(c)落合由利子
「グリーフケア」という言葉が、いま社会の中で静かに浸透している。グリーフは喪失の痛み。事故や事件、災害、病気などで大切な人を失ったり、関係性を絶たれてしまうことは、誰にとっても耐え難いことだ。
「乗り越えようとしなくていいんです。自分らしく悲しんで」と話すのは、文筆家の入江杏さん。8年間暮らした英国から家族で帰国した直後の2000年12月、世田谷一家殺人事件で、隣地に住む妹一家4人を失った。事件は23年経ったいまも未解決のまま。その後の長きにわたって入江さんはやり場のない悲しみ、生き残った罪責感、さまざまな苦悩にとらわれ、言葉を失い、好きだった本さえ読めなくなったという。
「自分で話すこともできないのに、報道などによって事件の被害者とはこういうものだ、遺族はこうあるべきだとスティグマ(負の刻印)を、外から与えられてしまった。そのことに一層、追い詰められました」 事件の第一発見者となった入江さんの母(故人)は、差別や偏見を恐れ、銀行や病院で名前を呼ばれることすら怖がった。 「事件の遺族になった体験というのは、言葉や理念、常識で対抗できるものではなかった。それを超えた理不尽さでした」
何もできないまま手を動かしているうちに、一枚の絵が生まれた。それを編むようにつないでいくと絵本になった。06年に出版した『ずっとつながってるよ~こぐまのミシュカのおはなし』。ミシュカは入江さんの姪、にいなちゃんと、甥の礼くんが大切にしていたぬいぐるみの名前。絵本の出版は、自らの考えを主体的に伝えるきっかけとなった。大学でグリーフケアを学び、06年12月に、悲しみについて思いを馳せる会、「ミシュカの森」を開催。今では、作家や小児科医、宗教学者などにも、それぞれの観点からグリーフについて講演してもらい、さまざまな苦しみや悲しみに向き合い、共感し合える場として発展することになった。
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