(c)落合由利子
「おっぱいで何か書きたいなって思いました。家光の乳母の春日局のように、乳母が国を牛耳っていくみたいな話です」 昨秋出した小説を楽しく語ってくれる作家の深沢潮さん。『乳房のくにで』(双葉社)は、母乳をめぐる2人の女性、福美と奈江の物語。本紙の書評や新聞などで紹介され、ご存じの方も多いだろう。ヘイト本問題のイベント(本紙2020年4月15日号)での深沢さんのトークに魅了され、ゆっくりお話が聞きたいという願いが叶った。
生活に困窮するシングルマザーの福美は、母乳を届ける秘密団体に雇われ、大物政治家一家の徳田家の〝乳母(ナニィ)〟になる。政治家の息子の妻である奈江に代わり授乳するが、奈江はかつて自分をいじめた同級生だった。余るほどのおっぱいが出る福美と、母乳の出ない奈江の、一人称の語りが交互に表れる。秘密組織、復讐…サスペンスのように緊張感が続き一気に読んだ。奈江の夫、舅姑は奈江を「母親失格!」と見下す。徳田家の面々の復古的価値観は保守団体「日本会議」の主張を参考にしたそうだ。ネタバレを避け詳しくは書けないが、〝母性に翻弄された〟女たちが共闘していく場面がいい。
「架空の国なのに、日本ぽい設定なので女性が牛耳れなくなっちゃった(笑)。でも個人的な克服だけでなく、社会を変えるための女の連帯は入れたくて。実は最終章は連載時と違うんです。連載では理想の社会を描いたのですが、夢物語で終わると何も残らないかもと、単行本では削りました。皆が一歩踏み出せるようにと」
作家になったのは、40代後半。離婚の傷を癒やすように小説を書き始めた。日本語教師をしながら作品をブログに発表すると読者がついた。それがうれしくて、もっと上手くなりたいと教室に通うと、そこがプロ志向の集団だった。在日コリアンを描いた「金江のおばさん」が「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞し、デビュー。大手の出版社から途切れることなく依頼が来る多忙な毎日だ。
続きは本紙で...