(c)谷口紀子
戦前・戦後と石炭を産出した福岡県筑豊地方。「小ヤマ」と呼ばれる小さな炭鉱で働いた「女坑夫」たちの聞き書き『新・火を産んだ母たち』(海鳥社。1984年の旧版あり)を昨年刊行した井手川泰子さんは、20年にわたり80人以上を訪ね歩き、丹念に声を拾い集めた。
井手川さんは同書に、「世代を超えた女同士の連帯こそ、聞き書きを生かす私の願いである」と綴ったが、その思いは現代に届いている。京都で劇団を主宰する遠藤久仁子さんは同書を台本にした一人芝居を昨年から公演。同郷ならではの台詞まわし、力強い芝居が大好評で、今秋は筑豊で公演する。また、福岡県出身で孫世代の小説家・櫻木みわさんもその一人。著作『コークスが燃えている』(集英社)では、生きづらさを抱える主人公が同書を読み、女坑夫たちの言葉に力をもらう。
聞き書きの原点にあるのが戦争体験だ。国民学校6年生のときに小倉で空襲に遭い、両親の故郷・鞍手町に身ひとつで移住した。18世紀後半から石炭を採掘していた土地だ。井手川さんが転入した学級の半数が、「炭住(炭鉱住宅)」から通っていた。 「人懐こい炭住の子たちに『遊びにおいで』と誘われて行ってみると、初めて目にする暮らしぶりで、何だかおもしろくて」
炭住の子どもたちの多くが、4年生ぐらいになると子守のため学校に通えなくなる。両親とともに坑内へ子守に入る子もいるし、主婦代わりの長女はとくに損だと、のちに話を聞いた元女坑夫たちは口をそろえた。また、空襲の衝撃を受け止めきれずにいた井手川さんから身の上話を聞き出し、心をほぐしてくれたのは炭住の「子守おばあちゃん」だ。打ち明けることで子ども心を取り戻せたという。
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