人の心の奥底に潜む闇をあぶりだす作品を書く桐野夏生が「ママ友」社会を描く…と聞いて興奮!
東京の湾岸埋め立て地区にそびえる高層タワーマンションに、3歳2カ月の娘と暮らす33歳の有紗。同じくらいの子を持つおしゃれなママたちのグループに入るが、一見幸福そうなママたちにも有紗にも、暗い秘密があって…。
同じマンション内でも「分譲」と「賃貸」で階級があったり、朝ご飯がラーメンだったことを子どもに口外させないようにしたり、持ち寄りオヤツが手作りの気が利いたものでないと居場所がない…など「ママ」の状況描写はとてもリアル。とにかく「ダメママ」の烙印を押されないように皆必死。そんなママ描写に比べて、子どもとの関係があっさりしているのが気になるが、タワーマンションの部屋のように宙に浮かんでふわふわして自信のない有紗が、本当の友人を見つけ、自分を見つけて歩み出す姿が清々しくて、爽快な読後感が残る。(登)
彼女は何を視ているのか 映像表象と欲望の深層
竹村和子 著 河野貴代美、新田啓子 編
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- 彼女は何を視ているのか 映像表象と欲望の深層
- 竹村和子 著 河野貴代美、新田啓子 編
- 作品社2600円
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2011年に亡くなった著者の、未完で途絶した映像・映画論を中心とした生前の企画を、著者の友人たちが深い敬意を込めて編集したもの。図版多数、フィルモグラフィーもあり、「映画本」的に楽しむこともできる。アブグレイブ収容所の写真などを論じた章は、私が著者から直接聞いた際のスリリングな記憶が蘇るし、個人的には特に「悪魔のような女」論、レズビアン表象論、バイセクシュアリティー序説あたりを興味深く読んだ。
しかし、読むほどに著者の不在が読者に深く刻み込まれてくる本だ。大部であり多様なテーマで緻密な議論が展開されるにもかかわらず、やはり全体に欠如感が漂うのだ。その印象が深くなるのが、後半のいわば応答・対話篇。もう少し違う「言語」を使う表現者との対話を聞いてみたかった気がどうしてもする。そう、あえていえば「彼女は何を視られなかったのか」。いずれにしろ、著者が遺してくれた膨大な宿題として多くの人々に共有されることを願う。(び)
生の技法〔第3版〕 家と施設を出て暮らす障害者の社会学
安積純子ほか 著
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- 生の技法〔第3版〕 家と施設を出て暮らす障害者の社会学
- 安積純子ほか 著
- 生活書院1200円
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1970年代以降、家と施設をとび出し、地域で暮らし始めた障害者たち。重度身体障害者が中心の「自立生活運動」を追い、社会学的考察を試みた初めての書。初版から22年、この第3版はここ15年の動きも追加した文庫版。
家族の愛情や、施設での福祉的配慮が足りないだけが問題ではなく、過剰な愛や配慮が閉鎖的な空間に満ち、障害者の自立=自己決定が足払いを喰らってしまう、そのような社会のあり方までもが問題とされる。「愛と正義を否定する」ことからこの運動は始まった。
地域で自分らしい生活を送るために、ボランティア探しに疲弊し、介助派遣制度を獲得していく。彼らがたどり着いた一つの到達点がCIL=自立生活センター。社会全体が費用負担し、有償ヘルパーが介助を担い、障害当事者組織が媒介する仕組み。
無償の自助や共助、自己責任という名の「放置」が根強いこの国で、「個の自立」を社会全体で支える新しい形が見える。(道)