屋久島の詩人、故・山尾三省氏は縄文杉を「聖老人」と呼び心を通わせた。悠久の時を見つめ、その神が憑依したかのような立ち姿から現代の人々が忘れ去った大切なものを詩作を通じて言葉に定着させようとしたのだ。
福島原発事故からの復興という名のもと、すっかり更地となってしまった町々には今、たくさんの聖老人が立っている。家屋解体は敷地の庭木は適用外という、復興事業の奇妙な建て付けがもたらした奇怪な風景。取り残された聖老人の木肌にそっと手を触れると、はるか遠くに避難した家族たちの望郷、無念、そして望まざる諦念が、木霊になって私の毛細血管を伝わり脳幹を震わす。
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