(c)豊田直巳
2002年、イラクの首都バグダッドのフィルドス広場に建ったサダム・フセイン大統領の銅像の除幕式を私は撮影していた。その前年の9月11日、ニューヨークの「同時多発テロ」以来、アメリカはイラクを「悪の枢軸」と呼び、攻撃の対象にしていたから、フセイン像はアメリカに対抗するシンボルとなった。
「翌03年4月、このフセイン像はバグダッドに進軍したアメリカ軍の装甲車両によって、私の目の前で引き倒されたが、世界中で放映されたテレビ映像は、あたかもイラク市民がフセイン像を引き倒したかのように編集され、「フセイン独裁からの解放」のシンボルとなった。
さらにその翌年、04年4月には、新しい銅像が建ち、「自由の喜び」のシンボルとされていた。しかしこの写真に写っている少女は自由を喜んでいるように見えなかった。すでにアメリカ軍の占領政策の失敗は銅像のシンボルでは覆い隠せないほどに矛盾を露呈していたからかもしれない。
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