(c)撮影…落合由利子
日本人の朝鮮戦争認識や、地域と朝鮮との関わりを考える『朝鮮戦争と日本人 武蔵野と朝鮮人』の著者、五郎丸聖子さん(2021年12月15日号)から、「抵抗の文学と吉祥寺文化村」というプロレタリア文化運動の担い手たちについての冊子を仲間と刊行したとの知らせが来た。「様々な作家を知り感慨深かった」という話を聞きたく、会いに行った。
「この周辺にプロレタリア文化人が多く住んでいたし、朝鮮プロレタリア芸術同盟東京支部もあったんですよ」 インタビューは吉祥寺駅から近い東京・井の頭公園で。近所に住む五郎丸さんは市民グループ「むさしの科学と戦争研究会」(以下、研究会)のメンバー。研究会は、毎年11月の武蔵野市の平和月間や、隔年の「むさしの平和のための戦争展」(以下、戦争展)で、戦争に関わる展覧会や講演会などを行っている。メンバーの一人が17年に高知県に行った時、高知出身のプロレタリア詩人の槇村浩が、作家の貴司山治の吉祥寺の家で創作活動をし、貴司が槇村の作品を官憲から守るため保管していたことを知る。
「戦前の貴司の家にはプロレタリア作家が集まり、小林多喜二が拷問で虐殺された後、貴司たちが対応に動いた。地元の平和活動の仲間に貴司の親族がいらしたこともわかりびっくりでした。研究会は日本の植民地支配や戦争の加害性を追究していますが、〝抵抗した地元の人〟も取り上げることにしました」
社会運動や労働運動への弾圧の中で、労働者の現状や戦争の矛盾を訴えた地元のプロレタリア作家を探し、国会図書館に通った。作家たちの住所が載る当時の「文藝年鑑」などから吉祥寺界隈に住んでいた作家を30人以上見つける。研究会は19年の戦争展で発表することを決め、各々で調べたり、フィールドワークを行った。作家の住居やプロフィール、トピックを「抵抗の文学と吉祥寺文化村」として戦争展で展示し、好評だった。
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