(c)落合由利子
昨年行われた「あいちトリエンナーレ2019」で、その不思議な磁力に引き込まれた作品があった。青木美紅さんが制作した「1996」。全体がキラキラした糸で刺繍された部屋に入ると、そこはリビングダイニング。中央天井には、何とも言えない笑顔の女性。回転連続絵として何枚もの表情が円形に繋がり、円が回転するたびに移り変わる。この技法は「ゾートロープ」というらしい。その巨大な回転の力に見入っていると、定期的にパタ、パタと音がするのは、何枚もの刺繍されたクローン羊のドリーの写真と、脳性まひの障害を持ち、北海道で自立生活センター「札幌いちご会」の立ち上げに携わった小山内美智子さんの顔。それらが永遠を思わせるかのように回転し続けている。
青木さんは人工授精で1996年に生まれた。この作品は、それを母から聞かされた時の様子と、同じ96年に誕生したドリーの故郷スコットランドの牧場や研究所を訪ねた様子、そして96年に母体保護法へと改正された、「不良な子孫の出生防止」を謳う優生保護法の下で、強制不妊手術を施されそうになるのを拒否し、出産・子育てをした小山内さんに会いに行った時のことを表現している。
小さい頃から絵を描くのが好きで、美術大学進学のための予備校生だった18歳の時に、作家として自分を掘り下げたいと、何気なく母に「うちって何か変わったことないの?」と聞いたところ、長い不妊治療の中で人工授精で生まれたと告げられた。「それを聞いて納得したんです。親に異常に愛されてるなと思っていたから」
そこから医療や「人の手が加えられた生命」に興味を持った。中でも、人類が誕生以来成し遂げられていない夢、「永遠に生きる」ことに惹かれている。 「死ぬと何も残らないし、愛する家族とも別れる。どうしていまだにそうなんだろう? 永遠に生きる技術はもう少ししたら、できなくもないんじゃないか」―。
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