(c)井上陽子
2017年夏、大阪・心斎橋の小さな劇場で「独り芝居 芸人列伝祭り」が上演された。毒舌のボードヴィリアン、トニー谷。伝説的ストリッパー、一条さゆり。そして女芸人の先駆けとなり戦中を生きたミスワカナ。いずれも戦中から戦後にかけて大衆から愛憎半ばする支持を得た芸人たちである。開演前、ミスワカナを演じる中川圭永子さんは一人で支度をしていた。声もかけられないほど、張りつめた空気をまとって。
大阪随一の繁華街、通称ミナミの老舗居酒屋「正宗屋」に生まれる。多忙な両親に代わって、小学校の頃から2人の弟の世話をした。店にも立ち、常連に「今日は伊勢エビのええのが入ってるで」と売り込む。父は早くから、娘に婿をとらせ跡継ぎにと期待していた。
一方、学校では教師が心配するほどの引っ込み思案だった。小学4年生の時、国語の教科書を読むのに声を使い分けたことを担任に褒められる。友だちもできた。「表現」が自分と世界をつなげてくれるという手応えは大きかった。 中学から大学までは演劇漬けの毎日。大学在学中に、劇団「A-A'」を立ち上げる。6年かけて大学を卒業した24歳の春、勘当覚悟で父の前に正座した。「明日、東京へ行きます。東京で芝居やりたいんです」。すると、目の前にポーンと茶封筒が投げられた。見ると、10万円が入っている。「それを持って東京に行け」。父は笑っていた。
続きは本紙で...