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時折かもめの声がし、潮の香りもする。海はすぐそこ。更地が広がるが、新しい家もぽつぽつと建ち始めている。その一画に、コンテナハウスがある。中から大きな柔らかい笑顔で遠藤綾子さんが出てきて、私たちを迎えてくれた。ここは、JR石巻駅から車で約20分、宮城県石巻市渡波地区にある遠藤さんの自宅跡だ。東日本大震災の津波で、綾子さんは自宅と、3人の子どもたち、花ちゃん(当時13歳)、侃太くん(当時10歳)、奏ちゃん(当時8歳)を失った。
今、綾子さんはここで週に1回、40~80代の10人ほどの被災した女性たちと、「イシノマキモノ」というグリーティングカードを制作している。扇、着物、五重塔といったモチーフの紙の型からのぞくのは、色とりどりの着物の柄。 「着物のここを使おうかしら?いやこっちにする?ってみんなでやっています。私は彼女たちのことを『デザイナー』って呼んで持ち上げて(笑)、それ、すてき!って自画自賛。注文が立て込んでいるのに、すぐにお茶っこの時間になっちゃうんですよ」と綾子さんは笑う。
震災当日、綾子さんは勤め先の石巻市内の病院で被災した。2日後に自宅に戻り、子どもたちのことを聞かされた。「感情というものがなくなってしまって。仕事は再開しましたが、ロボットのようで。生きていても仕方ないって…」 それでも近所の旧渡波保育園で、高齢者含め住民約60人で共同生活をし、忙殺された。
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