(c)落合由利子
舞台俳優の金恵玲さんは在日3世として日本に生まれ育ち、ずっとこの名で生きてきた。 「お前という人間は一人。だから名前も一つ、と父は考え通名を作らなかった。この名で社会の矛盾や理不尽に直面してきたから、今ある自分になれた」 何度も疎外され続け、祖父母がいつか帰りたいと願った故郷への思いを募らせてもきた。そこには北も南もない。しかし韓国の男性との交際を機に、その故郷も失われつつある。
伝統音楽の奏者である彼とは10年ほど前の来日公演で出会った。朝鮮籍の恵玲さんには旅券がなく、韓国に行くには韓国領事館が発行する旅行証明書が要る。しかし李明博政権以降、発行許可はほとんど下りず、忙しい彼の来日も難しく、なかなか合えない日々が続いた。だから進歩政党である文在寅政権の誕生が、どれほど嬉しかったか。 早々に旅行証明書を申請すると、家族や彼の詳細な個人情報を求められ、拒むと「国家への反逆思想があるのか!」と恫喝された。怖かった。
「在日の歴史を知っているのに、なぜ」。結局、彼に会うためには応じるしかなく、非力を痛感し、憧れの故郷は胸の中で色あせた。 それでも2018年、韓国に渡り、家族や友人に温かく迎えられ、結婚式を挙げた。結婚で身分も安定し、すべてがうまくいく。と、思っていた。 ところが自分たちは国際結婚にあたり、韓国で婚姻届を出すには、国が発行する独身証明書が必要と知る。国をもたない恵玲さんにはなす術もない。
「祖父母の戸籍が韓国に残っていたので、そこに両親と自分を記載できれば国際結婚にならず、婚姻届だけで済むかも」。 そう考えて役所に相談すると、必要書類を揃えれば可能だと教えられた。すべて整え再訪すると、今度は「法律が変わり裁判所の許可が必要」と言う。その裁判所では「前例がなく、わからない。法律の担当者と相談します」とあしらわれた。
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