(c)落合由利子
今から百年以上前、和歌山の新宮に「太平洋食堂」というレストランがあった。店主は医師の大石誠之助。思想家の幸徳秋水らとも親しく、後に明治天皇の暗殺を企てたとでっちあげられた「大逆事件」で共に処刑される。史実をもとに戯曲『太平洋食堂』を書いたのが、劇作家の嶽本あゆ美さんだ。
「大石は貧しい患者からお金を取らなかった。貧しき者も富める者も共に食卓を囲む世界平和の証として、太平洋に面する町にレストランを開いたんです。『われわれはパシフィストだ』と。日露戦争開戦の年に。その理想はすごいですよね」 紀州は反戦・反差別・人権などを表明する社会主義者、リベラリストの活動が盛んだった。和歌山県が公設遊郭の設置を決め、町が誘致運動を始めた時、大石らは万人平等の視点から性の売買に反対した。だが彼らの自由闊達な思想は、国家権力の大弾圧に押し潰されてゆく。 『太平洋食堂』の初演は2013年、その2年後には東京、大阪に続き新宮でも上演された。
「物語が生まれた場所でどうしてもやりたい。それでクラウドファンディングで実現させ、市民サポーターが商店街での宣伝やエキストラを買って出てくれた。でも『大逆事件には触れてほしくない、日常が波立つ』と言う地元の方もおられました」 町の人と何度も話し合い、ついに幕は開いた。「演劇は初めて」という人たちが足を運び、千人の会場は満員御礼。人口2万人の町で20人に一人が観たことになる。
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