(c)江里口暁子
ふわふわの髪にゆっくり話す甘い声。パフォーマンス・アーティストである犬飼美也妃さんが海外のアーティストたちから「東洋の妖精」と言われるというのもわかる。しかしパフォーマンスが始まると、そんな印象は消し飛んでしまう。すっくと立ち、裸の上半身を大きく後ろに反らして眉間にトマトを置き、ナイフを入れる。トマトの汁が顔や首を伝い、胸元に赤い筋をつくる。
育った家は曽祖父、祖父母も同居する大家族。町内には9人いる祖父のきょうだい家族が暮らし、「本家」である自宅には常に誰かが出入りしていた。核家族から「嫁いだ」母の強いストレスに思い至ったのはずっと後だ。
父もまた苦しかったのだろうか。約3カ月に1度のペースで美也妃さんが動けなくなるほどの体罰をふるった。不思議なことに母や7歳違いの妹には向けられない。美也妃さんは「自分が悪い子だから」と思い込んで育った。 「でも〝愛されている〟と思っていました。両親はバレエやバイオリンを習わせてくれたし、父もふだんは優しかった。周囲から憧れの目で見られる家庭だったと思います」。すさまじい体罰も「愛」として受け取りながら育った。
高校時代は演劇に夢中になったが、役者になりたいとは言い出せず、三浪の末に東京の美大へ入学。演劇の道もあきらめきれなかったが、フランスの現代アート作家、クリスチャン・ボルタンスキーの作品を見てひらめいた。「演劇と美術が合体したような作品で。演劇を一人でやるならこれだなと」。そこからは一人で観客の前に立ち、体を使って表現するパフォーマンスアートの道へと進んだ。 一方で、身近な人間関係ではトラブルの連続だった。
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