群れで飛ぶカナダ雁のように
加藤さんの新著の表紙は、カナダ雁がVの字に群れを作って飛んでいる絵だ。
「カナダ雁はV字編隊で群れとなることで1羽で飛ぶ時よりも71%も飛行距離を延ばすことができる。後ろの鳥は前に飛ぶ鳥を常に鳴き声で励まし、疲れたら前後交代することでスピードを保って、もし1羽が脱落したら2羽が付き添って別の群れに合流するんです」
北米のマイノリティーの人々のセルフヘルプ・グループで道標とされているこの教訓。これを知った当時、抑うつ状態を再発していた加藤さんは、精神障害者のピア(同じ立場同士の)カウンセリング、そして女性や障害者、同性愛者のセルフヘルプ・グループに支えられていた。対等に時間を分け合って、「私」の「気持ち」や「感情」を語り合い、聴き合い、分かち合うことで、加藤さんは自分の気持ちに蓋をしていたことに気づいた。抑えていた怒りが堰を切ったように溢れ出た時期も仲間は支えてくれた。やがて「閉じている時も開いている時もどちらも大切な自分」と心底思えた。
いじめなどが原因で15歳から8年間引きこもった。16歳の時に高校への通学に備え集団生活をしたいと精神病院に入院したが、ここにいたら静養できない、余計に悪くなると思った。
「病気になるには過程も理由もあるのに、医師や専門家が薬を与えて、本人の代わりに全部考えてあげますって。親切に見えて実はとんでもなくその人の本体を奪ってしまうのでは?」
日本の精神医療は精神障害者を病院に強制隔離する「収容主義」と薬物療法に頼ってきた。近年「入院医療から地域生活へ」という方向性が掲げられるも、日本の精神病院入院患者数はいまだ約34万人と世界で突出して多い。欧米の入院日数は6週間程度なのに対し、約5割が5年以上の入院だ。精神病院での人権侵害は毎年報道されているのに、2003年には大阪・池田小学校事件を契機に予防拘禁・隔離収容を規定した心神喪失者等医療観察法が制定された。
大学検定試験をパスし、福祉を学んだ後、10年間精神科ソーシャルワーカーとして働いた。そこで出会ったのは、1回目の入院が35年にも及ぶ人たち。感情の起伏をなくすために前頭葉の手術(ロボトミー、現在は禁止)をされた人も。優生保護法により強制不妊手術をされた人は「お母さんやお医者さんがよかれと思ってやってくれた」と言っていた。後に加藤さんの聞き取りでは、説明もなく収容され電気ショックをかけられた人、強い薬でのどが渇いても水がもらえず便器の水を飲んだ人もいる。そして35年の入院の後に地域に帰っても、「浦島太郎状態」で、根強い差別と偏見のある社会の中へ放り出される。
「本当は嫌なのに叫べない。精神病になると、自分の気持ちや意見は『病気のせい』にされるから。環境が病をつくることもある。逆に病があっても、その文化を認めて、『助けて』と言える人間関係や環境が整えば楽しく生きていける。だから当事者が声を上げることが大切です」
続きは本誌で...