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オスロからイラクへ




サイードが亡くなって二年が経ちました。この間にヤーセル・アラファートの死という大きな事件はありましたが、そのことが従来の枠組みに劇的変化をもたらしたわけではなく、「自治」の幻想のもとに占領が継続し入植地が拡大しています。本当の変化はこれからやって来るのでしょうが、わたしたちはそれをどのように読み取っていったらよいのでしょう。今回、サイードの政治評論を過去に遡って整理しながら、ここに一つのよりどころがあるように思いました。

『オスロからイラクへ』はサイードの死後に出版された最後の政治評論集で、一部は日本独自の編集で『戦争とプロパガンダ』(全四巻)としてすでに出版されています。今回新たに翻訳した19本の記事に加えて、トニー・ジュッドによる充実した序文と、人権弁護士として活動する息子のワディ・サイードによるあとがきが所収されています。訳注も大幅に刷新しました。

時事評論なので登場する人物や事件に細かい説明はありませんが、時が経つにつれ記憶は曖昧になり、上書きされ、書かれた時のニュアンスがわかりにくくなっています。おまけに中東は遠い世界なので、忘却の速度ははやい。それを補うため今回かなり大量の訳注をつけました。

そこで実感したのは、サイードが取り上げたことの多くが、後に重要な展開を見せて現在につながっていることです。たいていの人より一歩さきの未来を見ていたようですが、それはカッサンドラの呪いだったかもしれません。最後の時期には意図的に今後に注目すべき人物や運動を挙げていますが、それはまるで後は君たちが自分で判断しなさいと言っているようです。

確かに、彼のエッセイは2003年半ばで止まってしまいましたが、その後のできごとの流れを把握するのに非常に役立つ情報は、これまでのエッセイの随所に埋め込まれているのです。3年間にわたる出来事の経緯を追ううちに、目配りすべき勘所もつかめてきます。でも、その重要な情報も、このまま書籍の中に閉じ込めてしまうと、すぐに古びてしまいそう。

本書の訳注には2005年秋の時点で得られた情報を入れたのですが、すでにもう新しい展開が起こっています。せっかくサイトにこれだけのアーカイヴがあるのだから、これを基にしてアップデートしていくことはできないかなあと考えています。とりあえずは、この機会にサイトの訳注を充実させるところからはじめようと思います。

From Oslo to Iraq and the Road Map

目次

本書はエドワード・サイードがアラブ系新聞『アル=ハヤート』と『アル=アフラム』に連載した政治評論をまとめたものであり、2000年9月の第2次インティファーダ勃発とオスロ体制の崩壊から、2003年春のブッシュ政権によるイラク侵略開始と中東和平のための「ロード・マップ」の提示にいたる期間のできごとがカバーされています。亡くなる直前まで、月に1、2度のペースで欠かさず書きつづけられたこの定期コラムは、1990年代の前半にはじまりました。

1993年夏にイスラエルとPLO幹部の密約に基づいてオスロ合意が成立すると、サイードはこれに激しく反発し、公然とアラファートを非難しはじめました。解放運動の主流派と決裂し、世界中が画期的な前進ともてはやした和平プロセスに反対して孤独な闘いを強いられたサイードが、従来の取り組みに代わるものとしてはじめたのが、この定期コラムの執筆です。占領地やイスラエルの人々と親密に接触することと並んで、アラブ世界の人たちに直接語りかけようとする試みでした。

この評論は着実に読者を広げていきましたが、とくに9・11事件が起こった直後の異様な興奮状態の中で、サイードの発言に世界の注目が集まることになりました。この事件以降の記事は『戦争とプロパガンダ』として日本語でも翻訳出版されました。およそ半年ぐらいの間隔をおいた独自編集による出版でしたが、それぞれの記事が書かれた時点で読めることに意味があったと思います。

アラブ、イスラエル、アメリカのいずれの社会にも深い理解を持ち、それぞれに対して鋭い洞察力にもとづく等しい目配りをしたサイードの現状分析は、どのような社会においても内部者でありながら同時に外部者であるという立場から批判的な姿勢をつらぬくという思想を具現化したものです。境界線上に立つ本人の位置は、文学の素養にもとづいた鋭い切り込みで人間性を問う語り口ともあいまって、これらの評論を他に類をみないものにしています。

今回、新たに翻訳した部分を加えて全体を通して読み返してみると、あらためて気がついたのは歴史の循環構造が浮かび上がってくることでした。しかもくり返されるたびに、シニカルで、杜撰で、グロテスクになっていく。まさにマルクスの言う、「2度目は喜劇として」なのです。ジョージ・W・ブッシュ政権は父ブッシュの政権のパロディであり、ほとんど同じ役者が演じている2度目のイラク戦争は、まるで父の時代の侵略をドタバタ喜劇仕立てで再演したかのようです。この政権を誕生させた2000年のアメリカ大統領選挙は、サイードがアメリカの選挙制度や政治システムについて非常に鋭い考察を加える契機になりましたが、そこで批評されたことは2004年の選挙であまりにも露骨に再現されました。真の対立軸(イラク戦争の是非と占領の即時終了)はメディアの動員によって萌芽のうちに潰され(民主党の予備選挙でクシニッチ候補とディーン候補が葬られたように)、同じ政策を掲げる2大政党の候補者のあいだで多くの有権者は途方に暮れました。

あらかじめ選択肢を奪った管理された民主主義の選挙の仕掛けはアメリカのみならず欧米諸国や日本にも広まっており、この戦争に反対して世界中の何百万もの人々がデモに出て明白に意思表示をしたことを考え合わせると、選挙という名のクーデターではないかとさえ言いたくなります。これから先を考えると、暗澹とした気持ちにならざるをえないのですが、この現実から逃避することなく(そんな場所もなさそうだし)、前向きに、理性的に対処しつづけることの大切さを、この本は確認してくれるようです。

──訳者あとがきより

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Posted on 27 Nov, 2005