
(c)宇井眞紀子
初の長編ドキュメンタリー『遊歩 ノーボーダー』に挑んだ淺野由美子さん。安積遊歩という類まれな人間を、文字どおり「自由に誇り高く遊び歩く」人として描き、魅了される。その発端は?
福島で原発事故が起きた2011年のこと。 「とんでもない状況なのに、原発批判など口にできない空気があり、無力感に苛まれる中で、地域の仲間と『えべつ脱原発芸術祭』(北海道江別市)を企画し、遊歩さんを講師に招いたんです。映画の冒頭シーンがそれ」 淺野さんは主催側で記録用にカメラを回しながら、2時間の講演に度肝を抜かれた。 「とにかく話が面白くて、若い人たちもみんな前のめり。それで講演後、その場で映画を撮らせてほしいとお願いしたら、『これまでテレビに出ても政治的発言は削られたりして、障害者の役割しか求められなかった。ありのままの私を撮ってほしい』と」
遊歩さんは生まれつき骨が弱く、幼い頃から過酷な医療介入や「健常者」モデルの教育に苦しめられた。しかし脳性まひ者の当事者団体「青い芝の会」と出会うことで、障害を作っている社会を変えていく行動へと向かう。 米国でフェミニズムに触れ、日本初の障害当事者による自立生活センター設立に参画し、旧優生保護法の優生条項の削除に貢献、等々。「争う体」でないからこそ、争わずに助け合う社会を求め、脱原発や反戦にも声を上げ、エネルギーの塊のように動き続けている。
「とにかく濃密で、すべて語ると大河ドラマになってしまう」遊歩さんの人生。そこには淺野さんが世界の先住民運動から学んできた複合差別の問いも含まれていた。
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