(C) 井上陽子
「弟の嫁が ガス管をくわえて死んだ」 ある日、友人から一冊の詩集を手渡され、何気なく開いた私は、たちまち心を掴まれた。部落差別によって自死に追い込まれた義妹のことを描いた詩から始まる。たぎる怒りと深い悲しみ、そして人間への慈しみに満ちた言葉が連なっていた。
この詩の作者、小西恒子さんは、兵庫県加古川市の被差別部落出身である両親のもとに生まれた。母の故郷を「あそこは」と声をひそめて言い合う大人たちと、相槌を打つ母。その時は意味が理解できなかったが、柔らかい心に刻みこまれた場面の一つだ。父は職を転々とし、酒を飲んでは暴れる。15歳で就職した姉からの仕送りに頼るほど、家計は困窮した。たまらず父を責めると、「おまえも大きなったらわかる!」という言葉が返ってきた。
中学2年生になった春、母が亡くなる。すでにキャディーや和紙の原料となる「がんび」取りをして家計を支えていた恒子さんに、弟妹の世話や家事がのしかかった。「教室にいても頭の中は家のことでいっぱい。勉強どころじゃなかったよ」 卒業後、手袋を製造する小さな工場に勤めた。ようやく買った大切なミシンを、酔った父親が壊す。思わず包丁を手にした時、近くに住む叔母が「ぜんざい炊いたから食べにおいで」と声をかけてくれた。わずかな時間差で何が起きていたかわからないと、今でも思う。
続きは本紙で...