現代企画室編集長・太田昌国の発言のページです。世界と日本の、社会・政治・文化・思想・文学の状況についてのそのときどきの発言が逐一記録されます。「20〜21」とは、世紀の変わり目を表わしています。
2008年の発言

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◆無為な6年間にも、大事な変化は起こっている――拉致問題の底流

◆「皆さんが渋谷の首相の屋敷に向かっていたころ、私(たち)は法相の選挙区、千葉県茂原市にいた」2008/10/31

◆米国式「金融モデル」の敗退の後に来るべきもの2008/10/24

◆私の中の三好十郎208/10/24

◆シベリア出兵とは何だったのか
2008/10/02

◆アトミックサンシャインの中へ――ある展覧会について2008/9/10


◆被害者の叫びだけにジャックされるメディア2008/9/7

◆世界銀行とIMFを批判するモーリタニア映画を観て2008/6/17

◆生態系債務の主張と「洞爺湖サミット」議長国2008/5/26

◆〈民族性〉へのこだわりを捨てた地点で生まれた映画2008/5/26

◆公正な「社会」と「経済」へ遍的に問いかける2008/5/26

◆「反カストロ」文書2008/5/26

◆チベット暴動と「社会主義」国家権力2008/3/12

◆歴史的過去の総括の方法をめぐって2008/3/7

◆中国産冷凍餃子問題から見える世界2008/3/7




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生態系債務の主張と「洞爺湖サミット」議長国
『派兵チェック』第187 号(2008年5月15号)掲載
太田昌国


 第三世界地域の政治指導者が国際会議の場で、大国による世界支配の構造を厳しく批判して、重要な問題提起を行なうことなど、めっきり少なくなった。

1960年代前半に、キューバ代表としてチェ・ゲバラが行なった国連演説などには今なお見るべきものがあるし、フィデル・カストロが国際会議で行なってきた演説にも、大国と小国の間に存在する対立・矛盾に切り込む鋭さがあった。

アフリカ諸国を中心に独立や解放の意気に燃えていた60〜70年代とちがって、第三世界諸国はそれぞれ経済的苦境・エイズなど病苦の蔓延・民族間抗争・指導部の腐敗など個別の難題を抱えていたり、一時のカリスマ的指導者が死亡してしてしまったこともあって、「非同盟」運動も低迷し、世界規模の問題に関して対外的にアピールし得る条件を喪失してきたのだろう。

大国主導の、不平等で不公正な国際秩序を変革しなければならないという、現代世界にとって不可避の課題を思うと、これは残念なことである。


4月23日付けの「しんぶん赤旗」で、ボリビア大統領エボ・モラレスが国連社会経済理事会の先住民問題常設フォーラムで、新経済モデル探求を呼びかける基調演説を行なったという記事を見て、インターネットで演説本文を検索してみた。

昨今珍しくも、現行秩序を批判するきわめて原則的な主張を、格調高く語っている。

「地球を救う10の掟」と題するその演説は、「デウダ・エコロヒカ」【=エコロジカル・デット(生態系債務)】に触れていて、それは当然にも、今夏「環境問題」と「食料問題」を最重要課題として開かれるというG8の「洞爺湖サミット」とも関連するので、少し詳しく紹介しておきたい。


モラレスは主張する、「地球を救うためには」(要約)

1)資本主義モデルを廃絶する。南や世界中が対外債務を支払い続けるのではなく、北はエコロジカル・デット(生態系への債務)を支払わなくてはならない。

2)戦争をなくさなければならない。戦争に使われる多額のドル資金は、虐待と過剰搾取によって傷ついてきた地球の回復のために投資されるべきである。

3)帝国主義と植民地主義を排し、国と国の間における従属ではなく共生の関係を発展させる。対話と社会的共生の文化をもつわれわれにとって、二国間・多国間関係は重要だが、それは一国が他国を従属させるものであってはならない。

4)水は人権であり、すべての生き物の権利である。水の私物化政策は許されない。

5)エネルギーの浪費をやめ、自然と親和的なクリーン・エネルギーの開発を行なう。アグロ燃料を推進してはならない。人間のための食糧生産ではなく贅沢な車を走らせるために土地を確保するような、一部政府と経済開発モデルなど論外だ。

6)母なる大地に敬意を。母なる大地を尊ぶ先住民族の歴史的な知恵に学べ。

7)水、電気、教育、保健医療、通信、集団輸送などの基本的サービスは人権であり、民営化されるべきではない。

8)地産地消を原則に、必要な分だけを消費し、過剰消費に終止符を打つ。

9)文化的・経済的多様性を守る。われわれは多様であり、それがあるべき姿である。すべての人が含まれる多元的国家をめざすべきである。

10)他者を犠牲にすることなく、すべての人びとがよい人生をおくることができることを願う。母なる大地との調和のうえに、共同体的社会主義を打ち立てるべきだ。

典型的な「資本主義モデル」の下で過剰消費社会の仕組みに構造的に組み込まれている私たちにとっては、いずれも解決が簡単な問題ではない。

このような価値観に基づく考え方を「発想」することすら論外とする企業家たち、生活者たちも依然として多いにちがいない。

しかし、「食」や「燃料」の問題を通して、日本社会の私たちがいよいよ追い詰められつつあることを自覚する人びとは増えていよう。

穀物市場への投機資金の流入、穀物価格の高騰、バイオ燃料の増大、食料暴動を経て、各国政府が緊急施策として採用し始めた食料(コメ)の輸出規制――この現実を見れば、食料自給率が極端に低い日本社会が、将来どんな現実に直面するかが、合理的に推測できる。

世界規模で問題の根源を捉えようと思えば、モラレス演説は簡潔な表現で、討論のための基本項目を提起しているというべきである。

「大地を尊ぶ先住民族の歴史的な知恵」に言及している箇所などから、自らがボリビア先住民族の出自をもつモラレスの演説は、2007年9月に国連総会で採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」に依拠していることも明らかであろう。


 モラレスの国連演説と時期的に前後して、ラテンアメリカ各国首脳の会議が続いている。

キューバ、ベネズエラ、ニカラグア、ボリビアが参加する「米州ボリバル代替構想(ALBA)」緊急会議は、域内各国の主権と食料の安定確保のために1億ドルの基金創設を決めた。

この4カ国に中米カリブ海諸国を加えて合計16カ国の首脳会議でも、持続的な食料安全保障体制を共同で確立することを決めた。

一連の会議では、バイオ燃料生産の増大が貧困層の食料入手を困難にする恐れがあるとの警告がなされている。米国の介入がないと、これほどまでに「自立・自主」のための協働性が展開を遂げていく。


 相互扶助・連帯・協働を原則とする特定地域内構想からは、地球全体に波及しうる前向きで、具体的な指針が提示されている。

地産地消ならぬ農産物自由化路線や投機のためのバイオ燃料拡大路線を取る米国に、異議のひとつも発することもできず、農業政策も不在の08年度サミット議長国に、このような他所の世界の動きはひとつも目に入っていない。

 
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