
昨年、『北海道をひらく平和学』(法律文化社)を読み、石純姫さん執筆の章で目が止まった。戦時期の北海道で鉱山労働などを強制された朝鮮人男性が逃亡すると、アイヌの人々は家で匿い、行くあてがないと共同体の中で女性と世帯を持たせて定住させた。朝鮮人もアイヌも日本の植民地支配の中で抑圧され搾取された存在だったが、そのつながりが北海道にあった。
石さんは、北海道苫小牧の大学の「環太平洋アイヌ文化研究所」で共同研究をしていた時、同僚の教員から〈アイヌ文化の継承者に朝鮮人がいる〉ことを聞いた。後に聞き取りにより、強制労働から逃亡した朝鮮人をアイヌの人が 匿ったことを知る。 「父も北海道で大学教員をしていましたが、このような話を聞いたことはありませんでした。敢えて口にはしないけれど、知られた事実で、むしろタブーだったようです。2005年頃からアイヌと朝鮮の両方のルーツを持つ人々を紹介してもらって話を聞きました」
現在の在日朝鮮人の祖先が日本へ移住してきた要因は強制動員によるという研究が多かったが、北海道ではもっと早く江戸時代から移住が進んでいた。朝鮮で租税に不満を持つ農民や農村の慢性的疲弊から民衆蜂起が起き、ロシア沿海州への移住が始まり、そこから北海道へ。石さんは朝鮮人が北海道へ移動してきた資料を道立文書館などで探したが、見つからない。多くは口伝によるものだった。
「平取町振内の郷土史の執筆を06年に依頼された時のことです。依頼に沿って、戦争中、鉱山などでの過酷な労働の犠牲になり、遺体が火葬・埋葬された事実を書いたのですが、町の編纂担当者から『遺骨をめぐり国際問題になると迷惑だから、書かかないように』と言われました。“迷惑”とはなんと軽く冷たい言葉でしょうか。やっと、朝鮮の人々が犠牲になった、という事実だけは載せましたが」
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