祝島に行って映画を撮ろうと思うまで「自分が映画を作る側になる」とは思っていなかった。映画監督の本橋成一さんの事務所で働いていた時、プロデューサーも任されたが、「自分なんかでいいのか?」という迷いと自主制作ゆえのあまりの忙しさと大変さに、疲れ果て、退職した。
その後は派遣社員として外資系IT企業で働いた。一人ずつブースで区切られ、隣の席の人にも電子メールで連絡するほど、すべてが電子化された仕事。17時に退社後は自分の時間。「これが平穏な日々ってやつかな」と思っていたが、半年ほどたつと「人とかかわりたいっていう思い」が強烈に芽生えた。
「人とかかわることは苦しいけれど、それなしでは喜びもない。出会って、かかわって、それを形にする仕事をしたい」
その後『アレクセイと泉』(本橋成一監督)や、『満山紅柿』(小川紳介撮影)を見た。撮る側と撮られる側の関係が如実に表れる映像。同じ空気を共有するから生まれる出来事。「私も人との出会いを映像にすることができるかも」と思った。そして「ああ、祝島だ」と思った。通い始める1カ月前のことだ。