性に至った語り部的作品である。

【訳者紹介】
田澤佳子(たざわ・よしこ)
1957年生まれ。翻訳、カタルーニャ文化の紹介に従事。1996〜98年カタルーニャ自治政府文化普及コンソーシアム日本代表。

田澤耕(たざわ・こう)
1953年生まれ。現在、法政大学国際文化学部助教授。カタルーニャ語・文化専攻。著書:『カタルーニャ50のQ&A』(新潮社)、『カタルーニャ語文法入門』(大学書林)訳書:『バルセロナ・ストーリーズ』(水声社)、『バルセロナ』(新潮社)

目次

主な登場人物
関連地図
第一章 エデンの
日々
第二章 十三聖人島
第三章 灰のカレン
ダー
第四章 黒い南西風
エピローグ 終わり
なき亡命
「引き船道」の時代
背景
訳者あとがき     


ヤワル・フィエスタ(血の祭り)
ホセ・マリア・アルゲダス 著・杉山晃訳/46判・244p/98.4/定価2400円+税 ISBN4-7738-9719-8
アンデスと西洋、神話と現実、合理と不合理、善と悪、分かちがたくひとつの存在のなかでうごめきながら、せめぎあうふたつの異質な力の葛藤を描く、ペルーの作家アルゲダスの初期の名作。
【著者紹介】


気狂いモハ、賢人モハ
タハール・ベン・ジェルーン 著・澤田直訳/46判・200p/96.7/定価2200円+税 ISBN4-7738-9606-X
虐げられた者の視線を体現する、聖人=賢人=愚者としてのモハ。彼の口を通して語られる魅力あふれる愛と死の物語が、マグレブの現在を浮き彫りにする。
【著者紹介】


ボンバの哀れなキリスト
モンゴ・ベティ 著・砂野幸稔訳/46判・404p/95.7/定価3400円+税 ISBN4-7738-9509-8
1930年代のカメルーンを舞台に、植民地支配を補完し、そこから利益を得るキリスト教宣教師の姿を抉り出しつつ、同時に「アフリカの古き良き伝統」を美化する立場にも批判をくわえて、日々変容を遂げる現代を生きるアフリカの人びとの希望と欲望を描く。
【著者紹介】


ジャガーの微笑 ニカラグアの旅
サルマン・ラシュディ著・飯島みどり訳/46判・184p/95.3/定価2000円+税 ISBN4-7738-9504-7
インドに生まれ、パキスタンにも暮らし、今はイギリスに帰化して作家生活をおくるラシュディ。南と北の現実を身をもって見据えてきた彼は、大国(米国)の包囲下で革命の道を歩むニカラグアの現実(1986年)を独特の視点から見つめる。『悪魔の詩』に先立って書かれた興味あふれる旅行記。
【著者紹介】


<エグゾティスム>に関する試論/覇旅
ヴィクトル・セガレン 著・木下誠訳/46判・356p/95.1/定価3300円+税 ISBN4-7738-9501-2
20世紀初頭、ブルターニュ生まれの彼は「フランス的なもの」「フランスの偉大さ」に収斂するフランス文学史を解体し、<エグゾティズム>に固執した。タヒチ、中国内陸部へと旅し思索した、《時代に先駆けた》その精神は、世紀末のいま、情況的な必然性をもって。私たちの前に開示される。
【著者紹介】


ネジュマ
カテブ・ヤシーヌ 著・島田尚一訳/46判・312p/94.12/2800円+税 ISBN4-7738-9411-3
フランス植民地時代のアルジェリア、神秘的な女性ネジュマを思慕する青年たちの姿を通して、未だ存在しない、来るべき、生み出されるべき祖国を思う。
【著者紹介】