侮辱を許さない誇り高き台湾原住民原告の姿
−−靖国第二次訴訟(台湾訴訟)控訴審の結審によせて−−

 2005年6月17日、原告、支援者らが涙を呑んだ反動判決が一審で出された台湾訴訟の控訴審が大阪高裁で行なわれました。この日は結審であり、かつ原告筆頭のチワス・アリさんが証言台に立つということで、知人を誘って高裁を訪れました。今回の目的は傍聴することではなく、傍聴券を手に入れることでした。というのも、チワス・アリさんだけでなく、台湾の原住民(当事者があえてこの言葉を使用しています)の原告の方々60人が来日したのですが、その人たちだけでも全員入れるように支援者が協力しようということになっていました。はたして、私はハズレでしたが、知人は見事にアタリを引き当てることができました。

 さて、一時間半の審議が終わって裁判所から出てきた人々は、勇ましい掛け声を響かせながら、色とりどりの民族衣装をひらめかせ、中之島を囲む川のほとりに歩み出ました。その道筋に、これまでに見たことがないほど多くの報道関係者が集まり、原告らを取り巻き、写真機とテレビカメラを向けていました。小泉首相の愚かしい発言は靖国問題についての関心を高めるという効果を発揮したようです。しかし、このことで裁判所の人が通行の迷惑になって困ると、支援者のひとりに苦情を言ってました。言われた方も、なにも我々が報道関係者を連れてきたわけではないと反論をしていました。実際、その方はしきりに、「道を開けてください」と積極的に交通整理を買って出ていたのです。裁判所もお門違いの苦情を持ってくるものだなと思いました。しかし、これほどの取材があったにもかかわらず、その日の夕刊ではごく小さな扱いしかなされず、テレビに至ってはついにそのニュースを放映している局を発見できませんでした。(単に私が見過ごしただけなのかもしれませんが。)

 明るい日差しの下、川のほとりで、台湾の原住民に古くから伝わる歌がいくつも歌われ、アピールがなされました。チワス・アリさんはその輪の中に共にいる弁護士の人たちを、日本人であるが我々の正義の実現のために闘ってくれていると讃え、勇壮な迫力に満ちた「勇士の歌」が歌われました。
 そのあと、原告の人たちを囲んで報告集会が行なわれました。傍聴はできなかったものの、そこで法廷でのやり取りをうかがうことができました。
 チワス・アリさんは、死者を祀るのは遺族であって、第三者が遺族の意思に反して死者を祀ることは許されないと主張しました。
 被告側弁護士からのさまざまな難癖をつけるような尋問に対して、彼女は終始毅然とした態度で跳ね返しました。被告側弁護士は以前の裁判でも行なったように、またまた「金目当てに裁判をしているのだろう」という卑劣な挑発を行なってきました。これに対して、彼女は1万円という精神的損害の賠償を求めているだけであると述べて、損害賠償請求という形式をとる民事裁判の揚げ足を取られないようにすると同時に、民族を侮辱するような発言は許されないと一喝したそうです。

 また、被告側の弁護士は、台湾の人々の中には必ずしも靖国神社について原告らと意見を同じくしない者がいると述べましたが、これに対して、チワス・アリさんは、それは何を根拠にしているのかと喝破し、むしろ原住民出身の他の立法委員(国会議員)10人全員が彼女に賛同してくれていると述べました。それは彼女が粘り強く取り組んできた原住民の権利拡大の活動の成果でもあるでしょう。彼女が前回に勝る高い支持を得て立法委員に再選されたことはそのことを如実に示しています。また60人もの人々が共に来日できたのも、多く人々の支えがなくてはできないことだと思います。

 逆にチワス・アリさんの方から被告側に対して、台湾原住民の戦死者を靖国に祀るのに遺族の許可を得ているのか、我々は日本人ではないのになぜ日本の神にできるのか、何を根拠にして我々の祖先を靖国に閉じ込めているのかと主張し、また裁判所に対しては、証拠として提出した日本の台湾における残虐な植民地支配の実態を写した写真集をあらためて示し、良心に基づいた判決を出してほしいと訴えました。

 それから、6月14日に行なわれた靖国神社での魂を呼び戻す儀式が阻止された事件についての報告もありました。
 あらかじめ台湾の外交部と靖国神社との間で、第一鳥居付近で祖先の霊を呼び戻す儀式を平和的に行なうなら、神社側はそれを見て見ぬふりをするという話し合いができていました。ところがいざ当日、一行を乗せたバスは、目的地から200〜300メートルのところで警察に包囲されてしまいました。現場を右翼が占拠しておりトラブルになるから、この先に行くと皆さんを保護できないなどと言ってきたのです。チワス・アリさんだけがバスから降りることを許され、神社側の人と話がしたいと要求しました。そして警察に対しては、トラブルを起こそうとしている右翼団体を取り締まるべきではないのかと訴えましたが、大勢いるので無理だと警察側は居直りました。

 さて、登場した靖国側の代表者は、約束したことが実現できないことを詫びるどころか、台湾の人々が来ることによって騒ぎが起こり神社の静謐を妨げられたと文句を言う始末でした。しかしチワス・アリさんは、逆に、靖国神社が祖先の魂を返さないのなら、こうした騒ぎはいつでも起きると切り返しました。しかし靖国側はかたくなに今更分祀はできないと言い張り続けました。そして、遺族には祖先の霊と対話する権利があると主張するチワス・アリさんに対して、「あなたがたを歓迎しない」と捨て台詞を残して立ち去っていきました。靖国神社がこうまで頑なな姿勢をとるのは、もしこれを認めるとA級戦犯の分祀も認めざるを得なくなることを恐れているのではないかという気がしました。

 儀式を阻止されたチワス・アリさんは、その代わりにバスの前に日本の台湾における弾圧の実態を示す写真を展示し、集まった報道陣の前で植民地支配の歴史の説明をしました。そこで、バスの中に閉じ込められていた台湾の報道関係者らが自分も取材しようとしましたが、バスから降りることを許されないのでしかたなくバスの窓から出てきました。すると、彼らはたちまち警官に羽交い絞めにされ、あろうことか警棒で殴られた人もいました。こうした日本の警察の蛮行はたちまち全世界に知られました。台湾をはじめ、カナダ、フランス、北京、サンフランシスコ等の報道関係者と連絡が取れ、すぐに、報道の自由を妨げる日本の警察の姿勢を暴露する報道がなされました。後日インターネットで検索したところ、この事件に関して800件もの報道があったということです。

 しかし、チワス・アリさんは、こうした乱暴な人たちに出会えたことを感謝すると述べました。その真意は、台湾の原住民が平和を愛する民族であることを全世界に知らしめることができたからということです。こうした嫌がらせには、団結を示す歌を歌って対抗することにしていると誇らしげに述べたのが本当に印象的でした。
 9月30日の判決では、ぜひともチワス・アリさんの言うように、裁判所が良心に基づいた判決を出すよう期待したいと思います。

(2005/06/18 大阪Na)




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