「ガス室」神話の荒筋 不気味な大嘘のデッチ上げ

ユダヤ民族3000年の悲劇の歴史を真に解決させるために ― 論証と資料

「ガス室」神話検証:不気味な大嘘のデッチ上げ

1998.3.30.初入力。1998.4.4.増補改訂。

「ガス室」神話の荒筋

 このぺージの記事は、本基地訪問者の助言に応えて私の基本的な主張を整理し、出版労連個人加盟組合ネッツのメーリングに送ったものの増補版です。

 木村愛二です。

 また「ガス室」! やだな! と思う人もいるでしょう。そこが実は、この政治謀略の最大の秘訣なのです。

 気味の悪い話。ヒトラーの犯罪。

 その不気味な大嘘をデッチ上げてパレスチナを強奪し、半世紀もアラブ人の子供までを殺し続け、アラブ人の先祖伝来の土地を奪い続けているのが、極右の政治的シオニストなのです。

 その上、こともあろうに、彼等が建国した「偽」イスラエル国家の違法占領地帯の外側を守るために、日本軍(自衛隊はマヤカシ語)が出兵(派遣も同じ)しているからこそ、私は、この問題を、「やだな!」といわれようと、市民派を僭称する「偽」記者、本多勝一独裁の『週刊金曜日』記事などで中傷されようと、いささかもくじけず、ますます大声で叫び続けているのです。

 ところが、新ガイドライン云々などの平和運動に関わっている人々ですらが、この現在の世界情勢の焦点を理解しようともしない。むしろ、逆の行動を取る不勉強な人々すらいる。

 在日経験の長いアラブ人記者と私が一致した意見は、「日本人はシオニストのことをまるで知らない」である。

 この風潮に呆れ返って、私が意識的に吹っかけた議論に対して、いまだにサイバースペース上での反応は返ってこない。だが、一つだけ FAXの質問が届いたので、それに応える形で議論を進めたい。

 この質問は、私がフランスのガロディ裁判判決(別途項目「高嶋さんへの公開書簡」に収録)についての朝日新聞記事(2.28 夕)を紹介したのに対して、その記事の「ユダヤ人虐殺に疑義」という表現に疑問を呈し、「虐殺はガス室以外にもあった」という前提で、「ガス室によるユダヤ人虐殺に疑義」ではないかとするものである。

 実は丁度これと同じ問題で、『噂の真相』(98.1)投書欄の西岡氏に注意したばかりだった。『マルコポーロ』事件の当事者でもある彼は、その投書の中で、「私(西岡氏自身のこと)と同様『ガス室』見直し論者(「ユダヤ人虐殺」の否定では断じてない)である左翼の木村愛二氏」と書いていた。

 すでに私は、問題の『マルコポーロ』記事自体についても、ナチとシオニストの協力やイスラエル建国との関係を抜かした記述の仕方を公然と批判している。「ガス室」謀略は悪質な戦時宣伝の政治的犯罪行為なのであって、その「動機」を明確に指摘しない「ガス室」論議は、いわば「動機なき犯罪」のオタク的主張になり、かえって誤解を広げるのである。西岡氏は、それが一応分かっているはずなのに、無意識の内に世間の俗物的反発を恐れてか、その点を明確に言わないのである。実際に何の闘争経験もない人だから、それは無理もないのだが、私まで「同様」などと一緒にされては困る。

 先の朝日記事に話を戻すと、元フランス共産党政治局員のガロディ自身が「600万人の神話」と明記して、いわゆるホロコースト全体に「疑義」を呈している。朝日記事の表現は不十分ではあるが、決して間違いではない。私の主張も同様である。

 いうところの「民族絶滅」どころか大量虐殺の証拠もまったくないどころか、むしろ、「偽」イスラエル建国の中心となったシオニストの指導者たちは、「ユダヤ人評議会」の主導権を握り、ユダヤ人の収容所入りと内部での管理に協力していたのである。疑問のある方は、歴史資料出版では一定の評価を得ている「みすず書房」刊『イェルサレムのアイヒマン』を読んで頂きたい。著者のハンナ・アーレントは、ドイツ生まれの著名なユダヤ人哲学者である。

 ニュルンベルグ裁判所は「法律の皮を被った化け物」だった。

 企画したのは、イスラエル建国を企む政治的シオニストだった。検事も判事も、すべて戦勝国から送り込まれたが、そのほとんどが、英語とドイツ語を解するユダヤ人だった。ドイツ人の弁護士は、英語も英米法の手続きもほとんど知らず、ことあるごとに妨害を受けた。訴訟手続きの順序や方法は、およそ、裁判所といえるものではなかった。裁判所の「規則」の最大の問題点は、以下の2つの条文にあった。

19条:当裁判所は、証拠管理に関しての技術的な規則に拘束されない。可能なかぎり迅速で形式的でない訴訟手続きを採用して、それを適用し、いかなる手段でも決定的な価値があると判断すれば認める。

21条:当裁判所は、周知の事実に関しては証拠を要求せず、それらをすでに確認されたものとして扱う。同様に、同盟国政府の公式の記録や報告は、真正な証拠として認める。

 「凶器」及び「殺人現場」である「ガス室」の現場検証は行われなかった。

 「証言」だけで、しかも、被告側の反対尋問は行われなかった。

 結果として、判決は、検証不十分な「証言」のみによって下された。

 最も重要な被告の証言者、元アウシュヴィッツ収容所司令官ホェスは、3日間にわたる拷問を受けて陳述書に署名したが、その後、内容を知らないという手記を残していた。

 「600万人の虐殺をアイヒマンから聞いた」と証言した元ナチ高官については、その後、戦争中からイギリスの秘密情報機関のスパイになっていた事実が暴露された。

 「ガス室」神話に対する疑問は、すでにニュルンベルグ裁判当時から出されていたものであるが、近年のいわゆる「ホロコースト見直し論」には、東西冷戦の終結にともなう新しい状況がある。そもそも、大量であろうと少量であろうと、殺人には「凶器」と「現場」が絶対的な必須条件であるが、「ホロコースト」説の中心をなす「ガス室」は、前述のように、この「凶器」と「現場」の二者を兼ねている。

 しかし、ニュルンベルグ裁判で、唯一、法廷に提出されたのは、記録フィルムの上映によるドイツ南部のダッハウ収容所のシャワールームの水栓の映像のみであった。

 ところが、知る人ぞ知る。すでに1960年[昭35]には、「ドイツにはガス室はなかった」という事実上の定説が成立していた。つまり、ニュルンベルグ裁判で採用された唯一の映像は、完全に虚偽の物的証拠だったのである。

 残された「ガス室」はソ連圏のポーランドのものだけとなった。

 この状況を一変させたのが、東西冷戦の終結であって、ポーランドの「ガス室」なるものの実態が研究者の目にふれるようになると、次々と疑問が提出されるようになった。その最終的な到達点をなすのが「ガス室」の法医学的調査と鑑定である。

 「ガス室」と称されてきた建物の構造、人員収容面積、密閉性、排気能力、ガス投入のための穴またはパイプの有無の調査、さらには壁面の素材と結合した「シアン化水素」(気体を「青酸ガス」とも呼ぶ)の残留テストによって、現在では、歴史学における考古学的な発掘調査と対比し得る科学的な研究が可能になっているのである。私が掌握しているだけでも、すでに8つの報告があるが、その中には、クラクフのポーランド国立法医学研究所の調査と鑑定結果が含まれている。同研究所は、日本ならば警視庁が鑑定を依頼するような最高権威であり、アウシュヴィッツ博物館の依頼に基づいて実地調査を行い、同博物館に鑑定結果を伝達したものである。

 私は、クラクフの同研究所を訪問するなどして、それらの調査と鑑定の報告書を入手し、著書『アウシュヴィッツの争点』の中で、法医学的調査と鑑定の意義を詳しく紹介している。

 以上のような法医学的研究によって、従来流布されたきた神話は、完全に崩壊している。これらの研究を無視する議論は、たとえて言えば、殺人事件の審理に当たって検察当局が、殺人に使用された凶器として自ら主張する物的証拠の提出及び専門的な鑑定と、殺人現場として自ら主張する場所の現場検証とを、いずれも拒否ないしは無視しながら有罪の判決を求めようとするような、横暴極まりない愚挙に他ならない。

 ところが、以上のような矛盾の拡大に対しての逆行現象として、法的な言論弾圧と、真相を抑圧する世論操作とが、近年、かえって強化されているのが現状なのである。

 死体がゴロゴロの写真が報道操作の最大の秘訣であった。しかし、大量の死体を検視したアメリカ人の医者の検視報告書も、その医者本人の著書もある。一体といえども薬物による死体はなかったのだが、この報告書はアメリカ軍の官僚機構の中に埋もれたままになっていたのである。

 以上で一応「荒筋」を終わる。

 げに恐ろしきMOF担、いや、しゃぶしゃぶ、ざぶん、どぼん、はてさて、あまりにも続発する官僚機構の腐敗暴露と、その堕落の酷さに呆れ果ててたものか、わがマック坊やならぬ私自身の記憶装置も、システム・エラー、「警告」、ドキッの連続である。

 腐敗は、しかし、本基地の名称の枕詞、「メディア」にも顕著である。その一端は拙著『電波メディアの神話』などに詳しく記したが、そこでも簡略にふれたように、「教授」などという肩書きを振り回す連中、私の最近の用語では「アカデミー業者」たちの周辺にも、深い深い、不快な象牙の塔の腐臭が漂っている。

 私の経歴は著書にも記しているから、別に今さら自慢などではないが、一応、東京の受験名門、西高校から2年浪人で最近不評さくさくの東大に行ったから、同窓生には「教授」がごろごろいる。どれもこれも、学生時代はガリ勉で、実につまらない連中だった。あの種の連中を利用するのが、これまたいい加減を絵に描いたような「マスコミ業者」(私もその一人だったから実感が強い)なのである。

だから、だから、巨人軍とともに、腐敗ニッポン永遠なのだ!
ズ、ズン!
げに恐ろしきは「権威主義」。そこで自戒の川柳を一句。
「権威主義、咎める自分の権威主義」
とりあえず以上。