エゴイズムで終わらない「個」の連帯を
2005年10月27日の夕刻。移民や低所得層が多く住むパリ郊外で、15歳と17歳の少年2人が警官に追われ、変電施設で死亡した。そのニュースを聞き、日頃、差別や抑圧で苦しめられてきた郊外の若者たちは反乱を起こす。やがてフランス各地で同様の反乱が起き、政府は「夜間外出禁止令」を出した。
その翌年、暴動を受けて出された「機会均等法案」の大きな柱の一つにC PE(初回雇用契約)があった。26歳未満の若者を雇用した企業は3年間社会保障負担が免除され、2年間はその若者を理由なく解雇できる措置だった。フランスの若者たちは猛反発し、3カ月におよぶ闘いを繰り広げて、成立した法律をひっくり返した。
山本さんは、この連続する若者の意思表示を注意深く見ていた。階層の違う若者たちの個別の闘いに見えるが、根底には不安定雇用の問題があった。若者を「使い捨て」の労働者として扱おうとするフランスに、日本の姿を重ねた。日々の生計を立てるのに精いっぱいだったが、CPE撤回の動きをみて、「これは私しか書けない」と、執筆を決意。
「この本を通じて伝えたかったのは、闘っていいんだよってこと。日本もフランスも、問題の根源は同じ。人に回答を請う発想では、変わらない」
山本さんがフランスに興味を持ったのは高校3年生の時。受験勉強のさなか、息抜きのため「世界文学全集」を眺めていると、『ジェルミナール』というタイトルの一冊が目に留まった。
「頭を殴られたようなショックだった。こんな話が『文学』になるフランスって一体どんな国?という好奇心がわいてきた」
「美しくて、甘い」という「文学」のイメージも覆された。『ジェルミナール』は19世紀の北フランスを舞台に、炭坑労働者が悲惨な状況の中で立ち上がっていくという、エミール・ゾラの代表作。大学受験は仏文科を選択し、卒業論文はこの作品をテーマにして書き上げた。
入学当初は、授業内容や教員に失望し、「今の若い人と同じように悩んで揺れて」いた。自分の悩みが、教育の問題や大学のあり方、社会全体の仕組みにかかわっていることにも気づく。
「挫折を受け入れてやめてしまうのか、解決するために真正面から取り組むか、どちらかしかない」と考え、学費値上げ反対など学生が当事者である問題に取り組み、同じ地域の企業で不当解雇があれば、連帯した。
大学を出て、ある雑誌の編集部にしばらく勤めたが、フランス語を身につけ、ジャーナリストになりたいという思いがふくらみ、フランスに向かった。
続きは本誌で...
やまもと みはる
1959年、茨城県生まれ。フランス在住ジャーナリスト。各種通訳やNHKフランス語会話テキストの翻訳などもてがける。著書に『グリ、ときどきグランボー ガイドブックにないフランスの素顔』(本の泉社)など。