有事法制:討論と報告
有事法制の危険性とデタラメ
(第2号 2002/05/09)
5月7日衆院有事法制特別委員会での論戦で浮き彫りになった有事法制の危険性


野党には任せておれない。市民が反対の声を挙げなければ大変なことに!

■ 本号では、5月7日の衆院特別委員会での与野党の論戦を整理することで、有事法制の危険でデタラメな本質を明らかにしたいと思います。あまりにもお座なりでふざけた答弁に業を煮やし社民党の土井氏が抗議で質問時間を15分残し打ち切ったほどでした。一般紙には、私たちが日頃ほとんど読まない有事法制特別委員会の審議記録、例えば「質疑詳報」(毎日)、「焦点採録」(朝日)があります。皆さんもぜひ読んで下さい。どれほどデタラメかがお分かりになると思います。

■ 小泉首相は「論議すればするほど、野党がばらばらなのが分かる」と安心し、野党分断に自信を示したとのことです。(日経5月8日付) また、民主党の岡田氏は「冷戦が終わったので具体的な危険はないと言う意見があるが、そういうことを言う人が冷戦期にはソ連が攻めてくることはないと言っていた。無責任じゃないかと思う」と言い有事法制の必要性をぶちました。これには小泉首相も大喜び。「全く同感だ。野党としても政権を担おうという意欲が感じられる」と大歓迎しました。(朝日5月8日付)
 後述する自由党の藤井氏による改憲論での小泉首相との意気投合も併せて、論戦の一部は、まるで小泉応援団の様相を呈しました。非常に腹立たしいことです。市民の反対の声を結集して反撃するしかありません。

(※以下の記事には、オンライン上で参照できる報道へのリンクを付けましたが、新聞紙上の詳報にしか載らない部分やTVでしか見られないものもあります。)

2002年5月9日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局



(1)「有事」とは「あらゆる事態を含む」(中谷防衛庁長官)!!−−いつでも好き勝手なときに「自民党独裁」、「首相大権」、「戦争国家体制」を導入する危険。

■ 有事法制関連3法案のうち「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(案)」なる長ったらしい基本部分には、「第1章総則」の「定義」「第2条 第2項」に3つの場合が書かれています。−−「武力攻撃事態の発生」「恐れがある場合」「予測される事態」。 しかしこの規定がもうメチャクチャなのです。5月7日の特別委員会では、誰一人としてこの「定義」をしっかりと説明できる者はいませんでした。
 例えば民主党の岡田氏の質問に対する中谷防衛庁長官の応答はふざけたものでした。「武力攻撃が予測される事態とは?」に「ムニャムニャ・・・武力攻撃の発生が予測される事態だ」と答え、「武力攻撃のおそれがある事態とは?」に「ムニャムニャ・・・武力攻撃のおそれのある場合だ」とオウム返しの答え。TVで見ると、中谷長官は終始下を向いてメモを読み上げていました。

■ そもそも「武力攻撃事態」つまり「有事」とは何なのか?どういう事態を意味するのか?誰が何のためにどういう風にして規定し発動するのか?−−これが今回の有事法制関連法案の中心概念であり、根本問題なのです。それに政府側が誰も答えられない、あるいは答えようとしないところに、最も危険なポイント、うさん臭さを感じるのです。
 そして面倒くさいのか、中谷防衛庁長官はこう言いました。「規模や態様を限定していない。あらゆる事態を含む。今回の(米同時多発テロのような大規模)テロが含まれる場合もある」と述べました。本音がぽろり。要するに何でもありなのです。

■ 小泉政権が「有事」規定をしようとしない理由は簡単です。発動条件を規定しないことで目一杯の自由裁量と拡大解釈の余地を持たせ、いつでも好き勝手なときに「戦争国家体制」、つまり「首相大権」、もっと分かりやすく言えば「自民党の独裁大権」を導入できるようにすることなのです。
 昨年末の「不審船」事件のような時にも、テポドン発射のような時にも、米の「9.11」のような時にも、もちろん米の来るイラク攻撃のような時にも、何かあれば、日本も攻撃を受ける「恐れがある」「予測される」等々、屁理屈をこねて、有事法制を発動できるようにしたいのです。
 こんなルーズな「規定なき規定」を一旦認めてしまうと、時々の自民党の政治家や防衛庁の官僚や制服組に、何よりも米軍に好きなように利用されるでしょう。「陰謀」の温床にもなる危険性があります。自民党や保守政権が危機に陥れば、政権延命のために、また反対派を弾圧するために、わざと「有事」を作り出す危険が出てきかねないのです。

★(参考)
    入り口論の定義あいまい 周辺事態との線引きも
    http://www.kyodo.co.jp/kyodonews/2002/yuji/news/20020508-87.html


(2)「有事法制の2つの機能」という形でようやく有事法制が「日本の防衛」と関係ないことに気付いた一部マス・メディア。

■ 毎日新聞は5月9日の社説「周辺事態に直結する認識を」で、有事法制には2つの機能がある。そのうち本当に「日本が攻撃されたとき」は「備えあれば憂いなし」で異論は唱えない。しかしもう一つは「周辺地域での米軍の行動を、政府に加え、自治体や国民も直接、間接に支援・協力することになる」「日本が周辺地域の安全にも積極的に関わる国に変わるのかどうか、これこそ有事法制で最大のポイントであることを認識すべきである」と、はっきり反対しないものの躊躇を示しました。

■ こんなことは初めから分かっていたはずです。大新聞が今になって躊躇するとは恥ずかしい話です。同法案提出時には確か毎日新聞も有事法制「容認」でした。「世界有数の軍事力を持ちながら有事法制がなく、そうした下で国民の権利を守る法制もない状態は、法治国家としてふさわしくない。その意味では『今から50年前に出来ていないとおかしい。当然やるべきことをしていなかった』という中谷元・防衛庁長官の発言に一定の説得力はある」(4月17日社説「あいまいな法制許されぬ 国民が納得のいく議論を」)と。
いずれにしても政府の本音を暴露することで、国民全体にその危険性を分かってもらうことが重要です。とにかく一人でも多くの人に、有事法制の本質は「日本有事」「日本防衛」なのではない、アメリカの侵略戦争に国民全体を総動員する悪法だということを訴えていきましょう。

★(参考)
    http://www.mainichi.co.jp/eye/shasetsu/200205/09-1.html
    http://www.mainichi.co.jp/eye/shasetsu/200204/17-1.html


(3)「備えあれば憂いなし」は「戦争準備」のこと−−なぜ今慌てて「戦争準備」をするのか。アジア諸国との外交関係をぶち壊し「戦争準備」に邁進する小泉政権の危険性。

■ 小泉首相は、社民党土井氏の質問中、いつもの人を小馬鹿にしたような口振りで、またまた「備えあれば憂いなし」の文句を出しました。「平時」から「有事」に備えるのは「国家の要ていだ」という言葉を使って、もっと鮮明に軍国主義国家作りを公然と宣言しました。
 しかしTVで見ている限りでは、土井氏の論点は「国民の非難を考えていない」「欠陥法案だ」が中心であるかのようでした。これがもし本当ならもっと鋭い論戦を期待したいところです。

■ 「備えあれば憂いなし」は全く危険な思想です。まず第一に、このような発言そのものが戦争屋、侵略国家の常套句なのです。「有事に備える」とは「戦争準備」のこと。今あえて「戦争準備」法をわずか1ヶ月程度の国会審議で強行突破することが如何に危険なことか。そんな強引なやり方で「戦争準備」をすると内外に宣言することが如何に危険なことか。生粋の好戦主義者・小泉首相にとっては「常識」でも、アジア諸国の民衆の目はごまかせません。国民全体を戦争好き首相の「戦争準備」に巻き込むのもやめて欲しいものです。

■ 第二に、小泉政権は「戦争準備」に最大の関心があるのであって、アジア諸国との平和・善隣・友好の外交関係をことごとくぶち壊してきました。最近も抜き打ち的な靖国神社公式参拝を断行し、中国や韓国との平和的な外交関係を台無しにしました。靖国参拝と有事法制の両方の強行はワンセットのものですし、アジア諸国との平和的で友好的な関係を緊密化する気が全くないことを証明したのです。
 考えても見てください。かつて天皇制日本軍国主義により侵略や植民地支配の犠牲を被った中国や韓国や北朝鮮その他のアジア諸国の民衆の立場からこの間の小泉政権のやったことを振り返ればどう見えるかを。「テロ特措法」で戦後初めて自衛隊を海外に派兵、昨夏の内外の批判を押し切って強行した首相の靖国公式参拝、それに続く最近の再度の参拝強行、不審船引き揚げの強行、そして「戦争準備」としての有事法制の今国会成立強行等々。これら一連の動きは明らかにブッシュ政権のアフガン侵略とその後の戦争拡大に悪乗りした「戦争国家体制」作りのエスカレーションなのです。


(4)「周辺事態」を「武力攻撃事態」に読み替えて発動すれば、「周辺地域」(東アジアなど)で「武力行使」をすることも、罰則を背景に国民総動員を強制することも可能になる。

■ 共産党の志位氏は、「周辺事態法」に今回の「武力攻撃事態法」が重なればどうなるかをシミュレートしました。そうすれば「周辺事態法」で不可能だった(1)自衛隊の「武力行使」、(2)国民の強制的総動員が可能になると批判したのです。
 前者については、「武力攻撃発生事態」、「恐れのある場合」、「予測される事態」の3ケース全てについて「対処措置」として「自衛隊の武力の行使」を規定しているからです。小泉首相は「『予測』段階では武力の行使はしようがない」「『恐れ』の場合、武力攻撃の必要はない」と述べ、「恐れ」と「予測」のケースでは「武力行使はしない」と答弁しました。しかし志位氏がその根拠となる法案の明文規定があるのかと追及したのに対し、中谷防衛庁長官は「(同法案に)書かれていない」と述べ、法案には禁止規定がないことを認めました。

★(参考)
    「おそれ・予測」時の武力行使は否定 衆院委で中谷長官
    http://www.asahi.com/politics/yuuji/K2002050700996.html


■ 後者については、志位氏が「取扱物資の保管命令」に従わなかった国民に罰則が科されることについて、「戦争に協力できないという信念で『保管命令』を拒否した国民を犯罪者として罰することは、戦争への非協力、戦争への反対という『思想・良心』を処罰の対象にすることではないか。『思想・良心の自由』には自らの信条を『沈黙する自由』もふくまれるが、これを侵害することになるのではないか」と追及しました。
 ところが何と中谷防衛庁長官は「同じ日本人、日本に住んでいる人として協力して頂くのは当然のことだ」としていわゆる「非国民」思想を明け透けに述べたのです。「赤旗」では「何も答弁できませんでした」と書いてありましたが、中谷長官がこんな恐ろしい時代錯誤の戦前の軍国主義思想、「非国民」思想をぶったことそのことを厳しく糾弾すべきではなかったかと思います。

食糧・水などの保管命令、「悪質な違反」に罰則
    http://www.asahi.com/politics/yuuji/K2002050703510.html


(5)アメリカの先制攻撃への日本の加担を防ぐ条項がわざと外される−−有事法制はアメリカの先制攻撃時に発動できる。

■ 共産党の志位氏はまた、有事法制は、これまで政府が先制攻撃をしないことの保障としてきた「国際の法規及び慣例によるべき場合にあってはこれを遵守する」という自衛隊法第88条2項の規定が欠落されていることを追及しました。有事法制ではただ「事態に応じ合理的に必要と判断される限度」とだけ規定しているのです。(第3条第3項)こんなのは「限度」でも何でもありません。
 しかも米のラムズフェルド国防長官が『フォーリン・アフェアーズ』2002年5・6月号で、「ときには先制攻撃も必要になる」と書いて、先制攻撃戦略を公然と主張したことに対して、小泉首相は「安全保障上の戦略としてあらゆる選択肢を残しておくことだと理解している」と述べ、「理解する」と断言したのです。
 今のアメリカは国際法を無視した侵略戦争や軍事介入を全世界に拡大しています。朝鮮民主主義人民共和国に対する戦争は間違いなく先制攻撃です。あまり知られていませんが、1993年〜94年の「第二次朝鮮戦争の危機」の際、現に当時のクリントン政権は先制攻撃寸前にまで立ち至っていたのです。
(これについては詳細は『平和通信』パンフレット、特にV章参照)

★(参考)
 ラムズフェルドの論文は『論座』6月号に翻訳がある。表題は「変化する任務、変貌する米軍」。その最後の部分「21世紀型戦争の特質」で最近の戦闘経験からの教訓として、「アメリカを防衛するには、予防戦略、時には先制攻撃も必要になる。・・・攻撃は最大の防御であり、時に、それが唯一の防御策である場合もある」と述べた。

■ 先制攻撃を戦略の基本とし国際法を守らないアメリカの戦争への参戦と武力行使に、何の歯止めもないのです。中谷長官は「自衛隊の行動は自衛隊法に基づいてやる。自衛隊法の許可がないと武力行使できないし、武力攻撃が発生しないと武力行使できない」と反論し、津野内閣法制局長官も「法案は憲法の規定、解釈を前提としてできている。先制攻撃を許容していることはさらさらない」と指摘しましたが、今回の有事法制のどこにも、「先制攻撃を禁止する」と明言していないですし、現実に東アジア、朝鮮半島危機や台湾海峡危機の際に、アメリカが露骨な軍事介入を準備しまさに攻撃せんとする時に、アメリカべったりの小泉首相や自民党政権が、拒否できるのか否か、言うまでもありません。自民党政権が戦争の問題で真正面からアメリカに逆らったことが一度でもあるでしょうか?


(6)「事態対処専門委員会」に制服組が参加−どこまで自衛隊、更には米軍の権限を強めるのか。文民統制を掘り崩す制度的保証。

■ また、安全保障会議に新設される「事態対処専門委員会」のメンバーについて、社民党の土井氏がただしたのに対し、福田官房長官は「内閣官房と関係省庁から局長級以上を任命する」と述べ、自衛隊制服組も入るのかとの質問に「自衛隊が持つ情報、知見を必要とするので、当然、入るべきだと思っている。」と答弁しました。「事態対処専門委員会」は、内閣の諮問機関として、「安全保障会議設置法」の改正で新設されるもので、「対処基本方針」を諮問します。「対処基本方針」には、「武力攻撃事態の認定」が含まれています。「予測される事態」と「恐れがある事態」の差は曖昧で、結局は「政府」が行うのです。そして、そこに制服組も参加するというのですから、軍部の権限が増すのは言うまでもありません。
 更に、自衛隊は日米共同演習や指揮所演習を通じて米軍の指揮命令で動いているため、自衛隊「制服組」の権限増大は、要するに米軍の権限増大なのです。戦前の天皇制軍国主義の時代には「天皇の統帥権」が「軍の独走」を許したのですが、今度は「米軍の統帥権」が「軍の独走」を促進しかねないのです。「エンペラー・コントロール」から「アメリカン・コントロール」あるいは「ペンタゴン・コントロール」へ、ということでしょうか。非常に危険なことです。(この点については第1号で詳しく述べました。)

■ 土井氏は、法案の条文が「内閣」ではなく「政府」となっていることを特に追及し、かつての国家総動員法や、戦争の反省を述べた憲法の前文と関連づけて問いただしましたが、それに対し、福田官房長官は、「偶然でしょう」と鼻で笑いながら答弁しませんでした。そして「内閣だけでなく国全体が一体となって行うべき武力攻撃事態の対処である、という観点から政府という言葉を使った」と答えました。首相大権で国家総動員するための意図的な用語でもあるのです。


(7)小泉首相が露骨な改憲論を主張:「憲法9条はおかしい・・・改正した方がよい」と。

■ 小泉首相は、改憲論の急先鋒・自由党の藤井氏の質問に答え、「憲法は将来、改正した方がいい」と述べ、「(憲法9条によって)一切の戦力は保持してはならないというが、自衛隊は戦力ではないと言えるか」と述べた上で、「憲法改正論議もタブーではない。私は憲法改正論者で通っている」と、憲法9条を念頭に将来的な改正の必要性を明言しました。もちろん同時に「現実の政治論議に乗せる考えはない」と述べ、小泉内閣での憲法改正は考えていないとしましたが。
 さすが小沢氏の自由党。藤井氏の質問には終始笑みを浮かべて余裕しゃくしゃくの小泉首相でした。「しめしめ」、こんな調子で自由党も民主党も「修正」協議に乗ってくればしめたもの、というところでしょうか。私たち市民の声で、こうした野党による小泉首相の応援団のような馴れ合いを吹っ飛ばして行かねば。
 しかし図らずも、改憲と有事法制が一体のものであることを鮮明に示していると言えるでしょう。

首相、憲法に「おかしい点ある。憲法9条もそうだ」
    http://www.asahi.com/politics/update/0507/009.html




有事法制:討論と報告
   第1号 2002/05/08 有事法制の危険性とデタラメ
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      文民統制を無視した自衛隊「制服組」の暴走