(c)落合由利子
畳の小上がりで子どもらがごろん。親たちは安心して話し込んでいる。カーテンの向こうには授乳スペース。別のテーブルで一人で本を読んでいる人もいる…。東京・下北沢にある、日本の家庭料理とフィリピン料理の店「かまいキッチン」だ。旬の有機食材にこだわる。
「困っている子どもと親が気軽に入れる店を作りたかったんです。子連れは場所も取るし、子どもが泣けば肩身が狭い。みんなに受ける店じゃなくていい。逆張りですね」 と店長の加藤久美子さん。かまいという名には、人をかまう、またタガログ語で手(kamay)という意味もある。子育ても料理も手でするもの。手をつかう仕事を大事にしたいとの願いを込めてつけられた。
加藤さんは広島生まれで、自身も被爆3世。戦争の悲劇は知っているつもりだったが、大学時代に参加した沖縄やフィリピンでのフィールドワークで知らない史実をつきつけられた。 卒業後はフィリピンで1年暮らし、「伝える仕事」がしたくて映像の世界に進んだ。靖国問題のドキュメンタリー作品『あんにょん・サヨナラ』には、韓国人男性監督と共同監督として取り組んだ。「国も性別も越えた監督の合同制作ということで話題になりました。でも私には経験も実力も足りなかったんです。周囲からは、できないのになんで? という感じで…心を病んでしまいました」
その後、テレビのお天気番組のディレクターをしているときに、妊娠がわかった。深夜に及ぶ仕事や即断即決が求められるテレビの世界は自分に向いていないのでは? 仕事を辞めた。 店を始めようと思ったのは、子どもが1歳になった11年前のことだ。初めてわかった子育てする母親の孤独、社会での居場所のなさ。自分自身が社会と切り離されたような心許なさも感じていた。
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